Track.8-35「お前を倒して、アレを止める」
「ねぇ、コゥ――」
「ん?」
「いよいよ、選挙だね」
「あー、そういやそうだな。まぁ俺は落選する気満々なんだけどな」
そして俺は17歳になった。レンカも同じく17歳で、ケイは12歳だ。
次期公王になるための年齢に満たないケイはお預けだが、俺とレンカはそれぞれの家の代表者としてすでに選出されていたし、議会でも選挙に出馬する候補者として選定された。
「えー、そういうのは無しにしようよ」
「だってさ、柄じゃないって思うだろ?」
「それはそうだけど」
「だろ?俺も俺が王様になる未来なんて想像出来ねぇよ」
初めて逢った――実際にはその前にも何度か顔を合わせている筈なんだが、お互い覚えていないのでその夜が初対面ってことになっている――社交界を抜け出した城の庭園。
俺たち二人の逢瀬の場所は決まってここだった。季節ごとに異なる花が咲いているその庭園は、レンカのお気に入りの場所だったから。確か、「ここに咲いていない花なんて無い」が理由だったかな?はは、忘れた。
「何ならお前が公王になってもいいんだけど?」
「私は……うん、私も、やっぱり柄じゃないんだよね」
「あー、そりゃ言えてるな」
「うわ、ひどーい!」
庭園を見渡せるデッキの、白亜のベンチに並んで座る。
何となく、理由は無いけれど手を繋ぐ。その指の感触を確かめる。顔は見ない。だって、恥ずかしいだろ?
「……しゃーねーなー。公王の妃にしてやるよ」
「え?それ、プロポーズのつもり?」
「それ以外に何があんだよ!」
「あははっ!……じゃあ、公王のお妃様になっちゃおうかな」
いつだったろうな――本当に自分でもはっきりしないけど、その笑顔をいつの間にか好きになっていた。
それに気が付くと、笑い声も、怒った顔も、遠くを見る目も、つんと尖った鼻先も。何もかも全部を愛しく思えて、独り占めしたい衝動に駆られた。
貴族同士の結婚というのは御家柄だとかその他様々な思惑が絡み合って非常に面倒くさい。いち個人の感情だけで進む話じゃないことを、クロィズは実に早い段階で俺に教えてくれた。
でも、そのいち個人の感情で通してしまえる筋ならある。簡単だ、俺が公王になればいい。
公王からのプロポーズを受けない者はいない。何故なら不敬に当たるからだ。つまり、俺がレンカと確実に結ばれるためには、俺が次の公王になればいいんだ。
じゃあ、そのためには何が出来る?
俺はこの国において最も重要な動術を得意とはしない。つまり、この国の基盤である機構の発展には寄与できない。
でも俺は、この国においては全然発展してなどいない方術の才能がある。伸びしろ十分なその系統をなら、発展させることが出来る。
方術の利点とは何か――それは、修めればこの世界じゃない違う世界ともすら繋がれるということ。異世界に存在する未知の技術を、持ち帰ることも出来ると言うこと。
16歳の時にそれに気付いた俺は、自分が持ちうる権限を濫用レベルで行使して異世界の調査隊を設立し、自らも混じって異世界への旅を行った。
たった1年間、たった3回の冒険だったが、それは思っていたよりも遥かに有用な実利を齎し、今では調査団は拡張され、異世界侵攻に悩む近隣諸国との繋がりをすら築くようになった。
俺は、俺に出来ることで、俺の国を豊かにできる。
そしてそれは、今のところ俺にしか出来ない――でも、近い将来、目指す誰もが出来るようになる。何しろ、それは俺にだけ許された固有の能力じゃなくて、学べば誰でも活用できる魔術なのだから。
その方向性なら、俺は誰にも負けない公王になれる理由があった。要因と言ってもいい。
だから俺は、それを高らかに謳い上げた。
相変わらずタメ口交じりの不躾な文句だったけれど、でもそれが功を奏している兆しはあった。
加えて俺は、俺が公王になった暁には、国民は俺にタメ口で喋っていい場を創ると公言した。所謂マニフェスト、ってやつだ。
敬語ってのは隔たりだ。そうじゃなく、拳を交わせるくらいの身近さで、面と向かって何でも言い合える関係性を、一時的にでもいいから持ちたいと。
結局レンカは出馬しなかった。候補者として選出された権利を放棄したのだ。
無論、それは悪いことでは無い。候補者に認められる権利だ。そしてレンカは俺の背中を後押ししてくれた。
ケイも。
クロィズも。
他の奴がどうだかは知らない。でも俺の背中には、俺を心から信頼してくれている、期待してくれている、決して細くはない手が三つ、支えてくれていた。
だから果敢に立ち向かった。正々堂々立ち振舞った。雄弁さを武器に、己の信念と矜持、見据える未来と役割を解き放った。
いつだって、鬨の声を上げる準備は出来ていた。手応えはあったし、当選したら公共事業で凱旋門なんか造ろうか、なんて馬鹿みたいな話をしたら、思いのほか食い付く事業者が多くてやべぇ、ってなった。クロィズにはしこたま叱られたけど、でもそうなったのは俺への期待が現実味を帯びているからだってことも教えてくれた。
さて。
そろそろ、俺の世界の話も終わりだ。
結論から言うと、俺は勝鬨を上げることは出来なかった。
選挙の結果が理想とは違ったわけじゃない。言ってしまえば、その結果は訪れるなかったんだ。
議会が招集され、国のあちこちに投票所が設立された。
朝から国民が列に並び、一人ずつ個室に入ってはディスプレイに表示された候補者たちを選択する。
議会には1時間ごとに集計結果が更新され、リアルタイムに戦況を聞くことが出来て。
そんな、選挙日の平穏を揺るがしたのは、車輪の公国成立以来初めてとなる、異界侵攻の兆し。
空が割り裂け、まるで七色の飴を砕いたような霊銀の破片が散らばり、極彩色の巨大な穴が空いた。
「あれは……」
「何!?」
「怖いよぉ!」
民衆は戦慄し、騎士団はそれぞれの場所で避難誘導を務める。
飛び出した俺は王城のバルコニーでそれを眺め、傍にはクロィズが駆け付けた。
「あれは――何だ――?」
真昼の空に、極彩の渦を背に浮かぶ、一人の人影。
その手に浮かぶ、黒い球体。
「――、――――」
白い法衣に身を包み、フードを被った人影の声は勿論届かない。しかし聴覚だけを領域化して遠くへと複製する【遠隔聴取】によって俺だけは、そいつの声を聴くことが出来た。
『さあ、始めよう』
告げて放たれた黒い球体は空中でその身に罅を走らせ、その内側から夥しく荒れ狂う霊銀の黒い奔流が生まれては広がっていく。
「殿下、避難を!」
「待てクロィズ、あれは――」
「あれは“死”です!早く、早く避難を!」
黒い“死”の奔流は渦と螺旋とを描きながら空を蹂躙していく。空を飛ぶ鳥たちが堕ち、雲が消えていく。
黒い奔流の落ちた街に盛大な断末魔の声が叫び上がる。【遠隔視認】の魔術はその凄惨さを俺に見せてくれた。
「――ふざけんなぁっ!」
「待ちなさいっ!」
指をバチンと鳴らす。瞬間、俺は空にいた――【座標転移】の魔術を行使したのだ。矢継ぎ早に、【空間固定】の魔術で足場を固めて落下を防ぎ、白い法衣の人物と対峙する。
「お前、何してくれてんだ」
「……実験。この兵器が、本当に神を滅ぼせるのかどうかの」
「滅ぼされるようなことを、俺たちがしたっていうのか?」
「それは偶々――偶々、近い座標にあったというだけ。理由は無い」
「は?」
————いや、何を言ってるんだ、こいつ。
「下がれ。この様子では、滅ぼし切るのに2時間はかかる。方術士だろう?なら逃げる時間は悠にある」
「逃げるだと?――――お前を倒して、アレを止める」
「止められるものか。一度放たれれば滅ぼし切るまで止まらない」
「嘘つけやぁぁぁあああああ!!」
腰に差した軍刀を抜く。空間を固めた足場を駆け抜け、その途中で指を鳴らして白い法衣の人物の背後に転移した。
「やれやれ――愚者はこれだから」
「――っ!?」
しかし跳躍した瞬間に謎の斥力に弾かれ、俺の身体は標的から離れて行ってしまう。
「――“事象の地平”……お前はもう私に近付くことは出来ない」
「動術士かよっ!」
いろいろと、繋がる物語。
→次話 5/1 22:00公開です。
宜候。




