Track.8-29「だから、行くよ」
「リセ」
そしてメインステージでは、滲む闇に身を潜めつつある芽衣をRUBYメンバーが呼び止めた。
掲谷繭羽――RUBY二期生であり、同い年であることから同郷の星藤花を除けば最も親しく会話したメンバーだと言えた。
「……マユ」
「……、……何で?」
言葉を詰まらせながら絞り出した声は、やはり疑問に着地した。あまりにも言葉足らずの質問だったが芽衣はその意図を汲み取り、しかし満足させられるような答えは見出せない。
「ごめんね」
だから、謝罪するしか無かった。
メンバーたちは何となくだが、戦場と化したこの場所で繰り広げられた遣り取りから、薄々と気付き始めている。
あの襲撃者は、芽衣のことを知っている。
あの襲撃者は、芽衣のことを狙っている。
その気付きが、疑念へと変わってしまった者もいないわけではない。
なら、あの襲撃者は、芽衣が連れて来たんじゃないか――
森瀬芽衣が、この襲撃の元凶なんじゃないか――――
「巻き込んで、ごめん――あたし、……いない方が多分良かった」
「リセっ」
「でも、必ず護るから。護り切って、全部話すよ。土師さんも、引き留める。いなくなったりさせない」
繭雨が堪らずに駆け出した。少しの隔たりを縮め、芽衣が纏う外套の裾を握る。
「マユ?」
「……頑張れってしか言えない。ごめんはあたしの方だ」
「十分だよ」
続いて、他のメンバーも駆け寄って来た。皆、迷っている。
疑念があることもその要因だが、それよりも――死地へと向かうかつての仲間の背を、押してもいいのかと。
「ごめん、ひとつ、頼んでいい?」
「何?」
「籠手……外してくれる?」
言って芽衣は左腕を持ち上げた。繭雨の目に映るそれは黒い革越しに赤く濡れているのが嫌でも分かり、だから目を逸らしてしまいたくて、しかしそうはしなかった。
「どうすればいい?」
「そこの金具……うん、それ。それを持ち上げて、……ベルトを……そしたら、引き抜けるから……」
「こう?あっ、ごめん」
「大丈夫――こんなの、慣れてるから」
そうして繭雨が籠手型丙種兵装“霞”を取り外した傍から芽衣の左腕より赤黒い血が滴った。メンバーの中には顔を背ける者もいたが、そうでない者は涙目になって芽衣の顔を見詰めた。
「ありがとう。行ってくる」
「――——行かないでよ」
後ろの方から声。見遣ると、涙ぐみながら一期生の尾久井真知が懇願していた。
最年長の彼女は、いつだって芽衣や年少組のことを気にかけて、声をかけていた。思索の方向性が人とはずれており、決して賢い人とは言えない人柄だったが、善人で、不器用で、それでも直向きな“アイドル”だった。彼女が頑張る背中を見てきたからこそ、芽衣もずっと鼓舞されてきたのだ。
「……行きます」
「行かないでってば!」
「オグさん……ありがとうございます。でも、行かなきゃいけないんです。あたしが行かなかったら、みんなを護れない」
「でも、死んじゃうよぉ……」
ずきりと、左腕が傷んだ。先程夷が放った投擲剣を受けた傷じゃない。その幻痛は、もっと昔に刻んだ傷から生まれたものだ。
「……ずっと、自分を殺して来ました」
「え?」
「あたし、ずっと自分を殺してきたんです。RUBYから抜け出して、弱い自分が赦せなくて、情けなくて……生まれ変わりたかった」
嗚咽交じりの静寂の中で、芽衣はメンバー全員の顔を見渡した。
誰しもが目尻と鼻先と頬とを赤く染め、唇を震わせていた。
「生まれ変われなかったけど……でもね」
俯くことなど出来ない。目を、耳を背けることなど出来ない。
疑念はあった。でも今の彼女を見たなら、それは間違いだと思えた。
「あたし、きっと強くなったよ――――だから、行くよ」
かつての仲間は、今も仲間だった。ならば、もう背を押すしか出来ない。
「……頑張れ」
「頑張って」
「死なないで」
「絶対帰ってきて」
口々から溢れる鼓舞の声が、言霊が芽衣の背中を押す。その胸の内の勇気を増大させる。
睨むは戦場。航の妨害を掻い潜りながら茜を追い詰める、親友の姿。
「夷――――」
役者は揃った。
主演女優が漸く立ち上がったことを、状況が全て揃ったことを、夷はホール中に展開していた【千手千眼】による多面的な視界を通じて確認した。
(漸く――だ。漸く、アレを実行できる)
接続の深淵から取り出した“無限”の質量により一際大きく空間を爆ぜさせ茜を後退させた夷は、即座に固有座標域を展開して霊銀で編まれた情報のみを有するワイヤーフレームに手を伸ばした。
指先が触れると同時に、フレームは色彩を帯びて質量を宿し、そして質感を纏って実存を得た。
黒く細長い柄の先に冠した、六つの遊輪を持つ円環――――対異界特攻霊器、“焉鎖の魔杖”。
そしてその内に仕込み刀という形で納まっている、同じく対異界特攻霊器、“壊理の魔剣”。
握った傍から突出してきた茜を薙ぎ払い、そのまま魔剣を引き抜いて二刀流となった夷は、しかし魔杖と魔剣のふたつを上空へと放り投げた。
それぞれが回転しながら螺旋を描いてホール上空に浮かび上がると、魔杖と魔剣とはその柄尻を合わせて連結し、ドクンと輪郭を歪ませる拍動を見せる。
「ヨモさんっ!」
「おうよっ!」
危険と判断した茜は航に呼びかけ、航もまたそれを理解しているからこそ即座に方術を展開する。
連結されたふたつの霊器を中心の座標として展開されたのは、赤く煌めく幾つもの霊線――その線が通過した全てを断絶する、航が編み出した固有の方術【捩じ斬り裁ち頻る異端の牢獄】だ。
「行けぇぇぇえええええ!!」
直径3メートルほどのもはや球体となった赤い霊線の軌跡は、しかし魔術が消失しても霊器を断ち切ることは出来なかった。
「————マジかよ」
焼き切れそうな脳の激痛の中で失意は加速する。しかし残り三つの複製された脳機能が停滞を拒絶し思考を回転させ続ける。
航は自らの頬を張って再び睨み付ける。まだ終わりではないと言い聞かせて。
霊器の黒い色彩は拍動の度に揺らめいて蠢き、成長するかのように輪郭を歪めて膨張していく。
視れば、夷の身体から立ち上る煙のような霊銀の奔流が霊器に注ぎ込まれ、それが霊器を増徴させる要因なのだと。
「――土師さん、これを」
イヤモニから望七海が声をかけ続けているが、未だに気絶したはららは目覚める兆候が無い。そんなはららに、芽衣は取り出した黒曜石を砕いて|【遥か遠く戦い続く者】《アシャヤカトル》を行使した。使用者が対象を強く想起しているなら、宝石に秘められた魔術は使用者本人以外にも効力を及ぼす。
砕け散った黒曜石から溢れた輝きがはららに降り注ぎ、その身体は再生能力を獲得した。時間にして1分と短い効果ではあるが、その効力が失われないうちにはららは目覚めるだろうと頷いた芽衣は上空を見上げる。
「させねぇ、っつってんだろ!」
「えー?聞こえませんけどー?」
上空では浮かび上がった夷が虚空を駆け抜けて来た茜を迎撃していた。その身体からは霊銀の奔流がさらに上空の霊器に注ぎ込まれ、霊器は本来の大きさ――太さで言えば十倍以上に膨れ上がっている。
(あれは――――)
芽衣の目にはそれは歪な鍵のように見えた。何かに突き刺して捻るように創られた形状だ。
RUBYに宛てられた文書は魔女の生誕を仄めかしていた。ならば夷はあれを使って異世界を拓くと言うのか――――
果たして。
“白い魔女”とは、夷のことなのか――――
久し振りに出てきた魔術のオンパレード。(前話もそうですが)
→次話 4/29 4:00公開です。
宜候。




