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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅷ;幻滅 と 元凶
245/300

Track.8-25「――流石。時間ぴったりです」

 鹿取家は社会の必要悪としての暗殺者という稼業を担ってきた。

 遥か昔、メキシコから渡ってきた一族が“蛇”を意味する“クァトリ”を(もじ)った“鹿取”という名を冠し魔術士としての地位を築き上げた。

 蛇の一族はアステカに伝わる宝石を媒介とした魔術を磨き上げ、闇に紛れる・凶器を現出させる・毒を漏らす等の秘術を用いて殺害の依頼を受け続けた。

 表向きは一般の、実にクリーンな会社員や公務員を装った心の父もその例に漏れず手を汚してきたし、心の兄である(アキラ)もゆくゆくはその道に進む筈だった。

 しかし彼女の兄は才能と素質に恵まれてはいなかった。そのくせ誇りだけは一人前で、真剣な表情で努力を語り、地道な特訓に精を出していた。


 父親も母親も、決して芽の出ないその営みをやがて疎ましく思い、というのも稼業は妹の心に継がせることを彼女が生まれた時にはすでに決めていた。だからこそ妹の名前には、“暗殺者”の隠語である“(さそり)”を意味する“ココロ”という名前を付けたのだ。

 体内の霊銀(ミスリル)の状態を見ればその者がどの程度の魔術士になるかなど、両親には簡単に見抜けていたのだ。

 しかしそうは言っても可能性が全く無いわけでは無い。人は全く些細な出来事で極端な変貌を遂げることもある。だから両親は息子の成長を見守りはし、しかしその甲斐は無かったまま――――彼は自殺した。


 心は兄が好きでは無かった。しかし嫌いでも無く、かと言って無感情かと言えばそうでも無い。

 それはとてつもなく言葉にはし難い複雑な感情で――――正解を言えば、彼女は兄を好きでいたし、嫌いでもいた。

 彼の持つ直向(ひたむ)きさには感じ入るものがあったし、諦めの悪さもまた、何かを言いたくて仕方が無い衝動に駆られていた。

 それでも彼女はただ、じっと黙って彼のことを待った。

 手を貸すことも無く、見守り続けた。

 しかし暁が他者を頼って化け物に成り果てた時――彼女は茜を頼った。兄の唯一の親友である彼女なら、彼を止めてくれると思ったからだ。

 結局、彼女は彼を止めてくれた。しかし彼は、魔術を奪われた彼は絶望し、自ら命を絶った結末に終わった。


 そして。


「安芸茜を殺せ」


 父は心に、その密命を言い渡した。

 依頼主は定かではない。おそらくいないのだろうが、心にはそれを訊ねることも、そしてそれを断ることも出来なかった。

 幸いだったのは依頼を完遂するまでの期間が定められていないことだった。そしてその間に心は両親すらも手の付けられない力――邪眼の右眼を獲得し、結果的にそれを反故にし続けることが出来るようになった。


「私、もうあなたたちの言いなりにはなりません」


 まるで出鱈目な、それでいて規則正しい幾何学模様を描く異常な瞳孔は彼女の覚悟の表れだった。その危険性を察知したからこそ、父も母も何も言えずに口を閉ざした。


「魔術士にならないなんて言いません。宝術の研鑽は続けます。でもそれは、私が決めた、私が大切だと思う人の役に立つことが大前提です。この手を汚すのも、私は私が決めた人のためにしかやりたくない」


 本当は。


 兄の死後、安芸茜を殺すつもりで接触した。

 しかし兄の顔がちらつき、暗殺者になり切るには幼いと自分を責め立て、機を伺ったまま機を逸し続けてきた。

 そのうちに芽衣と出会った心は、自分の人生における優先順位を大きく変えることになった。まさしく、茜が実果乃と過ごすうちに優先順位を定めたように。


 そして今。

 目の前には、自分の最も大切な人の人生を大きく歪めようとする――いや、大きく歪めた相手の一味が存在し、好き勝手な言葉を並べ立てている。

 心は決めているのだ。

 芽衣のためなら、自分はどれだけ手を汚してもいいと。

 それが彼女を苦しめるというのなら、墓の下まで持っていくと。


「――っ!?」


 滲む闇が、心の身体を不可視の領域へと包み込んだ。戦闘に特化した【豹紋の軍神となれ】(テペヨロトル)を排して隠密に適した【闇に蠢く(ヨワリ・)黒き風となれ】(エエカトル)に切り替えたのだ。

 面食らった愛詩だったが、即座に新たな弦を生み出しては彼女の行方を検索させる。しかし弦のそれぞれは全く異なる座標を向く――闇に包まれた黒曜石(オブシディアン)が彼女の囮となって機能し晦ませているのだ。


(なら、全部穿つまで――)


 愛詩は平時には想像できないが、こと勝負事となるとのめり込む戦士の気質を有している。特に正々堂々と立ち向かう相手に対しては、自らもまた正々堂々と、全身全霊を以て対峙することを善しとする。

 相手は魔術士だ。魔術を使ってこちらを攪乱し、必殺の一撃を加えようとするのは正々堂々としているの範疇に入る。だから愛詩も、身体の全てを戦闘に注ぎ込む。


“千陣の棘”(ミリアッド・ソニア)


 即座に編まれた幾本もの矢が、弦が検索した座標全てに同時に射出された。寸分違わず撃ち抜かれた黒曜石(オブシディアン)は割れて飛散し、しかしその中に射貫かれた心の姿はどこにも無い。


(――上!)


 黒曜石の槍(ホルカンカ)を構えた心は重力に加速をつけて急降下している。さながらそれは流星だ。

 今しがたまで自分のいた床石を深く穿った心に、後方に跳躍した愛詩は空中で弓に矢を番え引き放った。矢の先端からは心の胸に弦が伸び、矢の軌道は弦をなぞって肉薄する。


 ギィンッ――引き抜いた槍で矢を払うと、全く別方向から異なる槍が飛んできた。

 空中に舞い上がった際に【槍を天に穿つ者】(アトル・アトル)を仕込んでいたのだ。落下する心の背の向こう側で遥か上空に打ち上げられた黒曜石の槍(ホルカンカ)は大きく弧を描いて愛詩の死角へと移ると、その脇腹を目掛けて突き進む。


(――左)


 しかし自動で危険を感知する弦を有する愛詩に不意打ちは効かない。即座に張り巡らされた弦が槍の柄を掴み上げ失速させる。


「しぃっ!」


 眼前には黒い穂先――それもまた、地面から伸びる弦がその場に固定する。

 左右から射出された矢。心はそれを跳躍で躱すと、新たに現出させた黒曜石の剣(マカナ)で斬り払う。


 攻防は互角。互いに決め手となる一撃を狙い、画策を巡らせ続ける。

 愛詩は“結実の魔術師”(スレッドワークス)所以の解を導く弦の力で。

 心は6秒先を視通す【いつか視た希望】(クロノスウォッチ)の瞳術で。

 互いに(せめ)ぎ合いながら繰り広げられる奇策の数々は、盤上の何百手先を読み合う名人たちの将棋やチェスに似ている。


 弦に捕縛され見守るしかない3rdメンバーたちはいつしか自分たちも戦場にいるのだと言うことを忘れその交戦に魅入り言葉を失っていた。


 しかし結着の時は来る。


「これで、終わりにしましょう――“星墜とす天穹”(サジタリウス)


 膨大な数の弦が、夜空に向かって伸びる――それは地球の大気圏を突き抜け、遥か宇宙の闇の中を飛来していた小惑星(アステロイド)を引き寄せた。


「――噓でしょ、ふざけないでよ」


 6秒先の未来を視通した心は驚愕のあまり言葉を漏らす。

 大気を突き進む小惑星(アステロイド)は外皮を爆散させその身を小さくさせる。宵闇の雲を突き抜けて肉眼で視認できる頃には元の体積の八割を失っていたが、しかしその直径は10メートルを悠に超え、それが直撃したとなると幕張メッセどころか街一帯が更地になるほどの衝撃波が及ぶことは想像に難くなかった。


「人死に出さないんじゃ無かったの!?」

「はい――人死には出ません。だってあなたは、これを止めるでしょうから」

「本っ当――ふざけないで!」


 目算はある。しかしそれをすれば、おそらく一時的に動けないほどの霊銀(ミスリル)中毒になってしまうだろうとは予想がついた。

 しかしやらない理由は無い。やらなければ、自分はおろか護りたい者まで消し飛んでしまうだろうからだ。


 右眼に備わる配列の形を替える。

 がちりと脳内に響く音はいつだって心地が悪いものだった。

 辟易する。魔術なんて本当に、絶対に好きになれないと心は舌打ちした。


 それでも大事な人を、好きな人を護れるならば。

 これ以上の手段は無いことを、心は知っている。


“邪眼・六つ(イヴィルアイ)肢の魔晶竜”(・バジリスク)!」


 荒れ狂う霊銀(ミスリル)によって可視化された紅い視線が投じられ、墜落する小惑星(アステロイド)の中心に突き立った。

 パキパキと音を立て、小惑星(アステロイド)はその成分を全く違うものへと変貌させられていく。


 禁術にも指定されているその邪眼は、以前に彼女が行使しようとして阻まれた【邪眼・蛇髪の女王】イヴィルアイ・メドゥーサのように、睨み付けた対象をある物質へと変質させるというものだ。

 異なるのは、|【邪眼・六つ肢の魔晶竜】《イヴィルアイ・バジリスク》が変化させるものが行使者が任意に選択する宝石であるということだけであり――そして心は、この場面で小惑星(アステロイド)黒曜石(オブシディアン)の塊へと変貌させた。


 もう、あと10メートルも無いという土壇場で。

 体積の十割を黒曜石(オブシディアン)へと変えられてしまった巨大な質量を媒介に。

 右眼では無く自らが生まれ持った霊基配列を組み替えて作った術式を。

 心は最後に、解き放つ。


「――“九世葬る紅蓮の楔”トラフィスカル・パンテクートリ!」


 落下の最中に停止した全長10メートル強の巨大な黒曜石(オブシディアン)はその全身を眩く輝かせると、まるで太陽そのもののような火柱を上げて雲を突き抜けた。

 まるで真昼のような輝きが辺りを照らし、火柱の全てが雲の向こうに吸い込まれると、しかし直ぐに輝きは舞い戻る。

 雲を吹き飛ばして墜落する九つの彗星――朝焼けのような金色の光の帯が螺旋を描きながら愛詩を目指して駆け抜け――


「――流石。時間ぴったりです」

「何、これ――」


 床石を貫いて舞い上がった幾つもの黒く渦巻く巨大な柱。

 それが心の放った【九世葬る紅蓮の楔】トラフィスカル・パンテクートリを飲み込み、何も無かったかのような闇色に辺りを染め上げた。

アステカで用いられていたのはナワトル語という言語で、

“ココロ”は“蠍”という意味になります。


→次話 4/28 0:00公開です。


宜候。

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