Track.8-24「冗談じゃない」
「よろしくお願いします……」
小さくお辞儀した愛詩と対峙する、9人の魔術士。その先頭に立つ心は、右眼に備わる【いつか視た希望】に映し出された景色に声を張り上げた。
「全員跳べ!」
しかし対応できず、心以外の8人――WOLF-3rdの4人とFOWL-3rdの4人は突如として現出した幾本もの銀色線に絡め取られ物理的に自由を奪われた。
「力が……っ」
「嘘……魔術も……」
弦術【天擁の繭】――無数の弦で相手の自由を奪う捕縛の魔術。そして絡め取る弦その一本一本に、触れた対象の力や意識、集中力や霊銀を緩め・乱し・流出させるという意味を付与してある。
魔術士は脊髄に存在する霊基配列を組み替えて霊銀を流すことが出来れば、身体操作などせずとも魔術を行使することが出来る。しかしそれにはある程度の集中は必要で、ゆえに彼らは物理的にも魔術的にも手も足も出ない状態となってしまった。
「そうですよね、あなたには躱されるとは思っていました」
しかし夥しい弦の蹂躙は終わったわけではない。あらゆる方向・角度から射出され伸びる弦は、今も心を捉えようと躍起になって翻る。
心は右手で握り潰した黒曜石から取り出した【黒曜石の剣】でそれを斬り払いながら、右眼に装填する瞳術を切り替える。
宝術では遅い。
視た瞬間に決着をつけられる、瞳術こそ最適な選択だと。
「――っ!?」
そして心の姿が消え、虚空に無数の弦が群がる。しかし捕縛すべき対象を失った弦は意味をも失い、もとの霊銀の粒子へと還ってしまった。
ガキィッ!
咄嗟に振り向いた愛詩は、手に持つ弓の鳥打ちの部分で黒曜石の剣の一閃を受け止める。
眼前に肉薄する心は、皮膚に梅花紋を浮かび上がらせ瘴気のように滲む黒い煙を纏っている――【豹紋の軍神となれ】により身体能力を増強した心は即座に黒曜石の剣に励起した霊銀を注ぎ込むと、鍔迫ったまま黒曜石の剣に秘められた冷気を解き放った。
「“万象鎖す氷錐の顎”!」
黒曜石の剣の消失とともに、複数の円錐状の氷の牙が放射状に射出され――瞬時に生まれた高熱の障壁に溶かされ白い蒸気を上げる。
「っ!?」
眼を凝らして見てみれば、両者の間にいつの間にか霊銀線で編まれた障壁が立ち、それは細かく螺旋描く霊銀を通る電気が発生させた電熱によって高熱の盾となっていたのだ。
(そんな方法で――)
ショックを受けつつもノータイムで後ろに飛び退いたのは、愛詩の左右で編まれた銀色線の矢が射出されるのを幻視したからだ。放たれた【千陣の棘】の矢は虚空を滑るも、しかし空中で翻ると自動追尾弾のように心を追いかける。
新たに現出させた黒曜石の剣を振り払って自らに付着した不可視の弦を途切れさせると、飛来する矢は行き先を見失って見当外れな床に突き刺さる。
しかし二の矢はすでに放たれている。【霊視】ですら凝らさなければ視えない弦をまたも斬り払い、心は新たな黒曜石を消費してお返しとばかりに黒曜石の槍を投げ放った。
(――“いつか視た希望”込みで漸く互角……嫌になるなぁ)
心はもともと、魔術士という家に生まれたことも、そして類稀なる魔術の才能をもって生まれたことにも嫌悪以外の感慨を持ち合わせていなかった。
しかし芽衣に救われたことで自分のそれが彼女を助ける手段に変わり、段々と誇らしくさえ思えつつあった。
先輩のためになるなら魔術士でいてもいい。――その思いを凌駕する、遥か格上の敵。
眼前の、自分とさほど年も変わらなく思える可憐な相手が、こちらが必死に思考を円環させ跳び回っているというのに、対照的に涼しい顔で一切を封じているのだ。
愛詩は交戦開始時から、未だ一歩も動いていない。そんな相手をどう打破するか。心の脳は解を見出せずにいた。
「あの、安心してください。私の目的はあくまで時間稼ぎですし、多分伝わっていると思うんですけど、その、誰も死なせるつもりはありませんので」
矢を次々と放ちながら言う台詞かよ――思わず胸の内で突っ込んだが、装填した【心眼】はその言葉が真意であることを視抜く。しかしその結果に生じた違和感は拭えない。
「それなら、何でこんな真似するのか教えてくれませんか?」
会話により矢の射出は止まった。本当に時間を稼ぐつもりらしい――ならばその最中に、思考をぶん回せ――心は無声で独り言ちると体内の霊銀を整理し始めた。
霊脈を築くその作業は、あからさまに敵意を剥き出しにする行為だ。しかしあくまで心は愛詩を敵として認識している。いくら相手が時間稼ぎだと言いそれが真意であっても、イコールそれが自分が敵意を抑える理由にはなり得ない。
その行為の意味を愛詩もまた認識している。しかし彼女は自分の吐いた言葉に忠実に、傷つけない最低限の対応で済む程度の霊脈をしか秘めない。
「この襲撃が、必要だからです」
「何に必要なんですか?」
「……森瀬芽衣さんが、RUBYに戻るのに、です」
「はぁ?」
今しがた整理した霊銀が渾然と乱れ狂い、猛る感情の熱とともに燃え盛る炎の様相で皮膚の外へと迸った。
「それを、先輩が望んだんですか?」
鬼気迫るとは正にこのこと。陽炎のように揺らめく霊銀の奔流を背負う心は見開いた目に殺意を込める。
「いえ――そこは確認できていません」
「冗談じゃない」
愛詩は口を噤んだ。危険感知を担当する弦の全てが警報を発している。
右眼の色が変わる。愛詩の眼には、ひと睨みで相手を殺せるほどの凶悪な邪眼が装填されたのだと映っている。それも、複数だ。
「先輩が自ら望んだならいざ知らず――勝手に人の人生を定めるなよ」
「正論です。でも、それは夷ちゃんの望みだから」
「だから、何?」
「だから――――私にも譲れない、ってことです」
真っ向から対峙することを愛詩は決めていた。
この流れはすでに弦を介して知っている。夷の悲願の成就には必要な流れなのだと――そう知っているからこそ、愛詩は立ち向かう。
しかしそんなことは露知らない心は、すでに6秒先の未来などどうでもよく、自らが愛する者の意思を無視したやり方に覚えた憤怒をもはや隠そうともせず。
「譲ってもらうつもりなんか無い――ただ、速やかに排除して勝ち取るだけ」
暗殺者としての自らを解き放った。
コイルによる電熱を利用して愛詩は心の放った氷撃を溶かしたんですが、
そもそも電流を編めるくらいなら熱源作れば良くない?って本人すら思ったのは内緒の話。
→次話 4/27 22:00公開です。
宜候。




