Track.8-22「あなた方を屠る者の名だ」
「“天狼”、“蒼天に咆哮せよ”!」
「ギギッ!」
「ギガッ!」
太雅の放った冷気の渦が身重の幻獣三体を氷結させ。
「“天狼”、“熾天に咆哮せよ”!」
「ゴォッ!」
「ガバッ!」
朱華乃の放った熱波の渦は反対方向の幻獣四体を焼失させる。
「“黒狗”!」
九郎が放つ黒い迅雷も。
「ウヲヲヲヲヲヲヲヲ!!」
“餓狼”の機能により狂化されたアドルフの乱撃も。
「“綸繰り・雁字搦め”!」
「“命を穿つ大地の尖鋭”!」
右京と弥都の、今では定石となった連携攻撃も。
「“暴風の鉾”!」
「刃式斬術――“刃渡”!」
霧生が生み出した暴風で動きを封じたところに繰り出した詩遊子の拡張斬撃も。
「“霧の都の殺人鬼”!」
「“刃旋風”!」
「“群雪狼の吠え声”!」
「“氾濫する隔絶の奔流”!」
鈴芽たち学会所属の魔術士たちそれぞれが放つ洗練された魔術も。
その全てが身重の幻獣を屠り、次々と数を減らしていくのにも関わらず。
「――くそっ、数が多すぎる!」
「キェェェエエエエエ!」
「また増えやがった!」
女性型の幻獣は腹を膨らませたかと思えば、金切声を上げて新たな幻獣を生み出していく。
続く一進一退の攻防。
「踏ん張れ!異界にも限界はある、無尽蔵じゃない!」
太雅が叫び、下がりかけた士気を無理やり持ち上げる。
アリフが用意したその異界は、範囲を狭めることで逆に幻獣に霊銀を割き、19人の魔術士たちを出来る限り長く封じ込められるよう改良したものだ。
アリフは呪術士だけあって広く魔術に精通しており、こうやって異界の創造をも出来る魔女ではあるが、万能と言うよりは器用貧乏に近い。太雅の言う通り、異界が機能を停止するまでの刻限はどんどん迫ってきていた。
その証拠に、幻獣たちの勢いは交戦が始まってからすでに半分ほどに削れているのだ。対する19人の魔術士たちも、身に慣れない異界の瘴気――荒れて毒性を持つ霊銀の大気を概ねこう呼ぶことが多い――に中てられ、段々と表情に苦みが現れ始めている。
「クケエエエエエエエエ!!」
「しまった――」
「弥都っ!」
ジギィ――――一閃。鋭く、そして疾い斬撃が繰り出され、弥都を真横の死角から強襲した身重の幻獣を屠ったのは詩遊子だ。
「大丈夫ですか?」
「刃、サンキュ!——強くなったな」
背を追ってきた先輩に認められ、詩遊子は綻びそうになる顔を気合いで引き締め、次の幻獣に逆袈裟の太刀を見舞う。
新調した自身専用の霊器“音斬”は手に馴染み、身体は軽く、気負いも無い。舌先に仄かに渇きを感じる程度の緊張感。
間違いなく、これまでに無い最高の状態――鍛錬は無駄じゃなかったと詩遊子は心の内で呟いた。
「加勢!私たちはFOWL-1stだ!」
「えっ?そ、そうだよ!?」
「こんな戦線、死線なんかじゃない」
言い放つと同時に繰り出された【刃渡】による延長された刀身が一気に二体の幻獣を斬り捨てる。
「やる気だなぁ――でも僕も、負けてらんないっ!“断空の怒号”ッ!」
集団の中で人の感情は伝搬する。
赤い異界の森の中に響き渡るのは、戦士たちの矜持の雄叫びだ。
(異界の消失は時間の問題、か……)
ホール二階の渡り廊下での交戦も形勢が傾きつつあった。
“アリフのクリス”による斬撃を中心としながら、対する相手の体内に霊銀で生成した釘を贈り付ける呪術【異端の罪科】を繰り返すアリフと。
その兄の【愚肉の贖い】により新たに植え付けられた邪霊の四肢を解放し強靭な肉弾攻撃で圧倒するリニ。
しかし2ndチームとは言っても2人で相手する11人は思いのほか荷が重かったと言える。
ただの魔術士11人じゃない、連携する調査チームがみっつ――WOLF-2ndは大神景を欠くため3人体制となっている――なのだ。個々の実力は及ばなくても、繰り返し鍛錬された波状の攻撃は2人を徐々に捉え始め、やがて形勢は逆転する。
傾いたのはアリフとリニだ。流れはクローマークにあった。
原因は彼らの連携だけじゃなく、FLOW-2ndにもともとは1stチームの一員だった海崎兄妹がいたことでもない。
アリフはこの戦いにおいて結構な制限を課されている。
自らが創造した異界を1stチームの足止めに使用しているため、異界の循環機関を利用した【韋天疾駆】による斬術を行使できないこと――すればたちまちに霊銀欠乏症が襲い掛かってくる。
また、“人死にを出さない”という確約のために、致命傷を与えるような呪術の行使を禁じられているということ。【異端の罪科】による釘の生成も、後遺症の残りづらい箇所に限定して行使している。
最初から解っていたことだ。自分たちの役目は、ただの足止めであり。
相手に打ち勝つことは特に望まれていない。打ち勝ってもいいが、時間が稼げれば負けてもいいのだ。
しかしそれはアリフの性質と合致しない望みだった。
アリフは元々、剣を構えて前線に立つタイプの魔術士ではない。呪術士とは、自らをひた隠して秘密裏のうちに暗躍し暗殺する、そういう類の魔術を用いる。相手の前に勇み出て剣戟を繰り広げるような、そんな華々しい戦い方は寧ろ疎まれるのだ。
だがアリフは自らが前に出、剣を振るうことを善しとした。
それは彼の気質にも因るものだったが、彼の誇りこそが最たる要因だ。
護れなかった家族の中で唯一生き残ってくれたリニを護る――それが彼の誇りであり。
自分のために化け物を植え付けられて前線で戦うことを引き受けてくれた彼女に報いるために、自らもまた前線で剣を振るい、傷を負う。
その戦い方こそ、彼の誇りであり自らに科した呪いだ。
「どうした呪術士、もう終わりか?」
相手の実力を見極め、力を温存して後方支援に専念していた海崎冴玖が貫く視線で投げかける。
「――あなた方など、四月朔日夷に比べれば有象無象です」
ニヒルな笑みを湛えた褐色肌の呪術士は崩れかけた姿勢を正し、再三剣を構える。
その隣で息を荒げるリニもまた、大きく深呼吸しては眼の輝きを取り戻す。
「リニ――」
「私は諦めません、必ず生きて弓削家に帰ります。だから、私を案じないで」
「――――解った。必ず、生きて帰ろう。私たちの家庭に」
剣に毒々しい紫色の瘴気が滲む。同様に、リニの四肢にも。
「我が名はアリフ。呪術士にして“樹海の魔女”――その魂に刻め、あなた方を屠る者の名だ」
踵が爆ぜ、大量の霊銀の放出を推進力として駆け出すアリフの剣は。
同時に跳躍し、夥しいほどの蠢く触手を伸ばしながら、空中で射出せんとリニが固めた瘴気の槍の尖鋭は。
結局、彼ら11人の魔術士を穿つことは無かった。
黒髪オールバック褐色肌長身美形執事、アリフ。たまらんね。
→次話 4/25 6:00公開です。
宜候。




