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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅷ;幻滅 と 元凶
237/300

Track.8-17「焼肉行こうぜっ!」

 途端にはららの表情に影が落ちた。

 俯き、目を細め唇を噛んでは放し、力強く眉根を寄せた。


「あの、責める気は無いんです。ことの経緯は聞いています――実果乃(あいつ)がトーカさんを、」

「……ごめんなさい。一番最初に言うべきだったね」

「謝らないでください。オレがあなたの立場で、あなたと同じ能力を持っていたなら同じことをしたんだと思います。でもだからこそ、あなたには彼女を完全に蘇らせてほしいって思います」

「……それで、魔術師(ワークスホルダー)になってほしいんだね」

「はい。……骸術士(ネクロマンサー)由来の魔術師(ワークスホルダー)なら、死者を生前のその人と変わらない形で蘇生できる――ですよね?」


 口を噤むはららの表情を、茜はじっと見続け、待ち続けた。


「私に、出来ると思う?」

「出来る出来ないじゃなく、やってもらわないと困る」

「やれなかったら?」


 目を合わせずに問いを放つはららの正面に、茜は立ち向かった。


「――オレ、あなたのことが好きです。ああ、恋愛とかじゃなく。凄いって尊敬しているし、あなたの頑張っている姿を見ていたら自分ももっと頑張んなきゃって思うし――それはRUBY(ルビ)のどのメンバーも同じで――オレ、あなたのこと、あなたたちのこと、嫌いになりたくないです。あなたたちのことを好きなオレのことを、嫌いになりたくない」


 要求の曖昧な脅迫ほど、相手を悩ませるものは無い。

 悲痛な面持ちのはららに微笑みかけながら、茜はその場にしゃがみ込んで続けた。

 ベッドに腰かけ俯くはららの視界に、覗き込む彼女の視線が映り込む。


「あの時は今すぐにでもって言ったけど――オレ、待ちます。そのために出来ることがあるなら、魔術警護が終わっても手伝うし、だから――実果乃を、返してほしい。ちゃんとあいつに、償わせてほしい。お願いします」


 そして下げられた頭を、はららは目を見開いて見詰めた。

 改められた認識は、鈍器のように彼女の脳と心とを激しく打ち付け、烈しく揺さぶった。


 茜はただ殺された実果乃を戻してほしいのではなく。

 星藤花を殺害したという罪を、きちんとした形で償ってほしいと願っていたのだ。

 そうでなくては。

 比奈村実果乃という人間を、心から愛せないだろうと解っていたのだから。



   ◆



『オペレーター各位、配置につけ』


 クローマーク社三階のオペレータールームでは、七機全てのOSオペレーションスフィアが稼働し、そのそれぞれに調査チームを担当するオペレーターたちが乗り込んでいく。

 各種のケーブルが接続された球体のハイスペックマシン。近未来を思わせる圧巻の光景の手前には、奏汰が持ち込んだ機材で急設された魔術学会(スコラ)の魔術士たちを支援(サポート)するためのオペレーションデスクが展開され、座り心地の良い椅子に腰を落ち着けた百戸間(モモトマ)リリィが機材のチェックを今しがた終えたところだった。


 12月27日、午前7時48分――RUBY(ルビ)クリスマスライブ2日目の朝だ。

 つまり、およそあと13時間後には四月朔日夷たちによる襲撃が行われる。


 本部にて統括役を担当するのはエンジニアの眞境名(マキナ)恒親(ツネチカ)だ。彼は機関員であり統括という職務の経験も浅いが、各種機材の扱いに関しては航の元で鍛えられただけあって一日の長がある。

 それに航も海崎(ミサキ)冴玖(サク)大神(オオガミ)太雅(タイガ)も、自らが所属する調査チームがある。だから本部に残り全体の統括として機能できるのは彼しかいないのだ。

 支部長である石動(イスルギ)森造(シンゾウ)がそのバックアップを担うことになっている。社が始まって以来の大仕事であり大役だが、その経験は後につながる。現在を乗り切ることだけに執心し未来を見据えていない者はいずれ廃れるのだ。


 無論、航も冴玖も太雅も、可能な範囲で現場にて全体を見て統括の補助をするつもりではあった。しかしそれが可能かどうかは襲撃が始まってみない事には判らない。


『最後の大仕事だ。碌な、というか、真っ当な休日が全然無い中でお前ら、本当によくこの日までこぎつけてくれた』


 無線式インカムを通じた一斉送信で労う航の声はいつになく強く、そして勇ましい。


『終わったら――――焼肉行こうぜっ!』


 それは航なりの、いつもの彼の鼓舞。

 緊張は高まり、しかし適度に弛緩を齎し。

 実に最適な状態(コンディション)で、クローマーク社警護要員35人と魔術学会(スコラ)からの応援要員11人、合わせて46人が最後の日を迎えたのだ。


 各自が配置されたエリア・ポストで警戒を続ける中、ライブの準備も着々と進み、やがて開場され、前日を超える二万四千人の観客が幕張メッセ4・5・6ホールに犇めく。

 時間が過ぎるに連れ緊張は更に高まり、詰め寄せたファンたちの期待も膨れ上がっていく。


 開演10分前のアナウンス。


 時計の長針が天を仰ぐと同時に暗転し、鳴り響く序曲(オーバーチュア)

 轟く歓声、揺れるホール。


 ピーク。


 光。暗闇を劈いて、虹色に輝くいくつもの光が幻想的な渦を描く。


「「「きゃあああああああ!」」」


 センターステージに沸き起こる悲鳴。


「みんな、大丈夫?」

「平気」

「でも、」

「「ここ、――どこ?」」


 まるで地震が起きたかと錯覚するようなベースラインから始まる一曲目は『知らない世界』――デビューシングルの共通収録曲に起用されたその楽曲は、これからデビューを迎えるRUBY(ルビ)メンバーたちの希望と、それを上回る不安を表現した名曲と言われている。


 そこで観客は理解した。

 RUBY(ルビ)のライブアクトは常に物語をなぞる。前情報である程度知ってはいたが、今回の物語のテーマのひとつは“異世界”だった。つまりRUBY(ルビ)メンバーが異世界へと転移されたのだ。


 曲が終わり、舞台上の一期生メンバーが口々に「戻らなきゃ」を連呼する。


「でもどうやって?」

「お困りですか?」


 現れたのは二期生メンバーの星藤花。身に包む衣装の違いから、異世界側の住人を演じているのだろうと思われた。

 一期生たちは自分たちの状況を説明する。説明と言っても、自分たちがRUBY(ルビ)というアイドルであり、これからライブステージに向かう途中でこの世界に迷い込んでしまった、というごくごく簡素なものだ。

 藤花はしかし元の世界への戻り方を知らなかった。そもそもこの世界とは別に異なる世界があることすら知らないのだ。

 困り果てた一同は、とにかく藤花についていき彼女の住まう町へと向かう。


 二曲目、『僕は道草をする』――遠回りした帰り道で見つけた名も知らない花の美しさ、人々の営みの力強さに励まされる曲だ。

 その曲に歌われる“僕”のように異世界の風景や町並みに元気をもらった彼女たちは、その町に伝わる逸話を教えられる。


 三曲目、『願いの叶う場所』――デビューはおろか、一期生のメンバーすら決まっていない時期に製作されたその楽曲は、オーディション最終選考時の課題曲でもあった。当時の貴重な音源は後にリミックスされ、RUBY(ルビ)のユーチューブチャンネルにて期間限定で当時の映像と共に配信された。なお、彼女たちのファーストアルバムには一期生メンバーだけが新たに歌う同楽曲が収録されている。

物語仕立てのライブってアガる。


→次話 4/23 5:00公開です。1時間間に合わんかった……


宜候。

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