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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅷ;幻滅 と 元凶
235/300

Track.8-15「復讐は幸せを生まないだろ?」

『俺たち方術士(キュービスト)は実に様々なものを“固有座標域”(ボックス)の中に置いて、いつでも取り出せるようにするんだけど……』


 それを聞いて、芽衣は最初に飯田橋の異界攻略の際に航が何もない空間から色々なものを取り出した当初の記憶を思い出した。


『そこには知識や技術、記憶なんかの“情報”も詰め込むことが出来る。絶対に忘れたくない思い出とかだな。若しくは、異世界で獲得した新技術なんかの情報を詰めておいて、誰かが俺の固有座標域に接続(アクセス)できるようにしておけば、たとえば自分が死んでもその情報は持ち帰れる、とかだな』


 情報そのものを閉じ込める、というのは芽衣にはなかなか想像できなかった。

 しかしそれを聞いて納得したのは、つい先日に見たあの夢のせいだろう。


『――固有座標域(ボックス)は魔術士であれば大概の奴が会得する技術だ。だが俺たち方術士(キュービスト)はさらに一歩踏み込んだ、“虚数座標域”(ブラックボックス)という魔術をも使う』

「ブラック――ボックス」


 その言葉に連想したのは、その夢に見た黒い匣――一辺が凡そ10センチメートル程の黒い立方体だ。

 それを持ち出した芽異は、頻りに謝罪を口にしていた。“こうするしか無かったから”と告げて匣から現れたのは――


『俺が殺せなかった魔女の記憶は、ひとつ残らずその中に封じ込めてある』


 思い出そうとして、航の声に意識を引き戻された芽衣は、咄嗟に疑問を投げかけた。


「どうして封じ込めたんですか?」

『そうだな――』


 逡巡の間があり、航は苦々しそうな口ぶりでそれを説く。


『大神景がああなったのは、(ひとえ)に復讐に憑りつかれていたからだってのは何となく解るだろ?和泉常務が復讐をどう捉えているかは判らないが、俺は景みたいに、きっと復讐のために生きる道を選ぶと思った。殺せなかった魔女を殺すことだけに執心して、復讐の炎に身を投げて焼死するんだろうと思ったんだよ』

「……そんなに、悔しかったんですか?」

『分からない。それすらも全部匣の中に閉じ込めたからな。ただ、そうしていなければ俺は今みたいに楽しい日々を送っていないだろうし、世の中の不幸代表みたいな面して行き急いでいたんだろうなとは思うよ』

「復讐を果たさない方が、幸せってことですか?」

『んー、一概には言えないが、少なくとも今の俺は幸せだよ。大事かも知れんけどな、復讐は幸せを生まないだろ?』

「……そう、ですね」


 壁を挟んだ向こう側に聞こえていた水音が凪いだ――星藤花がシャワーを浴び終えたのだ。

 芽衣は航に業務に戻る旨を伝え、航は端的な言葉で応じて通信は切られた。

 パジャマ姿となった藤花がバスタオルで髪の毛を拭きながら芽衣の元へと歩み寄り、二人はまたベッドルームで――一応、芽衣は襲撃を警戒しながら――話に花を咲かせる。

 今晩の議題もまた他愛のないもの――藤花が最近嵌っているユーチューバーがどうだとか、あのアーティストの新曲は聴いたのか、とか、メンバーが出演したテレビ番組のどれがどうだった、とか――だったが、いつにも増して芽衣はその話を上の空で聴いていた。

 無意識の傍らには、あの黒い匣から現れたものが渦巻いていた。


「……リセ、疲れてる?」

「えっ?そんなこと、無いけど……たぶん」


 疲れているかと訊かれれば正直「はい」と答えるべきだ。RUBY(ルビ)の魔術警護が始まってからというもの、芽衣を含めた警護要員には休日というものが無かったからだ。

 先日、孔澤流憧の異界侵攻の攻略を終えたことで余裕の出来た魔術学会(スコラ)から応援の増員が手配されたことで警護員の配置が変更され、休日というものが漸く現れたが芽衣のそれはもう少し先の予定だ。


「えー、絶対疲れてるよ。(くま)結構ひどいよ?」

「え、マジ?」


 夜型の生活を余儀なくされ睡眠の質が低下したことも自覚していたが、もとより隈は友達のようなものだった芽衣は、改めて指摘されたことでほんの少し慌てふためいた。笑えなくても、魔術業界に足と首を突っ込んでいても、彼女が17歳の女子高生であることには変わらない。


「……でも、疲れてるのはトーカも一緒じゃない?寧ろ、あたしなんかより」

「それがさぁ――最近どうも、疲れてるって感覚が無いんだよね」

「――あ」


 苦笑いを浮かべ、懐かしそうに遠くを見詰める藤花。その仕草や振舞のせいで失念していたが、彼女は死に、そして土師はららの魔術によって異骸(リビングデッド)へと変貌した。

 異骸(リビングデッド)というのは通常の生命を持たないために疲れを知らない、ということが分かっている。その活力・生命力が尽きない限りはずっと同じ性能(パフォーマンス)を発揮し続けられるのだ。


「ごめん、――嫌な事、思い出させた」


 首をぶんぶんと振り、明るい笑顔で否定した藤花の目は、優しく、しかし濁っている。魔術士の目で注視しなければ気付かないが、生きた人間の目とは明らかに違うのだ。


「自分ではさ、もう踏ん切りついてるから」

「踏ん切り――」

「うん。……出来る限りはさ、アイドル、続けようと思ってる。でも、トーカがおかしくなったり、人を傷つけるような化け物になったら――」

「ならないよっ」

「……なるよ」

「何で?」

「だって……分かるから。トーカの中に、化け物の種みたいなものがあって、それが段々と、すごくゆっくりなんだけど、でも確実に大きくなっていくの――分かるから」


 その寂しそうで悲しそうな表情に、芽衣は溜まらず目を逸らした。でもそうするべきでは無いと振り返り、華奢な彼女の両肩を掴んで自分に正対させる。


「トーカ。もしトーカが化け物になっても」

「……うん」

「どうにかして元に戻すから。だから、……」

「……だから?」

「……RUBY(ルビ)、やめないでよ」


 絞り出した声は慟哭に似ていて、だから藤花もつられて鼻を啜った。

 互いの側頭部を互いの側頭部に擦り付け、回した手で背中を(さす)りながら嗚咽を漏らす。


「……先にやめたの、リセじゃんか」

「それは本当に、ごめん。でもあたしは、トーカにはずっとRUBY(ルビ)にいてほしいと思ってる」

「一緒が良かった。でもトーカが、リセを、」

「違う。違うよ、あたしが弱かっただけなの」


 慰め合い赦し合う言葉が何度も交錯した。泣き腫らした目で二人が漸く落ち着いたのは、もうそろそろ朝日が昇ろうとする未明だった。

トカリセ。

本当だったら、『深海魚』という楽曲を歌うはずだった二人。


→次話 4/23 2:00公開です。今夜はもっと頑張るよ!


宜候。

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