Track.8-01「お前は正しく殺されろ」
「ずっと。ずっと――この日を待っていた、待ち望んでいた」
静かで、穏やかで、それでいて鋭く険しい目つきで四方月航は佇んでいた。
だらりと下げた右手は最低限の力で、彼自身の身体の内から滲み出てきた黒い匣を把持している。
それをゆっくりと目線の高さまで持ち上げた航は、その黒い匣が出てくる前の航とはどこか違う雰囲気を纏っていた。
それまでの航も確かに、子供っぽい一面と大人の男めいた一面、また感情豊かな一面と理知的な一面、そしてだらしなく不甲斐ない一面と頼れる男の強かな一面と、表裏の面をいくつも持ち合わせた不思議な印象だった。
しかしその航は、そのどの面とも合致しない――まるで、それら六つの面で構成された立方体の内部に隠されていた秘密が暴かれたようだった。
バチィッ――匣を宙に浮かべた航が指を鳴らすと、匣はその左右に長く輪郭を伸ばし、長細く鋭い形状へと変貌していく。
赤黒い迅雷が迸り、周囲の霊銀に伝搬し大気を荒れ狂わせていく。
黒い刀だ。
大きさや形状は一般的な太刀だが、クローマーク社で創られたような甲種兵装とは異なる意匠。
一目で規格外だと判る、もはやひとつの小さな異世界ほどの凝縮された霊銀量。
抜き身の刀身が、溢れたその霊銀が及ぼす影響で陽炎のように揺らめいている。
「漸くだ――漸く、舞台が整った。これで、本当にこれで漸くお前を殺せる」
虚空を薙ぐと、揺らめいた陽炎が空間を侵食した。
満ちていた霊銀を喰らい、黒刀がどくんと脈打つ。
「ずっと、何度だってお前を殺せずに来たけど――この時だけはもう違う」
そして航は、眼前の魔女を見据えた。
対する魔女は、ただ呆然と、その様子を眺めていた。
チャキ――黒刀を、八相に構える。それはいつだって彼の必殺の気概を背負った構えだった。
ああ、きっと、だから彼はずっと、自分の知っている彼になる前からそう構えて来たんだろうと魔女は納得する。
それはあまりにも綺麗で、あまりにも自然で、そしてあまりにも痛烈だった。
ああ、自分は殺されるのだ。彼の復讐の対象とは、自分だったのだと――言われるまでも無く、気付いてしまう、理解ってしまう。
あんなに楽しく、あんなに厳しく、あんなに優しく接してくれていたあの四方月航はそこにはいなかった。何もかもが嘘で、自分を殺すため復讐を果たすためにきっと自分すら騙し続けてきたのだ。
それが痛いほどに理解るからこそ、その事実をすんなりと受け止め、受け入れられた。
そんな形相で睨んでくるくらいの感情なら、もう仕方が無いよね、なんて――
「――――森瀬、お前は正しく殺されろ」
地を蹴って、航が駆け出した。
黒い刀の揺らめきが、その刀身が通過した空間を歪め割り裂いていく。
亀裂が走り断裂していく空間は、溢れ出した彼の秘密のように黒く闇よりも深い。
その様子を、森瀬芽衣は、ただただ眺め続けていた。
◆
げ ん と げ ん
Ⅷ ; 幻 滅 と 元 凶
◆
12月10日、木曜——クローマーク本社屋二階、中会議室B。
「本日は忙しい中こうして集まっていただき、ありがとうございます」
四方月航はその部屋の中で円卓を囲む全員を見渡して浅く頭を下げた。
「御託はいいからさっさと本題へ」
「本っ当、そう言うとこが“マセガキ”なんだよ」
言われ、キッと航を睨んだのは魔術学会から手配された監査兼助言役の魔術士・間瀬奏汰だ。日本人の平均を大幅に下回る低身長と童顔から、彼のことを“マセガキ”と苗字を捩った揶揄を口にする者も少なくないが、奏汰自身はその呼び名を愛称とは認めていない。
そして彼の隣には彼と同じく学会から派遣された彼の仲間である、谺葛乃と百戸間リリィの姿がある。派遣されたのは全部で五人だが、碧枝初と霧崎鈴芽の二人は警護対象であるRUBYが現在滞在しているリーフ・アンド・ウッド合同会社に詰めている。勿論、魔術警護を補助する立場としてだ。
そして奏汰達と対面する位置に座るのは、クローマーク社調査チーム“FLOW”の四人――森瀬芽衣、安芸茜、鹿取心、玉屋望七海だ。
本来であれば心はRUBY二期生の星藤花の日勤担当であり現場に赴いていなければならなかったが、この日のために航が自身の統括という権限をフル活用し勤務シフトを調整した。
現在時刻は16時。定刻通り、チームFLOWと奏汰率いる調査団との特別合同会議が始まった。
みなさん今日は何の日かわかりますね?
そうです、夷ちゃん18歳のお誕生日おめでとうございます。
⇒次話 4/4 0:00公開です。
宜候。




