Track.7-42「3つです」
——キイィ。
少し古ぼけた蝶番の音が響いて、オレは受付で案内された常盤さんの研究室へと足を踏み入れた。
——キイィ。
まただ。また、ひとりでにドアが開いた。オレは招かれるままに、青を基調としたその応接室に入り込む。
「今日は。調子はどう?」
「――――あなたの顔を見なければ、多少はマシでした」
どさりとソファに腰を落ち着けて対面する――常盤美青が裏のあるにこやか顔でそこにいる。
「そう、それは残念ね――」
告げて彼女はカップを手に取り珈琲を啜った。湯気とともに酸味の強い香りが漂ってくる。
「どうぞ、君も飲んで」
気が付くと目の前のローテーブルに常盤さんが飲んでいるのとおそらく同じ珈琲が置かれていた。波立つ湯気に二度見したオレは、三度目で常盤さんの顔を睨みつける。
「別にお金なんて取らないし、サービスだと思って」
「……いつ、持ってきた」
「さっき。気付かなかった?――――まだ君は、君の“異術”を使いこなせていないみたいね」
「オレの、“異術”?」
「そう、君の“異術”――――世界中のあらゆる魔術士がこぞって切望する、“無”との接続を可能とする力」
わけがわからない。オレには常盤さんが何を言っているのか理解が出来なかった。
「でも――――早すぎる。君はその力を……そうね、あと半年くらい遅く手に入れるべきだった」
「は?」
「……直にわかるわ。だって、1周目の君はそうだったもの」
煙に巻かれているようだった。
結局その後はコバルトさんと合流して、最近の話なんかをしたと思う。ぼんやりと記憶が曖昧で、たぶん常盤さんに言われたことが頭にこびりついていたから――――だからその日も、急襲に対応しきれずに、あっけなく死んでしまった。
そうして死んで漸く、“ああ、確かにこうだったっけな”なんて――――思い出して、そして、何度かそういう遣り取りを繰り返した。
繰り返す中で、オレはオレの力を欲するどこかの魔術士に殺られたんだと段々と解ってきた。ただ敵の出所が解ったところで、それを覆せるほどの力がオレにあるわけもなく――やっぱり、繰り返しても繰り返してもオレは暁を殺した後でそいつに殺された。
決定的に違ったのは、記憶を取り戻すタイミングだった。
2周目では常盤総合医院で初めて常盤さんと遭遇したその瞬間に断片的な違和感として記憶を取り戻したオレだけれど、3周目からは遅くともそのタイミングまでに完全にループしている記憶を取り戻した。周回が増えるにつれそのタイミングは早くなり、8周目にもなるとコバルトさんと初遭遇した瞬間に全てを思い出すことが出来た。
でも、暁との対決を後回しにすることはなかなか難しかった。
6周目で漸く、9月の決戦を12月にまで引っ張ることが出来た――オレが過去に犯した過ちを語らず、暁にべったりと張り付いて構っていたからだ。
ただ、オレが自分の――“空の王”という異術を発揮できるようになるためには、暁との決戦が必要不可欠だった。そもそも異術に目覚めなかった周もあったことから、暁との決戦以外に何か必要な条件があるんだろうと思う。
8周目が無様に失敗に終わっても、オレは結局暁を救えないままでいた。
オレが放った“簒奪者”の一撃は暁の胸の内に埋め込まれた黒曜石の霊珠を打ち砕き、それだけに留まらず暁の霊基配列を壊して暁を魔術士でなくした。
命を奪うほどの一撃では無かったが、未来を奪う一撃だった。そうとしか出来なかった。
蜷突きを――“簒奪者”を放たなかった周は逆にオレが死んだ。死んで、暁に喰われた。その後で暁がどうなったのかは知らなかったオレは、常盤さんから異端審問官に処理されたことを聞いた。
オレが死んでも世界が続いているのだから、オレの死が周回のリセットタイミングでは無いようだけど、じゃあどうして周回を繰り返しているのか――それに対して常盤さんは「まだ早い」とだけしか答えてくれなかった。
それでも。
どうやら、オレがそれをクリアしなければ、世界は先には進まないらしい。
12周目で漸く、暁との決戦が3月に持ち込まれた。冬休みが終わり、暁が学校に来なくなり、そして行方不明事件が始まった。
オレと心が初めて邂逅したのも2月だった。オレにとっては初めてじゃなく、心にとっては毎回が初めてだった。
キレるタイミングも今や完璧だし、仕入れる情報も回を追うごとに増えていった。どう誘導してどの情報を得るかのチャートも組み上がっていたからだ。
そして3月に入り、オレは自分の異術を手に入れた。どうやら、きっかけはあの小説だったらしい。思い返せば、異術に目覚めなかった周は毎回、あの本を読んでいなかった。
12周目もまた、暁を救うことは出来なかった。この結末を回避する術は無いのだろうか――でもオレは漸く、物語の先へと進むことが出来た。
「もう大丈夫ね――君は君の異術の根幹を手に入れた」
常盤さんの応接室に招かれるのはもう何回目だろうか――思い返して指折ろうとしてその面倒さに気付きすぐにやめた。
「根幹って――――でもオレはまだ、残りの3つを手に入れていません」
「3つ?」
「ええ。封殺者、それから冒涜者の3つです」
「なるほどね。そこまでは理解しているようね」
どうやらオレの異術はあの小説と関係している。
“君臨者”はオレ自身に影響を及ぼす霊銀の働きを“無”にしてしまう――差し詰め、鱗が身に纏う強靭な黒い皮膚だ。
“飛躍者”は周囲の霊銀を固定して足場とし空中をすら駆け巡る――まるで翅の飛翔にも似た跳躍だ。
“簒奪者”は対象に宿る霊銀の働きを阻害する毒を打ち込む――それは豹の鉤爪から滴る毒のようで。
だからきっと。
“封殺者”は凍の持つ力を、“冒涜者”は無の持つ力を再現するような、凡そそんな設計に違いない。
そして。
その5つ全ての異術を開花させた時――――きっと、“空の王”の全てが発現する。
オレは全てを理解して、“空の王”そのものになるんだろう――いや、暁みたいに猛禽の化け物になる、ってわけじゃなさそうだけど。
「茜君――君に、会わせなければならない人がいるの」
告げて、常盤さんは研究棟の中の一室にオレを案内した。
完全面会謝絶のその部屋は白すぎるほど白く、中央にベッドがひとつ、そしてその上に横たわる少女に、幾多もの機械から伸びるチューブや管が伸びていた。
「……ロンドンにいるんじゃなかったのかよ」
オレの初恋の人が、そこに眠っていた。
2章で明かされていた、茜と心の初遭遇の時期が「2月」だったのはそういうことだったんですねー。
⇒次話 3/9 0:00公開です。
宜候。




