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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅶ;幽玄 と 夢幻
214/300

Track.7-39「俺たちは悪魔か」

「ヒューイっ!」


 黒髪の女騎士(ヒリン)が叫んだ。自身を庇った縮れ髪の騎士(ヒューイ)の左脇腹を敵の放った短槍の穂先が穿ったのだ。

 ヒューイの投擲した双つの戦輪(チャクラム)は軸を歪めながら高速の回転を続け、火勢に朱く染まる空を旋回すると(あるじ)の元へと戻っていく。


「おっと!」


 突き出した短槍を引き戻すと、(ハネ)は跳躍した。それは明らかに人の脚力凌駕しており――それもそのはず、(ハネ)の下肢は人のそれと異なる、まるで飛蝗(ばった)のような形状をしているのだ。

 中空で回転しまだ焼けていない建物の白い漆喰の壁に張り付いた(ハネ)は、下肢の先にある二股の鋭い鉤爪で落ちぬよう大勢を整えると、自身と同等程度の長さをしか持たない短槍を構える。


「卑怯者!降りて来なさいよ!」


 双剣を構えるヒリンは顔の中心に皺を寄せながら吠える。対する(ハネ)は意地汚く笑むと穂先をヒリンへと向けた。


「それがお望みなら、そうしますよ、っと――」


 ばぎゃん――――漆喰の壁が陥没し、放射状に亀裂を生んで欠片を零す。

 (ハネ)はまるで一筋の光条にでもなったように、誰しもの目にその残像をしか映さない。


「がっ――!!」


 しかしその攻撃は直線的過ぎた――ヒリンはその驚異的な突撃(チャージ)を見抜き、自慢の双剣を交差(クロス)させて防御態勢を取っていたのだ。重なった中心に穂先は吸い込まれるように突き立てられ、双剣はヒリンの細い体ごと弾き飛ばされたが(ハネ)もまた金属同士が激しく衝突する衝撃に錐揉み回転をしながら宙に浮かび上がった。

 その(ハネ)に向けて、再度射出されたヒューイの戦輪(チャクラム)が高速の回転音を鳴り響かせながら殺到する。


「ぐぉっ!」


 ひとつは咄嗟に柄で弾いたが、もうひとつは回り込んだ背中から肉に食い込み血飛沫を散らす。

 南門から大聖堂へと続く大通りの(なら)された石畳を転がっていったヒリンが立ち上がったのと、赤く染まりながら崩れた体勢を戻してどうにか(ハネ)が石畳に着地したのはほぼ同時だった。


 一方、その大通りと交差する東西に伸びる通りでも聖天騎士団と“異形の軍勢”(テリオ・ストラトス)による交戦が始まっていた。

 異形の者たちはそれぞれの身に宿す人とは異なる形が齎す恩恵を十全に発揮し、そして聖天騎士団もまた神の名のもとに与えられた聖蹟(スティグマ)の力を解き放ち対抗する。


 聖都にはそれを護るための高く聳え立つ防壁が囲い、その東西南北に四つの巨大な門が設けられている。

 “異形の軍勢”(テリオ・ストラトス)が攻め込んだのはそのうち南門を除く三方向からだ。だから逃げ惑う人々は唯一火の手の上がっていない南を目指し、避難を進める騎士たちもそちらへと誘導する。


 大聖堂前の広場では斧槍の短髪騎士(オーギュスト)赤髪の女弓騎士(グロサリア)“異形の軍勢”(テリオ・ストラトス)幹部である(ウロコ)と対峙し。

 進撃を許した北門から続く通りの中腹では黒髪の女騎士(ヒリン)縮れ髪の騎士(ヒューイ)が幹部(ハネ)を相手取っている。

 同様に。

 通りの東では籠手の剃髪騎士(モリス)が毒を滴らせる凶悪な鉤爪を持つ(ヤマネコ)と。

 通りの西では戦鎚の娘騎士(ロナ)が極寒の冷気を放出する氷結竜の喉を得ている(コオリ)と相対する。


 入り組んだ路地でもまた、聖天騎士団と“異形の軍勢”(テリオ・ストラトス)の互いの刃が交じり合い、勢いを加速していく火の手により建物の一部が崩落し始めた。

 宵闇に蓋する雲は戦火に朱く染まっている――――それを切り裂くように、巨大な影が飛来しては都市の中心に聳える大聖堂に小さな二つの影を落とした。


「――――来ました」


 大鐘楼の脇に座っていた銀騎士(フラマーズ)祈り子の騎士(アリエッタ)の言葉に閉じていた瞼を開くと立ち上がり、空から降り立った二つの影を視認した。


「……あれからもう、4年も経つのか」

「……互いに老けたな、(トリ)――――いや、空の王(アクロリクス)よ」


 フラマーズは腰の鞘に差していた長剣(ロングソード)を抜き放つ。荒野の洞穴前で魔獣と戦った時のそれとは異なる、質も性能も数段上の大業物だ。それは彼が聖天騎士団を昇りつめ、漸く教皇付きの近衛騎士として任命された際に贈られた世にふたつとない聖剣だった。


 距離にしておよそ5メートルの隔たりを間に置く(トリ)もまた、空の王(アクロリクス)と呼ばれるに相応しい成長を遂げていた。風切り羽根を生やした両翼は降り立った瞬間に羽根が散ってただのふたつの剛腕と変化したし、その鍛え抜かれた肉体は英雄の彫像のようだ。

 その後ろに控えるのは額から後頭部に向けて曲がっては伸びる美しい双対の角を生やした(ナキ)だ。彼こそが異形者にして多様な聖蹟(スティグマ)をほぼ独学で修めた間者だった。

 彼を見据える、フラマーズの後方に控えるアリエッタもまた“奇跡の祈り子”と称えられるほどの聖蹟(スティグマ)の使い手だ。(トリ)とフラマーズの戦果の行方は、両者の実力もそうだが彼らの聖蹟(スティグマ)による加勢・支援にも委ねられていると言えた。


「ああ、年月を重ね、待ち侘びたが――――それはどうにも、無駄なことだったらしい」

「そんなことは無いさ、君は異形の者として多くの者を従えるほどの大きな“王”になったし、私もまた、教皇を護る大任を命じられるほどの騎士となった」

「ならばそこに何故彼女がいない」

「――――っ」


 苦く歯を噛むフラマーズ。(トリ)は静かな追及をやめない。


「何故彼女は毒を盛られる必要があったのだ、教えてくれフラマーズ……どうか俺に、その理由を、経緯を教えてはくれないか」


 怒りではなく、そこにあったのは悲しみだった。だからこそフラマーズは目を伏せ、語るしかなかった。


「……それが聖天教の、秩序だからだ」

「秩序?」

「ああそうだ、秩序だ。異形の者は悪魔であり、魔獣と同じ強力な力を持ちながら魔獣には持ちえない凶悪な知能をも有する。悪魔は天に背き、人を(たぶら)かして世界をひっくり返す――――大まかに、そう、聖典に記されている」

「俺たちは悪魔か」

「一応、そういうことになるな……」

「しかし彼女は違った筈だ。彼女は、エトワは――――背なに翼を持ち生まれ落ちた、天の御使いにして聖女、奇跡の体現者だったはずだ」

「ああそうだ。そしてその聖女が、あろうことか悪魔との和解を叫びあげた。日々休まず、異形の者への理解と慈愛を願い、熱心に声を紡ぎ続けた――お前がそうさせたんだ」


 異形の者を悪魔ではなく同じ人間なのだと認めてしまえば、それは聖典こそが誤りだと認めてしまうことになる。それは即ち信仰の揺らぎを生み、信者たちの離心へと変わる。


 聖女はあの日死んだ。

 舞い戻ってきたコレは、聖女の皮を被った悪魔の化身だ――――それを断言し、毒殺を命じたのは教皇その人だった。

硬く滑らかな黒い皮膚を持つ(ウロコ)

飛蝗のように跳躍に特化した肢を持つ(ハネ)

相手を無力化する毒を注入する鉤爪を持つ(ヤマネコ)

冷気を迸らせ周囲を凍結させる喉を持つ(コオリ)

そして悪魔のような捩れた双角を持つ(ナキ)


⇒次話 3/5 17:00公開です。


宜候。

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