Track.7-34「奇跡を願う」
「俺が彼女を連れて行けば、俺こそがその賊として裁かれるのか」
「……そういう、ことだ」
禽にとってフラマーズの肯定は然程仰天するような事実ではなかった。彼はこれまでに他人が自分のような異形者をどのように認識してどのように扱うのかを嫌という気にもならなくなるほどに見てきたし、それゆえ自分がどのように認識されているかも勿論承知していた。
しかし驚いたのは少女の出自だ。彼女は確かに、見世物小屋で“天使”として扱われてきた。だが本当に“天使”だったとは――世界全土に強力な権能と繋がりを持つ教団の聖女であるとは思ってもみなかったのだ。
「ならば頼みたい。俺の代わりに、彼女を彼女が求める場所へと連れて行ってくれ」
「ああ、それは勿論そうするつもりだ――しかし」
言い淀む銀騎士の後ろでは、にじるように七人の騎士たちが戦形を広げようとしていた。無論、それを見逃す禽では無かったが、しかし彼らと戦う気が起きないのだからしょうがない。
「俺はここで殺されるのか」
「……君の存在は、我ら教団の間では悪魔同然だ」
「俺が異形者だからか」
「……その、通りだ」
「そうか――――ならその前に、お前たちを彼女の元へと案内せねばならんな」
項垂れるように伏せた目を見開き、顔を上げたフラマーズは口を半開きにして禽を見詰めた。しかしその頃には禽はフラマーズの右肩のすぐ隣を過ぎ、急だが戦意の無さすぎるその接近に武器を構えるかどうかを迷った七人たちに接近していくところだった。
「ま、待ちなさい!」
「っ、止まれ!」
最後方にいた祈り子騎士が左手を前方へと突き出し、赤髪の弓騎士が弓を構え矢を番える。それをつまらなさそうに見遣った禽は、すぐに目を少女の休む洞穴へと向けると、制止の声に従わずに歩を進め続ける。
「待て、お前ら!彼に我々と戦う気は無いっ!」
フラマーズの悲痛な怒号に気圧された二人は身体を強張らせながら漸く警戒を解いた。すでに禽は八人から四歩ほどを過ぎ去っていた。
「周囲の警戒を。彼に続くぞ」
「……小隊長、いいのですか?」
「彼は嘘を吐いていない。彼の行く先に、聖都が探し続けていた聖女はいる」
その言葉に七人は押し黙り、顔を見合わせては各々が首肯した。
ざり、ざり、ざり――――砂粒を靴底で磨り潰しながらやがて洞穴へと辿り着くと、禽はすでに眠っていた少女を起こしているところだった。
少女は長旅の疲れと体調の優れなさにより朦朧としていたが、禽が戻ってきたことを知ると仄かに顔を綻ばせた。しかしそれも束の間、禽の表情がいつもの仏頂面ではなく、どことなく哀色を忍ばせていることに気付くと、少女は再び言いようのない不安感に駆られた。
「――喜べ」
「……何を、ですか?」
先頭を歩くフラマーズは洞穴から3メートルほど離れた地点で足を止め、後続の7人にも止まるよう手で合図をした。
「お前は、無事に聖都に送り届けられる」
「……え?」
意識がはっきりとはしないものの、その言葉を聞いた瞬間に少女の聡明さは本来の姿を取り戻す。
禽のその物言いは、まるで彼じゃない誰かが自分を連れていくように聞こえたのだ。そしてそれは事実であり、しかしそれを問い質すほどの体力は少女に残ってはいなかった。
「お前は――本当に天使だったんだな」
汗ばむ額に張り付いた少女の前髪を、禽は優しく拭うように撫でた。その時の表情も、その仕草も、少女にとっては初めてだった。だからこそ、寧ろ不安は膨れ上がり少女の心を苛ませた。
「だから、ここでお別れだ。俺はここから先は一緒には行けない」
「……嫌だ」
「嫌も何も無い。俺が共に聖都へと行けば、俺はお前を連れ去らった賊として斬り捨てられるらしい」
「なら」
か細くも力強い声だった。いや、力が無いために命をふり絞って出している声とも言えた。
「なら、聖都になんか」
「駄目だ――――お前は、聖都に戻り、天使としての・聖女としての役目を果たすべきだ」
「……どうして、」
「……どうしても、だ」
禽の強い眼差しに秘められた固い意志を汲み取った少女は力なく項垂れる。少女の視線が外れた瞬間にほんの一瞬見せた禽の歯を軋る表情を見た者は誰もいない。
そして禽は振り向き、銀騎士に対して首肯した。こくりと頷かれたその合図を受け取ったフラマーズは静かに歩み寄り、そして少女の前で片膝を着く。
「……偉大なる天の御使いにして、我らが希望の他になき聖女様。ここからは我々が、あなたの身を聖都へとお運びさせていただく所存に御座います」
少女はただゆっくりと、そして小さく頷いた。それを見届けた禽は踵を返し、しかし歩き出そうとして一度立ち止まると、ほんの束の間の逡巡の後で銀騎士を力強く睨み付けた。
その気配に気付き、フラマーズもまた立ち上がり禽と対峙する。
「もしも。もしも――いつの日か、俺のような異形者ですら受け入れられる日が来るなら」
「……ああ」
「その奇跡こそは、天の御使いとやらが背の両翼に載せて世界へと振り撒くに違いない」
「……そうだな」
「奇跡を願う」
「私も同じだ」
最後に禽は少女を見遣った。涙を溜めた赤い目で、少女は禽に懇願するような表情を向けている。
それでも禽は背を向けた。未練の鎖を断ち切り、七人の傍を過ぎ去って荒野を北へと――来た道を戻るように足早に歩いた。十分に距離を取った時には、はち切れんばかりの感情が溢れるままに駆け出し、駆け抜けた。
その未練の鎖を、断ち切れるはずなんて無かった。
もう戻れないほどの隔たりを得て漸く振り返った禽は、これ以上ない後悔を抱き、顔を歪ませてその場に蹲った。
そうしては嗚咽を漏らし、聞かせる相手のいない声を零し、誰に見せるわけでも無い顔を歪め、もう誰とも繋がっていない心が荒れ狂う大時化のように揺さぶられぐちゃぐちゃになっていくのにただ身を委ねていた。
「おお、おお――――」
本当は自分が少女を聖都まで導きたかった。少女の願いを叶えるのは自分であるべきだと願っていた。
もっと自分に力があれば、あの魔獣を屠り去り、あの八人の騎士から少女を奪い去り、聖都で待つ処罰を生き延び、少女の傍で守護者として君臨できた。
禽は自分を恥じた。自分の非力さを嘲り、自分の無力さを呪った。
取り返すことのできない喪失が、禽にそれを気付かせた。
彼もまた、たった一人の人間に過ぎないのだと。
たぶん50話くらいあります、この章。
→次話 2/26 0:00公開です。
宜候。




