Track.7-31「ごちゃごちゃ煩えよ」
「待ってくれ」
敵意を秘める8対の双眸に禽は懇願する。
「俺には、お前たちを襲うつもりはない」
しかし騎士たちがその言葉を疑うのは当然だった。会敵の直前、アリエッタは「私の聖蹟は、襲撃に備えろと囁いています」と告げたのだ。素性も知れない敵かもしれない者の言葉より、仲間の能力の方が信用するに値する。
しかし騎士たちが疲労しているのは確かだった。結果だけ見れば手傷を負うことなく純粋な力と数とで押し切った、見事な勝利と言える。だがその実、彼らにはそうせざるをしか得なかったとも言えた。陣形や連携、個々の出し切れる全力を出し切って漸く、その十全の結果を得られたのだ。
聖蹟は広義には魔術に類する技術だ。言ってしまえば、教団がその呼称を用いているだけで、霊銀に意志を通して操作し様々な結果を齎すという側面だけを見れば魔術と何ら変わりない。
8人の騎士は外面だけを見れば無傷だ。しかしその内側は、荒れ狂う霊銀の奔流に曝され、急性霊銀中毒の一歩手前、といった様子だ。
だから、騎士たちにとってこれ以上の戦いを避けられるのならそれに越したことはない。
それが銀の騎士、フラマーズ=マイヤーの判断に少しの迷いを与えていた。
「何故、あの魔獣と戦っていた?」
だからフラマーズは問うことで時間を稼ぐことを選択した。時間を稼ぐことが出来れば、自分たちの霊銀の荒ぶりも特殊な呼吸により抑えることが出来るし、また禽の真意を図ることもできる。
警戒するのはする。だが、敵でないのならそれでもいい――その判断を、残りの7人も察知した。小隊がフラマーズを中心にこのメンバーで組まれてからおよそ2年。中にはそれより前からの繋がりである者もいる。付き合いの長さが成せるものだった。
「それを話す前に、俺には確かめなければならないことがある」
禽の返答に、フラマーズの眉間は深く皺を刻む。両者の間には警戒が色濃い霧のように立ち込めたが、話の通じる相手であることに禽は表情にはしなかったが仄かな安堵を胸に抱く。
「何を確かめるんだ?」
「お前たちの目的だ」
禽もまた、フラマーズたちと同様に時間を稼ぐことを選択したことを、フラマーズたちは知らない。しかしそれすらもやはり禽は知らず――互いに、暗闇の中を手探りで事を進めるしかない状況だ。
「お前たちのような出で立ちの者が、どうしてこんな辺境に現れ、そしてあの魔獣の討伐に乗り出したのか――それを聞かなければ、俺は俺のことを話せない」
「成程、簡単な話――最近、聖都の北方面へと向かった商隊が消息を絶つ事件が相次いでいる。俺たちはその調査という役割を与えられた。だからこの地にいる」
「こんな荒野に交易路があるのか?」
「いや、この地は交易路からは外れている。だが、切り立った岩場や洞穴の多いここは、賊が身を隠すのにうってつけの場所でもある」
なるほど、と返しながら、禽は自分の無知を恥じた。人目を避ける旅路を選んだつもりではあったが、まさかこの荒野がそんな場所だとは思っていなかったのだ。偶々賊に遭遇していなかったから良かったものの、魔獣ではなく賊の集団と相対することになっていかもしれない――ヒトというのは、知恵が働く点で魔獣より質が悪いことを禽はよく知っていた。
「俺たちもまさか魔獣に遭遇するとは思っていなかった。ただ、あの邪眼の魔獣がそのまま南下を進めていたらやがて聖都の郊外へと辿り着く。運は良かったと言わざるを得ないな」
「ここは聖都から近いのか?」
禽の疑問にフラマーズは顔を顰める。先程の交易路についての問いもそうだ。この鳥人はこの辺りの出まれにしては地理を知らなすぎる――胸中の警戒レベルを上げ、フラマーズは浅く息を吐いた。
「俺達の足で――まる一日、ってところだが……聖都に用があるのか?」
「いや――ああ、目的地は聖都だ」
反射的に発した否定を振り払ったのは、禽に迷いが生まれていたからだ。
そしてその内面の変化――表情や視線から滲み出る猜疑心の薄れ――を何となく察知したフラマーズは、いつでも振り上げられるよう右手に握って下ろしていた長剣を腰の鞘に差して納めた。
後ろの七人は跳び上がりそうな程に驚嘆したが、それを左手を上げることで制止したフラマーズは徐に一歩歩み出ると禽を見据える眼差しの強さを薄らげる。
「正直俺たちはお前のことをただの獣人だと思っていたが――何か、事情があるようだな。場合によっては力になれるかもしれない。どうだ、話してみないか?」
◆
「茜が、悪?おいおい、何かの冗談だろ?」
薄ら笑いを浮かべるもその目は笑ってなどいない――化け物が勝手に揺さぶられてくれている間にオレは、いつもの左構えに移行し、軽く握った左拳を伸ばし出した。
右の拳は顎の下――突きを繰り出すにも、払いで捌くのにも適した位置。
「だって君は、正義で、僕が憧れた――」
「ごちゃごちゃ煩えよ」
重心はやや右足寄りに。前後左右に素早く動けるよう膝を抜いて腰を少し落とす。
「オレはお前の正義を邪魔するんだから悪だろ――なぁ、正義のヒーロー」
「嘘だっ、ふざけるな、嘘を吐くな――――」
その言葉を言い終わる前にオレが突き出した左の刻み突きは化け物の顔面へと伸びる――衝突の瞬間、緩く折り畳まれた五指を開き、手首のスナップを利かせて振り払う特殊な形の“目突き”へと変化させた。
目突き――と聞かれて、チョキの指で相手の両眼を突くことを思い浮かべる人は多いと思う。しかしそれを見事に眼球に命中させられるのは余程の達人技と言うもので、なおかつ相手の反射神経との開きも必要だ。
人体に対する頭部の割合は的としては遥かに小さく、その中でもさらに眼球というのは命中させづらい。当てたとしても眼球というのはとても硬く、寧ろ指の方が負けて突き指や骨折しかねない。無論、眼球周辺は硬い頭蓋骨に守られているから外した時の悲惨っぷりったら目も当てられない。
ただ、“目的”を考えるなら、別に指を眼球に刺し入れる必要なんかどこにも無い――人というのは、目の周辺に何かが当たったなら咄嗟に目を瞑るように設計されているのだ。武道家や格闘家はこういった“反射”を克服しなければならないが――暁は魔術士であっても格闘家じゃない。つまり眼球という小さな的ではなく、顔面全体をやや中心めがけて五指を投げ打てば、いずれかの指が眼球の周囲に当たって咄嗟に目を瞑る――閉じた瞼の上から固めた親指を突き押し込んで壊すのはその後の話だ。
「ぐっ!」
何かを小さく引っ搔いたような小さな音とともに、羽毛に塗れた顔面をオレの左掌が弾く。目論見通り暁は顔を背けるようにして目を瞑ったが、大柄になった体躯のせいで次の親指での突きによる更なる視覚の奪取は難しい――だから軸の左足を回転させて前方へと伸び上がる前蹴りを、化け物の股間へと放った。
相手の身体が男性である以上、その効果の絶大さを信頼せずにはいられない。しかしそれはあくまで、相手が普通の男性だったら、の話だ。
「っ!?」
爪先に走る鋭い痛みに咄嗟に出した足を身体ごと後方へと倒れることで引き戻したオレは、右足の先端に突き刺さった数本の小さな羽毛たちを掴み、引き抜く。
顔面を強襲した時は羽毛は柔らかかった。ならば、顔面を打たれた化け物が咄嗟に防衛本能を働かせた、ということか。
意外と時間がかかっております。
でも漸くバトルに入れたので、そろそろ回収できるかと。
→次話 2/19 20:00公開です。
宜候。




