Track.7-27「決まってますよ、ぶん殴るんです」
順を追って、噛み砕く。
常盤さんが語ったのは、鹿取暁に行った施術――“根源回帰法”とは違う、もう一つの術式の概要。
前者とは異なり、“霊珠埋没式魔術能増徴法”と呼ばれるその術式は、単純にその魔術士の有する魔力を増幅させる術式だ。
メキシコは古くアステカの地に起源を持つ鹿取家の扱う魔術は“宝術”と呼ばれる、宝石を用いた魔術に分類される。
宝石に魔術を籠めることで、魔術士で無い者でもそれを解放するための術を知っていれば誰にでも行使しうる利点と、そして宝石自体が持つ霊的な性質・特性に合致する魔術を籠めることで、宝石自体がその魔術の効果を倍増させるという利点がある、らしい。
そして鹿取家が使う宝石は主に二つ――黒曜石と土耳古石だそうだ。
しかし前者に比べて後者はそこまで使い道の開拓がうまく行っていないらしく、だから専ら黒曜石を使うのだと言う。
その宝石を、剣や槍といった形状に変化・増徴させることで武装したり、炎や冷気などをぶっ放したり、幻獣や異獣に比肩するような体力や膂力、回復力や特殊能力を得たりと、その用途は多種多様だ。
肝心の暁に行われた施術というのは、魔術の才能に恵まれなかった暁の身体に黒曜石を埋め込むことで鹿取の宝術との親和性を高める、というものだった。
埋め込んだ黒曜石は霊地にて採掘された特別なもので、それ自体が増幅器として機能する、所謂霊珠だと言う。
霊珠を埋め込む施術というのは割と原始的に分類される方法らしく、逆に言えばそれだけ研究されてきた、そして確実性と即効性に富んだ術式なんだとか。ただ、馴染むまでは体内に渦巻く霊銀の流れが荒れやすく、また霊銀そのものも非常に不安定な状態になってしまう。
だからその術式を施された魔術士たちの殆どが、霊銀の循環を助ける“循環器”を所持していたり、またはそれに類する何かを霊珠と同時に身体に埋め込んだりと、対策を立てていたらしい。それをやらなかった者、怠った者も勿論いたが、体内で荒れ狂う霊銀に中てられて異獣へと成り果てた者も少なくなかったんだとか。
霊銀汚染が引き起こされると、それが原因で異術士となる者もいるらしいけれど、それは大体魔術士の才能にある程度恵まれた奴だってことで――寧ろ、それを目的にこうした施術が行われることもあったらしいんだけど――そして暁はやっぱり、そうではなかった。
それどころか、暁の小さな身体は霊珠を埋め込むだけで精一杯で、霊銀の暴走を抑えるための循環器を同時に埋め込む余裕はなく。
だから、そこから先は聞かなくても――正直、アステカだとか宝術だとか幻獣だとか異獣だとか増幅器だとか霊珠だとか霊銀だとか循環器だとか異術士だとか、そんな、新設されたおざなりな学校の授業で聞きかじった程度の言葉なんかより断然――よく、解った。
よく解りすぎて、頭が痛いくらいだ。正直、相当――頭にキてる。
「……暁、今、何処にいるか分かりますか?」
「教えてもいいけど――――魔術士相手に一般人がしゃしゃり出て何するつもり?」
「何って……決まってますよ、ぶん殴るんです」
誰かの想念雑じりの強迫観念は鳴り止まない。
◆
「ギシィイャアァァァァアアアアアア!!」
元より一面が赤黒く染まっていた眼球に突き立った剣翼の一枚は薄紫に濁った水晶体の飛沫を上げ。
邪眼の魔獣はのたうち回るように長い頭部を振り回して絶叫する。
その間隙を縫って駆けた禽は地を這うような低い姿勢で魔獣の左肢のひとつに狙いを定め、黒く鋭い鉤爪の生える太い指を切り刻む。
斬撃のいくつかは分厚く硬い鱗を貫けて密な筋繊維を断ち骨へと到達した。しかしそれまでだ――切り落とすにはやはり重量が足りない。
紫色の血飛沫とともに血煙が上がる――しかし吸い込んだそれの対処法ならすでに身体が覚えている。
一度は死さえも意識した禽だったが、けれどバジリスクに対しては寧ろ感謝の念さえ抱いていた。
確かに——禽が散らし切らすこと・生え揃えることを自在にしていた剣翼は、体内の霊銀の操作により羽根の治癒力を活性化させたり、羽毛の硬度・密度を操って行われるものだった。
魔術の基礎――霊銀の体内の循環については緑狐から聞き覚えはあったものの、ひどく感覚的で身に馴染み難く、それ故その行為を禽は半ば無意識のうちに果たしていたのだが。
しかしバジリスクの血煙毒の影響下に置かれたことで霊銀が緊急回避的に活性化し、自らの肉に満ちて流動するそれを意識して感じ取ることが出来たのだ。
その流れを速めることで、また霊銀の奔流を全身の筋肉に絡ませて溶け込む夢想で以て――禽の身体能力は見違えるほどに向上した。
躰術を。
禽は得たのだ。
(重みが足らないのなら代わりに速度を)
よりはっきりと醒めた思考を練り上げながら、のたうつ魔獣の岩壁のような鱗に、弾性に富んだ皮下組織に、剛健な筋繊維に、そして堅固な骨に己が剣翼を振り下ろし・薙ぎ払い・突き刺し・射出して手傷を加えていく禽の動きはもはや蛇行し円転する流星だ。
目まぐるしく旋回反転する視界の中心に確りと魔獣の姿を捉え、地を蹴り風を切り天に舞い上がり――――十字に四つの目が配置され立体的な動きに敏感なバジリスクも、その縦横無尽の動きを捉えることは出来ても体躯の大きさゆえに動作は全て後手に回る。
痺れを切らし無事な左目から絶対零度の冷気を帯びる視線を放とうとも、それを狙っていた禽は剣翼の羽搏きにより中空で急旋回すると錐揉み回転を見せながら皮膚の比較的柔らかい喉笛に一太刀を見舞う。
「グギャアアアアアアァァァァ――――――――――」
(それでも足りないのなら、更なる傷を)
もうその耳に魔獣の叫びなど聞こえていない。
ただただ禽は、自身に流れる霊銀の小さな脈動を細かく制御しながら自らの動きを更新していく。
より速い走破を。
より高い跳躍を。
より鋭い飛翔を。
より強い斬裂を。
より多い投擲を。
ただただそのためだけの――まるでそのためだけに創られた用途を持つ道具かのように自らと自らの動きを作り変えていく。
ただの殺戮器へと、自らを変異させていく。
抗う魔獣は、しかし徐々に命を削られ、この状態と状況がともに続くのなら確実に散り果てただろう。
しかし誤算は二つ。
まず一つは――――荒ぶる霊銀の活性が段々と、本当に禽の身体を変容させ、その身に急性霊銀中毒による汚染、つまり“異形化”の兆候が現れ始めたこと。
もともと禽は生まれつき霊銀汚染による異形化を享受して生まれた身だ。これは天使と称された少女も同じことだが、凡夫に比ぶれば幾ばくか霊銀汚染に対する抵抗力・順応力に秀でている。
しかしそれを上回る速度と濃度で荒れ狂う霊銀は禽の肉体を内側から組み替えていく。
少女を守るという当初の目的すらも忘れ、憑りつかれたかのように只管に魔獣を冷徹なまま斬り刻み続ける禽の姿は、その片鱗が見えていると言える。
そしてもう一つは――――。
「こっちだ、急げ!」
「魔獣同士の交戦!?縄張り争いか!?」
「何だっていい、アレが聖都郊外まで南下すると交易路が使えなくなる。ここで食い止めるぞ!」
「おう!」
目の前のことに集中するあまり、視界の遠くから松明を掲げ進軍するその小隊の接近に気付かなかったのだ。
だから突如として耳に入ってきたその声の群れに「しまった」と身体を硬直させ――そしてその隙をバジリスクは見逃さない。
「グルルルォォォォオオオオオオオオッッッ!!!」
強靭と言う言葉でさえ修辞しえない太い尻尾の横薙ぎが胸腹部を捉え、無造作に禽の身体を弾き飛ばす。
幸いだったのは、硬直と一撃とのその最中、咄嗟に霊銀の奔流を鳩尾を中心に同心円状に張り巡らせ即席の盾を練り上げたおかげで、命も意識も断たれることは無かったが、しかしそれでも肋の数本は違った。
「ぐ、――――ぅ、――――っ」
禽は悶絶し、先程までの中てられていた高揚も剥がれ落ちた。そうなると、どばどばと分泌されていた脳内麻薬でさえも急速に途絶え、逆転してそれまで消え失せていた疲れや痛みが身体中に蔓延する。
そこで漸く自身の身体の蝕みにも気付いた禽は――しかし当初の目的も思い出したことでさらに冷静を己の芯材とした。
(この流れを、もっとうまく操れば――――まだ戦える)
筋張った胸と腹の奥の折れた骨を感じ取りながら、痛みに悶えるせいで動かしづらくなった霊銀の奔流で以て断たれたそれらを接いでいく。
張り詰めた冷静を焦燥が取り囲む中、しかし眼前遠くの戦場は異様な景色に塗れていた。
いい感じに筆がノった。
→次話 2/10 0:00公開です。
宜候。




