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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅶ;幽玄 と 夢幻
201/300

Track.7-26「きっと君は、後悔するだろうから」

 淡く月の光で白む宵闇の下に身を投じた(トリ)は、洞穴を飛び出すや否や身を翻すように大きく捻り、岩肌を蹴って跳び上がった。

 両腕にはすでに剣のように鋭く硬化した羽根が生え揃い、獲物を斬り付ける最も強靭な武器であるそれらの剣翼は、そして(トリ)の身体を空へと舞い上がらせる飛行能力すら有している。

 その動きは大きく目立ち、当たり前にバジリスクの巨大な四つの瞳が(トリ)を捉える。


「しぃっ!」


 腕を大きく振り払うようにして剣翼を射出する(トリ)は、肉薄せんとするバジリスクを牽制しながら洞穴から遠ざかる――当然、少女の身を守るためだ。


「――――ッ!!」

「っ!?」


 しかし四つのうち、業火のように(あか)く輝く(まなこ)から熱線を照射し、バジリスクは剣翼の投擲を意に介さず進撃する。

 乱立する大小様々な岩から岩へと飛び交う(トリ)の移動は実に立体的であり、しかし十字に並ぶバジリスクの四つの視線が結ぶ視界はその縦横無尽の動きを確実に捉えている。

 もしも(トリ)羽搏(はばた)くことで空中であっても姿勢や座標を制御する術を得ていなかったとしたら、少なくとも両下肢は焼き切れ、胴には三つの焦げた風穴が開いていただろう。


(剣翼の投擲は通用しない――――しかし、直接斬り付けようにもあの厄介な視線が邪魔だ……)


 “邪視”或いは“邪眼”と称ばれる特殊能力を備えた魔獣がいることは、緑狐(ロッコ)から聞いていたため知っていた。しかし実際にその能力を持ちうる個体と遭遇したのは初めてである(トリ)は、その対処法までは心得ていない。


 四度、熱線が照射され宵闇の空に緋い輝きが瞬間迸る。


「おおおおおっっ!!」


 跳躍から一転、地を転がるように接近した(トリ)は、バジリスクの巨体故の死角へと身体を捻じ込み、空へと駆け上がるような剣翼の斬撃を見舞った。

 絶叫とともに、脇腹から紫がかった血飛沫が上がる――――同時に、(トリ)は弛緩し、地に膝をついてしまう。


 知らない、ということは、戦場ではよく死に至る。

 バジリスクの血は外気に触れることである成分が揮発する。その成分は毒性を持っており、人体がそれを吸い込むと途端に全身の筋肉が弛緩してしまう――一種の麻痺毒だ。


「――ぁ、――っ」


 力の入りきらない身体を引き摺るようにしてどうにか岩場の陰に隠れた(トリ)――先程までとは打って変わった緩慢な動作をその行方を探るバジリスク。

 息を潜める間にも、筋繊維がどんどんと意識とは乖離していく感覚に(トリ)は歯嚙みする。しかしそうしようにも、噛み合わせは弱く、存分に力を入れることは出来ない。


 どうする――――もしも、自分がこのままこの岩陰で遣り過ごせたとして。

 あの魔獣はきっと、また洞穴へと向かうかもしれない。


 それだけは、絶対に看過してはならない。


 奥歯ががちりと噛み合う。

 ぎぎり、と擦り合う音が鳴り、神経を伝って(トリ)の身体を荒ぶる霊銀(ミスリル)が蹂躙する。


 その奔流は、筋繊維に絡む毒素のひとつひとつを包み込むと瞬きの間に引き剝がし、呼吸とともに身体の外側へと排出した。

 劇毒に匹敵しうる感情の(たか)ぶりがほんの些細なきっかけを得ることで思いもよらない成長や成果を見せることがある――それを“奇跡”だと初めに語ったのは一体誰だろうか。


(何だ、これは――――力が、(みなぎ)る)


 バジリスクの血煙毒がすっかり抜け切った身体には、未だ荒ぶる霊銀(ミスリル)の奔流がまるで大河のように循環している。

 立ち上がった(トリ)の視線が、バジリスクの四眸が放つそれと交差する。


「ギシャ――アッ!」


 ひどく冷静になった頭が、ひどく熱を帯びる身体を操作する。

 岩を蹴って再三跳び上がった(トリ)。しかしその速度はこれまでのものとは雲泥だ。


「ギィッ!?」


 十字に並んだ四つの目、その右の瞳に吸い込まれるように、射出された剣翼の一枚が突き刺さる。



    ◆



「オレ、は……」

「……君は?」

「……オレは、……(アキラ)、の――――」

「……うん、――」


 息を吐き、息を吸う。

 心臓が痛くて、肺が悲鳴を上げている。

 喉は灼けたようにざらりと渇いていて、頭蓋は内側から殴られているようで。


「……友達、――――じゃあ、無い、かもしれない」


 それでも。


「……そう」


 出かかった涙と嗚咽を、奥歯を嚙みこむことで抑える。


 吐き出したい。

 吐き出したい。

 吐き出したい。


 言わなきゃ駄目だ。それを言わないと――オレは――――


「オレは、今思えば、……アイツのこと、全然知らなくて」

「……へぇ」

「アイツが、何に苦しんでて、何に悩んでて、とか……」

「ふぅん」

「知りたいとか、思ったこと、……無かった」

「……」

「アイツは、そうじゃ、無かったのに――――オレは、訊かれるばっかで、全っ然……」

「……それで?」

「知りたいっ、今更だけど、遅いかもしれないけど――それでもオレは知りたいっ!」

「――――」

「こんなオレを、アイツがそれでも“友達”だって思ってくれてるなら――――オレは、アイツのことを知って、ちゃんとアイツの“友達”になりたいっ」


 友達が苦しんでいるなら。

 その苦しみを分かち合うことで少しでも楽になれるなら。

 それは多分、分かち合うべきで。


 友達が罪を犯そうとしているなら。

 あるいは、罪を犯してしまっているのなら。

 殴ってでも、止めるべきだ。


 何処か遠くノイズ()じりのいつかの記憶を脳裏に淡く浮かべたオレの思考は。

 まるで強迫観念のように“殴ってでも”と繰り返す。

 でもそれに何の疑問も抱くことの無いままに、オレは常盤さんに詰め寄り、暁が受けた施術とその目的を吐くことを強要するかのごとく要求した。


「わかった――――君が彼の友達だって言うなら、私と彼との取り決めに従って、私は君に説明することが出来る」

「……ありがとうございます」


 重い頭を下げる。

 でも常盤さんは、ほんの少し渇いた抑揚で言葉を投げる。


「感謝の言葉は取り下げなさい。――――きっと君は、後悔するだろうから」

「え?」

最近、勧められて「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」なるアニメを観ました。

言葉を連ねたくなりました。


→次話 2/8 23:00公開です!


宜候。

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