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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅶ;幽玄 と 夢幻
199/300

Track.7-24「ここ、病院なんだけど?」

「初めまして」


 そう告げた妖艶な笑みを見せるその女性を、確かにオレは知っていた。

 でも同時に、この邂逅が初めてだということも、オレは知っている。

 気が狂うほどの既視感の連続で、ついに右膝がリノリウムの床を衝いた。


 笑みは妖艶、しかしその表情を構成する顔貌の部品(パーツ)ひとつひとつはうら若く。

 幼くさえ思える容貌に不釣り合いなほど(おお)きな双胸。

 女性らしさを想起させる丸みを帯びた輪郭は凛とした空気を纏うも、何でも受け止めて抱き締めてくれそうな女神めいた雰囲気をも覗かせている。

 何でも知っていそうな、それでいて何でも見透かしていそうな(ふた)つの眼差しが、片膝を衝いたオレに注がれている。


「……具合、悪いみたいね」


 女神のような微笑だ。

 オレを肩越しに振り返るコバルトさんは、今度は何もしてくれない――当たり前だ。つい先刻(さっき)、ここからの立ち直り方は習ったばかりなのだから。


「――ふぅ、――――――――っ」


 息を吐き切り、呼吸を取り戻す。

 痛いくらいの心臓の拍動が冷静さを取り戻していくと同時に、脳裏に蔓延していた幻痛も()めていく。


「っ――――すみません」


 立ち上がり、頭を下げる。目線は相手の足元に投げ、万が一の際にすぐに跳び退けられるように。


「大丈夫?まだ、顔色が悪いようだけれど」


 常盤さんが溶けかかった飴玉のような声をかける。頭を上げたオレは、無言でただ頷く。


「それで、用件は?まさか入団希望者じゃないよね?」

「違いますよ。彼女は“憂歌の音”(ブルース・トーン)の入団条件を満たしてませんからね――彼女は、鹿取君の友達です」


 その名を聞いて常盤さんの表情が変わる。

 いや、“変貌”と言った方がイメージが合致するか――――まるで舌を舐めずる蛇の悪魔のように、双眸を細めて口角を上げたんだ。


「――――へぇ、」


 かつ。

 かつ。

 かつ。


 常盤さんが歩み寄る。コバルトさんの横を擦り抜けて、その雰囲気に圧倒されて動けないままでいるオレの目の前まで来ると、視線を上下させてにこりと微笑んだ。


「ふぅん――――君、面白いね」


 値踏み。その()めつける視線は、それ以外の意味を持っていないように感じられる。


「君、魔術士にならない?」

「――は?」


 脊髄反射で喉から湧き出た声は、腹の底から感情を沸点へと引き上げた。頭にキた、ってやつだ。


「そんな風に(アキラ)をかどわかしたのか?」


 一歩奥にいたコバルトさんが澄ました表情で身体をこちらへと向ける。その動きは見えていないはずなのに、左手を軽く上げて常盤さんが制止する。


「……そう言えば、鹿取君のお友達、って言ってたわね」

「答えろよ、暁に何した?」

「鹿取君は私たちが手を加える前から魔術士だったけど……そうね、強いて言うなら、望み通りにしてあげたわ」

「望み通り?」

「そう――――彼、“強くなりたい”って言ってたから」


 嫌悪感が自分の顔に貼り付いているのが嫌でも解る。奥歯がぎりぎりと痛くて、そしてとても気持ち悪かった。


「正義のヒーローになりたいんだ、って。確かに私の見立てでは、鹿取君が鹿取君のままじゃ鹿取君の理想には到底なれないって判った。だから、」

「だから……?」

「そう、だから――――魔術士としての性能を、底上げしてあげたわ」

「底上げ?」

「ええ」


 そして常盤さんの口から次々と(こぼ)れる、理解不能の単語の数々。

 そのひとつひとつが鼓膜を通過して脳を蹂躙する(ごと)に、オレは眩暈を覚えて倒れ出したい衝動に駆られる――だって言うのに、この身体はまるで鉄の塊か何かになってしまったかのように身動(みじろ)ぎひとつ許してくれない。


「ちょうど着手している研究が“霊基配列が凝り固まった人間を後天的に魔術士へと変質させることは可能か”って言うものでね」

「そこにいるコバルト君もその被検体の一人なんだけど」

「まぁ鹿取君は研究対象としては条件に外れていたんだけどさ」

「若干煮詰まった感あったし、新しい何かを掴めるかなって興味もあったし」

「宝術ってまだ扱ったことの無い新系統(ジャンル)だったし」

「施したのは“根源回帰法”って術式――簡単に言えば人工的に先祖返りを無理やり引き起こすようなものかな」

「鹿取家っていう魔術士の血族が持つ根源(ルーツ)を辿って、かつてアステカの地で栄華を極めていた時代の魔術士としての記憶を呼び覚ますと言うか、」

「鹿取君自身の才能の方向性(ベクトル)と彼の理想、それに合致()しくは最も近似する世代を探し出して彼の霊基配列に疑似接続」

「部分的に加速させた時間軸で徐々に馴染ませて上書きする」

「予め魔術士だっていう条件のおかげで、コバルト君や水野君みたいに身体を外側から色々と弄らなくても済んだし」


 その辺りが、オレの限界だった。

 まるで固定されていたように動かなかった身体が崩れるように、オレの両膝はまたしてもリノリウムの白い床を衝き。

 ほぼ同時に、両の掌ですらも上体を支えるための柱になる。

 そして。


「ちょっと……ここ、病院なんだけど?」


 吐瀉物をぶちまけたオレは、酩酊したようにぐらりと揺れる視界で、それでもどうにか立ち上がろうと全身に力を入れる。


「ああ――そうか。君、才能はあるけど、()()だもんね。そりゃあ、霊銀(ミスリル)にアてられるか」

「先生。お判りだとは思うんですけど……そろそろ処置しないと、異獣化(アダプタイズ)しかねませんよ」

「それはそれで面白いと思うんだけどね、うん――彼女のような才能が異獣化(アダプタイズ)した場合、どんな異獣(アダプテッド)になるのか。それとも将又(はたまた)、異術士になるのか」

「先生、一応――彼女は僕の、かわいい友達です」

「へぇ、そうなの」

「なので、施術も異獣化(アダプタイズ)もどちらも勘弁願いたいです」

「解ってるわよ。そもそも、このコをこんな異界に連れ込んだのはコバルト君なんだからね?さ――場所を変えましょう」


 漸く立ち上がったオレのぐらつく視界が捉えたのは。

 白衣の胸ポケットから取り出した白銀色の懐中時計が、劈くように怪しく迸らせた蒼白色の輝き。

 瞬くよりも(はや)く目の前の世界がその輝きで満たされると同時に、オレの意識は瞬時に遠退いた。

次で200話!15,000pvも目前ですし、ありがたいなぁ!!


→次話 1/30 19:00公開です!祝☆200話♪


宜候。

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