Track.7-21「教えると思いますか?」
「単刀直入にお話しすると――現在征英学園で起きている失踪事件の犯人は、十中八九私の兄です」
駅ビルの喫茶店の奥まった席に対面したお嬢様然としたその少女がそんなことを口走ったから。
オレは持ち上げたばかりのアイスコーヒーのストローを咥えることが出来なかった。
もしもここに実果乃がいたら、どんな表情でどんな仕草を見せたのか――いや、いなくて正解だ。
「――あ?」
まるで身動きが取れないまま燻り続けていただけの心の熱が炎となって立ち上ったようだった。
だって言うのに、体中に悪寒が走って気持ち悪かった。
ほら、思った通りじゃないか――予感的中にそう頷く、脆弱な正義感と。
そんなこと、あってほしくなかった――予感的中にそう頭を振る、矮小な罪悪感だ。
「どういうこと?」
絞り出すように問いかけると、心はアイスティーを一口飲んで息を吐いた。
奥に迷うような瞳を覗かせる眼鏡のレンズには、同じく戸惑うオレの表情が淡く映っている。
「半分は、私の家の事情になるので……全部はお話しできませんが……」
「家の事情って?魔術士の事情?」
「ええ、……そうですね。……兄は、魔術士の生まれであることもお話しているんですね」
「ああ、自慢げに語ってたよ」
「そうですか……自慢でも何でも無いんですけど」
「あんたにとってはそうなんだろう。でも、暁にとっては自慢すべきことだったんじゃないの?」
「……アレを自慢だと言うのなら、本当に――――浅はかとしか、言いようがありません」
「含んでんな――何?お宅の魔術士としての家柄ってのは、馬鹿にできるほどのもんなの?」
「馬鹿にされても仕方ないんじゃないでしょうか?少なくとも私は、こんな家に産まれたくなかったと思っていますから」
「一体何なんだよ、その、お宅の魔術士の家柄ってのは。魔術使って何やってんだよ」
「教えると思いますか?」
「言いたいって面してんぞ?」
空気は段々とヒリついていく。これじゃ売り言葉に買い言葉、一触即発だ。
しかし目の前の心ははぁと息を吐いて、もう一口アイスティーを口に含んだ。つられてオレもまた、椅子の背もたれに自重を預けて飲めないままでいたコーヒーを喉に流し込んだ。
「……すみません」
「……いや、……オレの方こそ」
お互いに、暁のことで苛々しているんだろう、って感じだ。オレと心の苛々は、その種類はきっと違っただろうけど。
オレも一緒だからよく解る。ぶつけるべき鉾先を持たない胸の内のモヤモヤを、でもオレたちはどこかに放りたくて、ただただ鋩の向かう先を求めている。きっとそれは何だってよくて――歯止めが利かなくなれば、それこそ駅前の雑踏だっていい。
大丈夫だ。オレはまだ、自制を知っている。きっと彼女もそうだろう。
でも暁は、もしかしたら鉾先の行方を、見つけてしまったのかもしれない。
そしてオレは。
あいつがその小さな胸の内に抱えていたかもしれない闇を、何一つ知りはしないんだ。
「――何から、話せばいいんでしょうか」
訥々と。
実に訥々と。
鹿取心は、聞きたくもない身の上話を静かに語り出した。
◆
禽と少女の旅は困難を極めた。
マントに身を包み人の似姿を装っても、彼らは所詮“異形者”だ。禽の腕は――羽根は殆ど毟り取ってはいるが――翼の形状をしているし、少女もまた背中に小さな翼を形成し瘤のような盛り上がりがある。
幸い、彼らの姿は傍目には旅装そのものだ。通りすがる者の目に疑いの色は無い。
しかし言葉を交わすとなると別だ――命には糧が必要だ。禽は狩りの覚えがあるが少女は違う。
少女は禽よりも長い間ずっと“商品”だった。野生に育った禽とは違い、糧を自身で用意することも出来なければ、生きるために何が必要なのかも解らない。
そして禽もまた、社会の中では生きたことが無い。
糧は奪うものであり、寝床はいつも自然の中にあった。見世物小屋での生活が無ければ、こうして町に立ち寄って物を買うことすら思いつかなかっただろう。
(――大丈夫だ、必要なのは観察だ)
少女と一緒に街路をゆっくりと練り歩く中で、視線を投じて耳を欹てる――禽はかつて緑狐から狩りを学んだように、買い物をする者たちを真似るためにそうしたのだ。
誰しもを安堵させる笑みなら、すでに獲得している。言葉だってそうだ。
ただ、店主に話しかけ、欲しいものを伝え、対価を払う――――そこまでの流れを組み立てて漸く、禽は気付き、舌打ちして顔を顰めた。
「……どうしたの?」
少女は不穏な表情を見せる禽の顔を覗き込んで小さく声をかける。
「――――大丈夫だ、気にするな」
禽も少女も。
“金”という対価を持ち合わせていなかった。
お久しぶりです!
三か月間、誠にすみませんでした。
また、書き連ねていきます。
→次話 1/23 13:00更新です。
宜候。




