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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅶ;幽玄 と 夢幻
192/300

Track.7-17「いやもう混じりっけ無しのファンタジーだよ」

「受けを攻撃として使う、っていうアイデアはよかったね。ただ付け焼刃かな」


 袖から伸びるコバルトさんの両腕は至る所に細かい蒼痣が出来ている――突きや掌打を(ことごと)くオレが受けで攻撃したためだ。


「例えば肘のファニーボーンを正確に衝けるようになれば面白いと思うんだ。一瞬だけど痺れるし、吃驚(びっくり)させられると思う」

「鉤突きの要領ですかね」

「そうだね。後は――――」


 そうして講評が終わり、そのままの流れで八極拳を(かじ)ることになった。

 流石四千年の歴史、初歩中の初歩、運足の時点で(つまづ)いた――でも、それはとても面白く、空手じゃない格闘技も修められたらいいなぁと、またもコバルトさんに感化されている自分に嘆息する。


 そしてコバルトさんが帰った後も、教わった運足を繰り返し、その後は拳骨を鍛えるために巻藁を叩き続けた。

 受けを攻撃に使用するのであれば、正拳突きに使う拳骨部と鉄槌――拳の小指側の面――、そして手首の骨である橈骨と尺骨自体が打突部位になる。

 廻し受けでは橈骨で相手の攻撃を打つし、上・下段受けなら尺骨だ。落とし受けも尺骨を使うこともあるけれど、こちらは鉄槌での打撃も有効だと思う。あとは突きや蹴りに対して側面から鉤突きを入れる、というのも想定している。


 受けを攻撃に使う、ということは、相手の攻撃に対して攻撃をすると言うことだ。

 投げられた石を叩き落として砕く如く、相手の攻撃を迎撃することで攻め手を奪う、それがオレの思い付きの理想と言えるだろう。

 頭部への攻撃(ヘッドショット)は要らない、腹攻め(ボディブロー)も要らない、ただ相手の四肢を打ち、それにより気勢を穿つ――もしこれがひとつの流派として大成したなら、ものすごく面白いことになるんじゃないだろうか。


 一度口火を切ると妄想は留まらず、オレの脳内は熾火ほどに消沈していた中二病気質が燃え盛り、そんなオレの愚考を止めたのは可愛い妹のドロップキックだった。


「茜!お客さんって言ってんじゃん!」


 葵は今でこそ空手をやめたけど、その格闘センスは光るものがあった。生来から身体を動かすことが得意なのだろう、今続けているバレーボールも1年生ながら次期エースとして期待されているとか。


 吹き飛んで転がったオレはのそりと立ち上がって「悪い、考え事してて聞こえてなかった」と両手を合わせて頭を下げる。

 オレがやんちゃだった頃に比べれば、葵の態度も随分と軟化したものだ。つっけんどんとはしているものの――ついさっきのドロップキックも――その言動には温度がある。


「玄関で待たせてるんだから、ほら、早く!」

「あー、分かってる分かってる――」


 そうして着の身着のままで小走りに玄関へと赴くと、そこには実に綺麗な女の子が立っていた。


「比奈村?」

「こ、こんにちは……」


 アポも無く来訪した級友の姿にオレはきょとんとした顔だっただろう。対する実果乃の表情はやけに緊張していて、その姿も相俟ってオレには彼女がとても綺麗に、そして可愛らしく見えた。


「どうした?」

「ううん、別に、何でも無いんだけど……」


 玄関で立ち話も失礼かと、取り合えず自室へと案内する。

 自分でも驚きだが割と綺麗好きな性格が幸いして部屋の中は片付いている方だ。今朝がた掃除機もかけたばかり。

 そんな部屋をわくわくとした表情で見渡す実果乃に(くつろ)ぐよう告げ、オレはクローゼットから上下と下着一式を剥ぐようにして取り、急いで脱衣所に駆け込んだ。シャワー、浴びようかな。でも待たせるのも何だし――結果、烏の行水程度に水を浴びて急いで部屋に戻る。この間僅か6分。


「悪い、待たせた」

「ううん、急に来た私も悪いし」


 敷かれたラグの上に座る実果乃の手には雑誌が握られていた。オレの定期購読雑誌のひとつ、“月刊徒手空拳マガジン”だ。格闘技に関する雑誌で、注目の若手選手や生ける伝説とも謳われる達人へのインタビューや格闘技の大会のレポ、特にオレが面白いと思っているのは古今東西の格闘技に関するコラムだ。書いている人が毎回異なり、その内容も恐ろしくディープ極まりない――今月号からは待望の琉球伝統派空手が4号連続で掲載、今月に関しては琉球少林流。上地流に切り込んだ来月号がとても楽しみで仕方がない。


「っていうか、何読んでんの?」

「あ、ごめん、勝手に取っちゃった」

「別にいいけど。それ、面白い?」


 いや、オレにとっては月の少ない小遣いをつぎ込むほど面白いんだけど。実果乃みたいなアイドル然とした女の子にとってそれが興味の対象か、って問われたら多分違うと思う。


「面白いよ?全然解らないけど」

「そりゃ解んねーよ、解ってたら寧ろもっと友達になるわ」

「あははっ、そうだね」


 閉じた雑誌を本棚に戻すと、実果乃は今度は違う本を指差した。雑誌じゃなくハードカバーのそこそこ分厚い1冊だ。


「ねぇ、これだけやけに古びれてない?」


 確かに。

 その本だけ、まるで古書店から買い取ったようにハードカバーが擦れ、表面の文字もやや掠れている。

 しかしオレはその理由を知らない。何故ならその本は、オレのものじゃないからだ。


「ああ、それ――(アキラ)から借りたんだよ」

「鹿取くん?」

「そ。何でも偉い昔の本みたいでさ、すっげー年代物だって言ってた」


 奥付が無いから正確な年代は判らないけど、暁が言うにはその本が出版されたのは明治時代から大正時代にかけて、だそうだ。

 おおもとは洋書で、オレが暁から借りたのは翻訳された日本語版。とは言っても、著者も翻訳家も聞き齧ったことの無い人物だ。ぶっちゃけ、すっげー胡散臭ぇ。


「暁が言うにはさ、当時著名な隠れた天才魔術士が書いたんだって」

「著名な人は隠れて無いと思うんだけど……」

「だよな、オレもそう思う」


 ただし、名は知られていてもその実態は――存在・実在さえ――明らかになっていない、というのは大いに考えられる。まぁ、胡散臭いことには変わらないんだけど。


「もう読んだの?」

「いや、半分くらいかな」

「どんな本?」

「いやもう混じりっけ無しのファンタジーだよ。ハリー・ポッターとか好きならハマると思う」

「ふぅん……」


 暁はハリー・ポッターシリーズは読破してると言ってたし、なんちゃら国シリーズだとか、なんちゃら戦記だとか、まぁファンタジー好き、ってことだ。

 かく言うオレは別にファンタジー好きってわけじゃないけど、それをお薦めしてきた暁の熱量に負けて毎日少しずつ、もう半分まで読み終わった。

 でもその内容は好きか嫌いかってよりも、不思議な感覚に囚われる、って感想が先に立つ。オレはきっとこの小説を好きにはなれないだろうけど、しかしかと言って嫌いになるかと問われれば首を横に振るだろう。


 その古い小説の(タイトル)は、“空の王”(アクロリクス)

 そしてその冒頭は、こう始まる――――






 問う。

 真実になれなかった全ては、(すべか)らく嘘になってしまうのか。

好きだと伝えられなかったその想いは、初めから無かったことにできるのか。


→次話 10/5 20:00公開です。


宜候。

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