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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅵ;厳戒 と 限界
174/300

Track.6-34「――――だぁれだ?」

 いくら言葉で“信じる”と伝えたところで、一度生まれた疑念は晴れることはない。

 すれは熾火のようにちりちりと炊かれては薄く煙を充満させていく。穏やかな気持ちを押しのけて蔓延した猜疑心に囚われた者のその状態をこそ“疑心暗鬼”と呼ぶのだ。


 ()()の確認に片が付いたことで議題は本題である森瀬芽衣の素顔を晒すかどうかに移り変わり、結局はこれまで同様に“スケアクロウ”として振る舞い、それを知るはららと藤花には緘口令が敷かれることになった――この結果は航たちの予想していた通りだ。


「……ありがとうございました」


 続けて運営スタッフとのスケジュールについての打合せがある航を残し、芽衣――再び(クチバシ)を着装した――と心は会議室から廊下へと出る。

 するとそこに、レッスン室から出てきた藤花と鉢合わせた。


「あ……」


 スケアクロウ(芽衣)と藤花の目と目が合う――(クチバシ)の目を覆う部分はスモーク仕様になっているため、芽衣の目線は外からは見えない筈だが、それでも藤花は芽衣と視線を交わしていた。


 思い起こす。

 藤花は芽衣にとって、グループに加入してから最も仲の良くなった人物だ。

 同郷であり、現在の住まいも近く――性格は全く違ったが、芽衣はその明るい人柄に影ながら救われていたところもあった。

 歌唱力、ダンスの技術は殆ど素人同然だったがそれは芽衣も同じだ。加入当時、誰よりも劣っていた2人は、そんな2人だからこそ必死で食らいつこうとしたし、だからこそ距離を縮めることが出来た。


 あれほど悪意に塗れその矛先を突きつけられた芽衣がそれでも耐え抜いていたのは。

 RUBY(憧れ)に辿り着いたからであり。

 その中に藤花がいたからであり。

 そこが、“居場所”になっていたからだ。

 言い換えれば、藤花との一件で完全にそれを失したと認識したからこそ、芽衣はやがて自らを切り付ける凶行に及ぶようになったのだ。


 何も言わず、ただぺこりと会釈して藤花は去っていく。

 スケアクロウ(芽衣)は思いを今度は1時間後の未来に馳せる。

 夜勤が始まり、2人になった頃には話が出来る筈だ。


 その時もまだ――――“死の匂い”は漂っているのだろうか。

 芽衣は目を(つむ)り、廊下の角を曲がる藤花の姿が自らの双眸に映らないようにした。



   ◆



「――――そういうのを、何でオレに言うわけ?」


 茜は頭を抱えていた。

 テーブルの対岸に座る愛詩から説かれた言葉を理解するために、脳をフル回転させているのだ。

 勿論それは、彼女の言葉が理解できなかった、ということではない。前述した通り、茜は勉強が好きではないだけで頭が悪いわけではない。

 彼女が頭を抱えたのは、愛詩の言葉の真意を掴もうと躍起になっているからだ。

 それほど、愛詩の説いた言葉は荒唐無稽に聞こえ、裏があるようにしか聞こえないにも関わらずそれを説く本人は至って真摯なのだ。

 加えて。

 茜は夜勤明けだ。しかも本来ならば数時間は寝られた筈なのに、今朝の異界侵攻のために一切眠る時間を取れなかったと来ている。

 フル回転させているつもりの脳も、常にその片隅にいる眠気のために本来の速度を出し切れずにいた。


「何で……そうですね、私の“弦”(いと)が言うには、安芸さんしかいない、ということなので」

「いと?」

「あ、そうですよね――私、弦術士(スピンマンサー)なんです」


 茜は辟易した。もう新しい情報なんて懲り懲りだと、頭を抱えるという行為にそれまでとは全く異なる意味を込めた。人前でなければ叫びながら頭を掻き毟っているところだ。


「それに、――“結実の魔術師”(スレッドワークス)でもあります」

「――――ワークス?」


 しかしその言葉に身体は反応し、脳裏に根付いていた眠気は気付かれることなく何処かへと消え失せた。

 かつての茜ならその言葉を知らなかった。仕事を意味する英単語の複数形、という認識しか持っていなかった。それが今は、その言葉の重みを知っている。魔術の世界に足を踏み入れたことで知識を得たからだ。その称号を関した魔術師の凄みさえ、体験して知っていた。

 だから茜は、意識と無意識の狭間で自らが纏う【空の王】(アクロリクス)【君臨者】(インベイド)を立ち上げて加えた。それにより茜は疑似的に【霊視】(イントロスコープ)同様に霊銀(ミスリル)を視覚することが出来る――警戒を強めたのだ。


「……私、そんなに怖いですか?」

「……(わり)ぃ、オレにはあんたが敵かそうでないかの区別は着かない」


 申し訳なさそうに言及した愛詩に対して、実に真剣な表情で茜は返した。その言葉は愛詩にはやはり重く、悔しそうな表情で下唇を弱く噛む。


「――それに、」


 目を伏せた愛詩は、その声に再び顔を上げた。

 対峙する茜の表情は真剣で警戒をこそしているものの、しかしそこに敵意や悪意は一切無い。


「オレの目に見えるこんなに可愛らしい女の子と、オレは戦いたくなんて無い」


 清々しい程にただただ戦いを望まない、平穏を哀願する戦士の(かお)がそこにはあった。

 そしてその物言いに、愛詩は数拍の間を置いて漸く自分が褒められたのだと知覚すると、俄かに頬を薄紅色に染めて目を逸らす。


「……そーゆーとこも可愛いな」

「いやっ、そのっ、(ずる)いですっ」

「可愛い女の子には目がないんでね」

「え、えっと、えっと、わ、私には、好きな人がいるので……っ」

「いや、こっちだって別にそういう好きとかじゃ()ぇよ」

「えっ?あ、わ、わわわっ」


 唐突に慌て出すその姿に、茜はつい吹き出してしまった。

 つい先程まで一触即発のつもりでいたのに――おそらく愛詩は本当に敵意など抱いていないし、他はどうだか知らないが彼女に関して言えばこちらを騙してどうこうするつもりは無いのだろうと茜は胸中で独り言ちる。

 すっかり血の気は削がれてしまった。その穏やかで和やかな雰囲気に、つい茜は過去を思い出してしまい、慌てて(かぶり)を振って掻き消す。

 しかしすでに遅く、郷愁が首の下まで降り、急速に足の爪先までをも浸してしまった。茜はしまったと思ったが、唐突に胸が締め付けられ、それを隠すので精一杯になる。


「――どうか、しましたか?」


 だと言うのに、機微に(さと)く気付いた愛詩は追及してくる。手首をぷらぷらと振って何でもないと誤魔化した茜は、目つきを警戒していた時のものに変えると愛詩を睨みつける。


「で。結局、オレとあんたらは敵なんだろ?なのに、八百長を持ち掛けて来てる。そういう認識でいいの?」

「あ、えっと――掻い摘んで言うと、結局はそういうことになりますね。マッチポンプと言うか……」


 盛大に溜息を吐いて――茜はテーブルに置きっ放しにしていたスマートフォンの画面を見た。時計の表示は17時7分。まだ時間に余裕はあるが、茜はトレイを持ち上げて席を立つ。


「じゃあこの辺で。この後も仕事あるし、呼びつけられた場所は地味に遠いし――今度から、()()()()()()()()()()()()()()()()?表参道とか、小洒落(こじゃれ)たカフェなんかいくらでもあんだろ」

「あ、は、はい……伝えておきます……」


 そうして去っていく茜を見送り、愛詩は小さく安堵の溜息を吐いてすっかり冷めてしまったミルクティーを口に含んだ。


「はぁ――――緊張した……」



 茜は駅ビルを抜けて立川駅の改札からコンコースへと入ると、改めてスマートフォンからアプリを起動して向かうべき場所の確認を行う。

 今朝方確認した時と同じく、夜勤の開始(スタート)地点は南青山の事務所だ。どうやら一期生も二期生も、ラジオ収録のある2人を除いて事務所に集まっているらしい。

 この後がどうなるかは移動中に決まるのだろう――そうして中央線のホームで電車の到着を待つ。


「――――だぁれだ?」


 唐突に訪れる暗闇――咄嗟に身体を緊張が支配するが、その声音はそれを解くのに十分だった。

 聞き覚えのある、可愛らしい女の子の声――しかし久しぶりのそのトーンに茜は驚き、つんのめるようにして名前は口を衝く。


「ミカノかっ!?」

「ぴんぽんぴんぽぉん、大正解~♪」


 取り払われた手に振り返ると、そこには満面の笑みを湛えた比奈村(ヒナムラ)実果乃(ミカノ)がそこにいたのだ。


 度重なる郷愁の念、思い出すのは1年前。

 高校に入学した茜に舞い降りた、数々の喜ばしい出逢いと、そして悲劇。

 彼女にとってそれこそは青春そのものであり、魔術の世界へと踏み入ることになった切っ掛けでもあった。


 そしてその中に、実果乃は重要な登場人物(キャスト)として存在した。

 自らの在り方に打ちのめされる、淡い恋心の行方として。


 だがまだ知らない。

 茜は知らないのだ。


 自分の同級生であり、恋の相手であった実果乃が、RUBY(ルビ)二期生を強襲したという事実を。

次で第六部完了です。消化不良ですが、間にこれを挟まなければいけない。

第七部、茜くんの過去編です。


→次話 9/7 14:00公開です。大変長らくお待たせいたしました。


宜候。

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