Track.6-23「待たせたな」
一方、一期生メンバーは一期生メンバーで、二期生メンバー同様に一箇所に集まってクリスマスライブに差し込まれる映像の収録を行っていた。
場所は横浜赤レンガ倉庫――現在はクリスマスマーケットという催しのために、建物自体にもクリスマスの飾りつけがなされ、夜にはイルミネーションも炊かれる。
その、歴史ある赤い建物と建物との間の広場とも言える幅の広い歩道で、その異界は開かれた。
赤い森――まるで紅葉のように紅く染まった葉が生い茂る樹木の数々。それだけならまだしも、地面を流れる小川すら血を零したように赤く染まっている。剰え、ほんのりと薄紅色に染まる霧が立ち込めているような状況だ。
一期生メンバー9人と、それを護る警護員18人、そして収録スタッフ、運営スタッフの全員が開いた異界の門に飲まれ、新井田羽緒からの防性支援を受けてどうにか無傷でいたものの、そこで襲いかかってきた幻獣に甚大な被害を受けていた。
メンバーやスタッフはギリギリのラインで守り抜いた。
しかし警護員はその殆どがその幻獣にやられ、息も絶え絶え、といったところだ。
ちょうど夜勤から日勤に引き継がれた直後の異界転移だったために、担当する警護員は通常時の倍の18人がいた。日勤9人と夜勤9人だ。
しかし夜勤明けの夜勤担当9人――安芸茜、アドルフ・ヴォルフ、植野偉成、小松田雷吏、錫方弥都、楢手緋百合、西守魁二、刃詩遊子、矢崎天馬は疲れを隠せないでいる。
何があるか判らない・何も無いかもしれないという状況を警戒し続けるというのは激しく集中力を削っていく。剰え、勤務中は食事を採れず、生理現象ですら最小限に我慢するのが普通だ。待機はあっても休憩は無く、気の休まる一瞬など無いも同然だ。
それでも何も無いという結果が続くと、段々と人は慣れ始め、結果張り詰めていたはずの緊張の糸は弛んでしまう。
日勤担当の9人――糸迫右京、浦形衛鵡、大神太雅、加瀬霧生、鴨寝彩璃、竹飯燃斗、田能火群、海崎玲冴、弓伴すず、もまた同様に殆どのメンバーが弛れ始めていた。
日夜総じて。
弛れを見せていないのは、それぞれのチームの1stメンバーである太雅、アドルフ、右京、弥都、詩遊子、霧生、茜、そして2ndに降格したものの元1stメンバーである玲冴の8人――過半数が中弛みという状況だ。
そして幻獣は確実にその隙を衝いて攻めた。結果、通常時の倍の戦力を有していると言うのに――夜勤担当メンバーは疲れてはいるが――早々に10人が戦闘継続不能という事態に陥った。
「右京さん、まだかかりますか?」
「黙ってろ青二才、今いい感じに集中してんだ」
チームFOWLの4人は一期生メンバーについてそれを防衛する役割を負った。それは、異なる襲撃に警戒しながら、目の前で傷ついていく仲間を見殺しにしなくてはならない。
手を出せば本当に護るべき者を危険に晒す。
優先順位を間違えてはいけない。
理性と感情とがギリギリで互いを削り合う中、ただ只管にFOLWの4人は耐えていた。
しかし警戒しながらも、右京と弥都は並行してこの異界のことをも調べていた。
弦術士である糸迫右京は、周囲に目を凝らさなければ見えないほどの細い弦を張り巡らせて探知用の結界を作り上げると、さらに新たな弦を2束創出し、1束に敵を感知する役目と、もう1束にこの異界の出口となる門あるいは核の場所を探させていた。
また鉱術士である錫方弥都もまた、地面を創り上げる鉱物に働きかけて周辺の地形を探査する魔術を行使していた。
異界に飛ばされたことでオペレーターや本部と連携が取れないため、周辺地形把握も現場にいる人間がやらなければならない。
そして防衛陣の前衛に立つ、1stに上がりたての2人――霧生と詩遊子は唇や奥歯を噛み締めながら眼前の状況をただただ見守っていた。
気体寄りの流術士である霧生はFOWLチームの正式装備である太刀型甲種兵装・刺羽を握り外套型乙種兵装・隼に身を包んでいる。
斬術士である詩遊子もまた隼に袖を通しているが、握る太刀は自前のものだ。契器でも霊器でも無いそれは、しかし刀匠としての名も持つ刃家が鍛えたひと振りであり、魔術道具としての性質も備えている。
「くそっ」
右京が舌打ちとともに下卑た言葉を発した。弥都もまた同じような表情をしている。
「右京さん、そっちもダメっすか」
「ああ――この霧にはどうやら、異界の意にそぐわない霊銀の働きを妨害する働きがあるようだ」
結果、霧に阻まれ索敵と周辺地形把握はどちらも座礁した。
警護員たちの動きが精細を欠くのも、どうやらこの霧のせいらしい。
「右京さん、なら俺がやります」
堪らずに霧生が左手に霊銀を収束させる。気流を生み、霧を晴らすつもりでいるのだ。
「加瀬、待て!」
「もう待てません!“暴風の鉾”!」
そして左手を突き出し、大気をかき混ぜるように薙ぎ払うと、荒れ狂う風が吹き荒んでは立ち込めていた薄紅色の霧は追いやられて視界が開ける。
「ギィッ!?」
「ギギャッ!!」
「馬鹿、待てと言っただろう!」
「――っ!!」
その暴風に、蹂躙を行っていた幻獣2体の目が霧生に向けられる。
右京が制止したのは、そうなるだろうと見越していたからだ。1stに昇格したと言えどまだ経験不足、霧生は息を呑む。
「させないっ!」
ソレが襲い掛かると同時に太刀を振りかぶった詩遊子は【刃渉】を解き放つ。振り抜いた刀身の軌跡が延長され、広大な範囲に同時に同じ斬撃を与える斬術だ。
しかし幻獣はそれぞれが縦横無尽な、実に立体的な機動で以てその拡張斬撃を躱すと、1体はそのまま霧生に、もう1体は斬撃を放った詩遊子に襲い掛かる。
幻獣は見た目は白い布地に身を包む女性の姿をしているが、肌は青褪めており、また長く伸びた爪は黒く濁っている。
長い黒髪を振り乱して跳躍を繰り返す様は樹上の狒々や猩々のようであり、霧も相俟って太雅やアドルフですら中々その姿を捉えられずにいた。
「ギィヤッ!」
「く――っ!」
「ギャギィ!」
「が――っ!」
それぞれ、魔術の行使直後の硬直を狙われ、その長い爪で胸部と腕に傷を負う。その爪の一撃は厄介ではない、切断されるほどの深さではないし、骨を折るほどの重みも無い。
ただ厄介なのは、その爪から浸透する毒だ。殆どのメンバーはその毒により、四肢の自由を奪われつつあった。無事なのは太雅と玲冴、茜と右京、弥都くらいのものだ。
「ケェェェェェエエエエエエ!!!」
「くそっ、またアレか」
霧生を襲った幻獣が金切り声を上げる。
するとその腹部がぼこりと盛り上がり、幻獣は全身をわなわと震わせては息むと、その腹部が縦に割れて同じ幻獣が現れた――いや、産まれた。
当初、襲いかかってきた幻獣は1体だけだった。しかしその能力により2体に増え、今また増えて3体となった。
「ケェェェェェエエエエエエ!!!」
そして、詩遊子を襲った方もまた同様の金切り声を上げる。4体目が産まれようとしているのだ。
「させるかぁっ!」
太雅が突出し、右手を突き出す。
「“天狼”――“熾天に”――っ!?」
しかし起動式の途中で、新しく産まれた3体目の素早く鋭い五爪を突き出した右腕に喰らい、途端に麻痺が蔓延する。
「しまっ――」
「ギェアアアアアア!」
断末魔とも聞けるその声と同時に振り上げられた青褪めた腕。
伸びた五指の黒い爪が、振り下ろされ――――
「――“刃旋風”」
そこには音叉型の術具を構える女性の姿があった。
すぐ近くでは、空間を割り裂いたことで出来た極彩色の渦。
眼前に展開されたのは、斬撃を伴う暴嵐の渦。切り刻まれ、黒ずんだ血飛沫を上げて幻獣の1体が絶命する。
「待たせたな」
そして。
もう1人の声と影。
「これ以上増えると面倒だから全力で行かせてもらう――|“帳下ろす終幕の光弾”《ファイナライズ・フォトン》」
前方に突き出す形で構えた両掌から迸る無数の光弾。それは2体の幻獣に殺到すると、塵一つ残さずに消滅せしめた。
微妙に0:00に間に合わなかった・・・・・・
→次話 8/24 3:00頃公開です。
宜候。




