Track.6-20「関係者以外、立ち入り禁止なんだけど?」
魔術学会が定める魔術士の定義とは、“霊基配列を介して特定の物理現象・霊的現象を再現できる”というものだ。
それに対し、木場朱華乃、乾九郎、アドルフ・ヴォルフの3人は全員が霊基配列の固着化してしまった、もう魔術士にはなれない者たちなのだ。
しかし霊基配列を介さずとも魔術は行使できる。
その方法のひとつは、体外に存在する自らのものではない霊基配列を用いること――これは、超越者と邂逅して契約を交わし、契器を入手するか、もしくは霊器を譲り受けることで可能となる。
ただしこの場合、その契器もしくは霊器に篭められた魔術のみ行使が可能だ。
また、クローマーク社のみならず多くの民間魔術企業が製作している魔術道具もまた、擬似的に魔術を行使するものである。
そしてもうひとつは、そもそも霊基配列を介さない魔術を行使すること。
つまりは瞳術あるいは躰術を行使することだ。
瞳術・躰術に分類される魔術は霊基配列を介さない、人体のその部位に宿る霊銀に直接作用し、人体構造を一時的に作り替えて効果を及ぼす魔術だ。
基本的にはその器官が持つ性能を向上させるものが多いが、中には目から光線を射出したり、五指を鉤爪に変えるような異形・異端の魔術も含まれる。そしてそういった魔術は禁忌とされ、行使したことが発覚すると学会によって厳罰が下される。
チームWOLFの3人――朱華乃、九郎、アドルフは後者の方法で、魔術士になれないなりに魔術士として生きる道を見出した。
霊基配列が固着してしまったために通常の魔術は行使できないが、それゆえ瞳術・躰術の専門家となった、魔術士とは呼べない魔術士なのである。
そんな魔術士とは呼べない魔術士のことを一部では、“非術士”と称し卑下する嫌いもあるが、しかし3人は逆に自分たちが非術士であるということを誇りに思っていた。
魔術を使えなくても、魔術士として最前線に立つことが出来る。
それを、自分たちなら、チームWOLFなら、証明できると信じているからだ。
「調子乗んなよくらァ!」
戦闘服に紫電を纏う九郎は、鋭く奇抜な軌道を描いて迫り来る軍用ナイフの突きを横方向への足捌きで素早く躱すと、その伸びた右腕の手首を自らの右手で掴みながら同時に左足で上段廻し蹴りを放ち実果乃の薄ら笑いの浮かぶ横顔を蹴り付けるとそのまま軸足となっている右足を踏み切り跳躍した。
右腕で掴む実果乃の右腕にさらに左手をも絡ませ自らの頭の方向に引き込みながら、その右腕を挟む形で実果乃の前面に飛び出した両足を伸ばしながら、そして全身を反らすようにして実果乃を巻き込んで地面に倒れ込んだ。
飛び付き腕拉ぎ十字固め。
「ガッ!」
「おッしャァこらァ!」
九郎と実果乃の身長差は20cm以上はある。その体格もまた、九郎は鍛え抜かれたゴリゴリであり、対して実果乃はどちらかと言えばガリガリだ。
実果乃からすれば巨躯が自分を巻き込んで背中から倒れ込んだのだ。その重みが加算された重力加速度で硬い石畳に墜落した背中は、衝撃を分散させずに胸部へと突き抜けさせ、その痛みに実果乃は張り付いた薄ら笑いをほんの一瞬だけ失った。
「おィおィ――!?」
「うふ、うふふふふ――」
しかしそれもほんの一瞬だ。乱れたロングスカートから伸びる脚もまた黒く変色すると、一度大きく両足を振り上げて地面に突き立て腰を浮かすと、その体勢のまま起き上がろうと身体が九郎ごと持ち上がっていく。
「あはは、あはははははっ!」
身体が反対方向に“く”の字に折れ上がりながら、そこから背筋が戻るように身体が持ち上がる。
完璧に腕を極めている筈なのに、九郎の背中もついには地面から離れてしまった。
しかしそこから離脱せんと腕を放そうにも、どういうわけか右手も左手も、その黒く変色した腕から離れない。どれだけ力を入れても、また抜いても、ピタリと接着したまま動かないのだ。
「ねぇ――本当、邪魔なんだけど?」
「おィ、まさかァ――――」
そして実果乃は完全に立ち上がると、伸びた右腕――九郎付き――を一度だらりと垂らしたと思うと、まるでボールを遠くへと放り投げるサッカーのゴールキーパーのようなフォームで九郎をぶん投げた。
「――がァボあッ!!」
九郎は3メートル向こうの停車しているワゴン車の側面に叩きつけられ、ぐったりと地面に伏す。
それを見届けた実果乃はやはり張り付いた薄ら笑いのままで振り返る。その視線の先には身を寄せ固唾を飲んでいる二期生メンバーの7人が映っている。それを護る朱華乃たち4人や、あまりの衝撃に配置箇所から動けずにいる唯好たち3人、加えて運営スタッフや収録スタッフたちなどは視界に入っているがぼんやりとぼやけ映っていないも同然だ。
「お待たせぇ――」
ひたりひたりと歩を進める、標的を定めた捕食者のように。
歩を進める最中で一度ぶるりと身体を震わせた実果乃の表皮は、もう首元まで真っ黒に染まっている。
その双眸ですら、白目が外側から墨が滲むように黒く染まっていっている。反対にその瞳は爛々と紅く燃えるように輝いている。
しかしその目は、注視していた筈の二期生メンバーたちから外れ、その手前で地に膝をついている黒い人影に移ろいだ。
「――“自決廻廊”」
スケアクロウはガスマスクの内側で目を細めて睨みながら、突き出した左手の中指と薬指・親指の腹を擦り合わせながら人差し指と小指をピンと伸ばす――所謂“キツネ”の形にし、手首を返してその鼻先を実果乃に向けた。
「……狐?」
小首を傾げる実果乃だが、その直後、目を見開くことになる。
突き出された左手の手首から、渦を巻いて赤い羽虫――蜉蝣の大群が押し寄せて襲来したのだ。
芽衣専用の手甲型丙種兵装・霞――内側に薄い針を内蔵しており、特殊な指先の操作でその針を自らの手首に差し込み、血を吸い上げる。
吸い上げた血は輸送管を通じて手甲の外側に送り出され、その血に命じて芽衣は【自決廻廊】を行使できるのだ。
飛来した赤い蜉蝣たちは四方から実果乃に襲いかかると、呆然とする実果乃を取り囲んで実に呆気なくその黒い皮膚に張り付き――弾かれる。
しかしまだ黒く変色していない顔から体内へと侵入した蜉蝣たちが、実果乃の狂気に塗れた精神を蹂躙し、在るはずのない憎悪を掻き立ててそれら全ての対象をスケアクロウへと書き換えることに成功した。
「……心ちゃん、援護お願い」
「了解しました。海崎統括、ご許可いただけますか?」
『――分かった。茉莉、下がって東側の通りの警戒に移れ。鹿取はスケアクロウの援護に回れ』
「ありがとうございます。ベリもとさん、ちょっと目まぐるしくなります」
『うん、解ってる。全力でいいよ、喰らいついて見せるから』
峠縁佐那からの心強い返答ににこりと微笑んだ心は、しかし直ぐにその笑みを噛み殺すと、それまで敵対象を検索するために嵌めていた【命を視る眸】を解除し、代わりに右目に複数の瞳術を装填した。
対象の数的情報を正確に計測する【測定眼】。
動体視力を爆発的に向上させる【山伏猫の眼】。
対象の位置や部位を正確に捉え遠隔攻撃を命中させる【十字刻む照星の眼】。
そして――睨み付けた対象を石へと変化させる禁忌の瞳術、【邪眼・蛇髪の女王】。
「――さっき、邪魔だから退いて、って言ったよね?」
実果乃は立ち上がったスケアクロウを笑顔のままで睨み付けながら、恫喝のような声色をぶつける。
「関係者以外、立ち入り禁止なんだけど?」
それに対してスケアクロウは、決して怖じないという覚悟を載せた言葉で返す。
「はぁ?別に聞いて無い――――っ!?」
そこに降ってきたのは、数本の黒い槍――黒曜石の槍だ。
咄嗟に飛び退いた実果乃とスケアクロウとの間にそれらが突き刺さり、実果乃は薄ら笑いの表情を激しい怒りへと変貌させた。
「……本当、邪魔だって言ってんでしょ!」
スケアクロウはひとつ息を吐くと、腰に差した新装備、直剣型甲種兵装・唐菖蒲を抜き、構えた。
唐菖蒲の刀身に刻まれた、まるで葉脈あるいは血管を想起させる術式を描く薄い溝が、朝方の日の光に照らされてギラリと白い輝きを放つ。
ちなみに実果乃がどういう人物だったかは
第四部を読み返せば思い出していただけるかと。
→次話 8/21 0:00公開です。
宜候。




