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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅵ;厳戒 と 限界
157/300

Track.6-17「ガスマスクがいい!」

「――あいつ、インカム切ってんな」


 航は上着(ジャケット)のポケットからスマートフォンを取り出すと、電話帳から望七海を探してコールした。


「……出ねぇ。たぶんこれは寝てるな――つーことは仮眠室にいるってことだ」

「どうして判るんです?」


 勤務スケジュールの都合上、航と望七海は昨晩の夜勤を担当していた。つまり今現在、航は夜勤明けで開発部に直行しているのだ。

 望七海もまた夜勤明けであれば同じタイミングで退勤している筈だ。何故なら統括もオペレーターも、言ってしまえば警護員も全て夜勤の退勤時間は32時――朝の8時なのだ。


「俺が統括本部からここに来てまだ1時間も経っていない。玉屋は渋谷区住まいだから通勤には電車を使っている。そして、俺の教えで移動中もインカムは活かしているはず――つまりインカムを切っているということは眠っている、1時間も経っていないのだから自宅ではなく会社の仮眠室にいる」

「――――名探偵だ!」


 そして意気揚々と仮眠室へと赴いた航と開発部の部下3人――計4人だったが、開発が途絶してしまっている製品が完成することばかりに胸をときめかせすぎていたために全員が忘れてしまっていたのだ。


 そもそもまず、解析士(アナリスト)の作業――術式構文の解析とは、非常に集中を強いり、平均的な解析士(アナリスト)は万全な状態でも1日にひとつの術式を解析するだけで酷い倦怠感に襲われ、複雑なものだと頭痛に悩まされるようになる――それだけ脳を酷使する作業なのだ。


 それを、この男たちは夜勤明けの寝起きの娘に強要しようとしているのだ。

 (あまつさ)え、玉屋望七海は寝起きがすこぶる悪かった。鬼や悪魔という形容が生温いほどだ。

 そういう点を(かんが)みれば、やはり航も夜勤明けで疲れていると言わざるを得ない。短い付き合いではない、望七海のそんな性質をぽっかり忘れてしまう程だ。


 夜勤明けで家に帰るのも億劫になるほど疲れ、いち早く寝床に就きたく本来は使いたくない社内の仮眠室を借り、寝入ってから1時間もしない程で起こされ、しかも才能はあると認められてはいるが体力と集中力を根刮(ねこそ)ぎ奪われる解析作業をせがまれる。

 それも、寝起きがすこぶる悪い望七海が。


「玉屋、起きろ。お前にしか出来ない仕事があるんだ。玉屋、起きてくれ」

「――――――――あ?」



 その後彼らがどうなったか、というのは、想像に難くないため割愛する。


 尚、その翌日の昼には解析が終わり、新術式の焼き付けに成功した新装備が運用試験を終えて芽衣や心、茜の手に渡ったのはさらに3日を擁した。



   ◆

 


 そして。


 驚くほど何も無く、あっという間に12月が来た。

 初めは緊張感に塗れていた警護員もこうなってくると段々と心に余裕が生まれ出す。特にもともと荒事向きではないために社内業務――指令や事務、開発など――に携わっていた機関員は、傍目から見ても判るほどに()れていた。


 二期生の夜岸(ヨギシ)向日葵(ヒマハリ)を担当する(マユズミ)唯好(イイイ)と同じく二期生の綿部(ワタベ)帆南(ホナミ)を担当する小砂川(コサガワ)七薙(ナナナ)もそういった、()れてしまった機関員の2人だった。

 唯好も七薙も本来は社内で指令業務に携わっており、魔術士の生まれでも無ければそもそも魔術士では無い。魔術自体に興味はあったが、才能や適性・環境を欠いていたためにそれを修めることが出来なかったのだ。


 そんな折、見つけたのが民間魔術企業――しかもクローマーク社は新型の魔術道具を開発しており、それは魔術の“魔”の字も知らない素人でも扱える優れものだった。

 しかもちゃんと素人でも扱えるかどうか、テストモニタを探していると来た――それぞれ異なる大学の掲示板でそれを目にした二人は飛びついた。そして、まさか世界に二人といないであろうと思われた似たような名前に出会い、意気投合した。


 “イイイ”という名の少女と、“ナナナ”という名の少女だ。

 本人の気質と聞こえから七薙はまだ自分の名前を奇妙とは感じていたが気に入らないほどではなかったが、唯好は自分の名前と、そしてそれをつけた親を心底嫌っていた。取り敢えず3つ“イ”が並ぶので友人たちには“ミイ”と呼ぶように仕向け、一人称もそれで通していた。

 気付けば大学を卒業したあともクローマーク社に残り、準社員(アルバイト)という立場ながらすでに3年も勤続している。

 唯好にしてみれば七薙がいなければこんなに続かなかっただろうし、それは七薙も一緒だった。


 RUBY(ルビ)の魔術警護依頼を受けることになった時も、2人は互いに一緒ならば現場に出てもいいと告げた。結局蓋を開けてみれば別々のメンバーを担当することになったのだが、それでも同じ二期生メンバー同士、しかも通う学校も一緒だ。それゆえ唯好も七薙も一緒にいることが多かったため、特に文句は無かった。


「あーあ、このまま何も無いまま終わらないかなぁー」

「あー、ミイも本当それな」


 12月6日、日曜日――二期生メンバーだけで行うクリスマスライブに向けた収録があり、目的地も一緒ならば通勤時も一緒にいる2人は電車の中でそんなことを話していた。



 そんな日に限り、事件は起こるものである。



「「お疲れ様でーす」」


 唯好と七薙が声を揃えて挨拶を発する。

 私立紅陽(こうよう)大学朝霞キャンパス――埼玉県朝霞市に設立された歴史ある大学だ。

 その一角を借り、撮影スタッフが黙々と設営を進めていた。


「お疲れ様ー」

「お疲れー」

「お疲れ様です」


 2人に気付いた警護員メンバーが口々に挨拶を返す。2人の到着は早かったため、まだ日勤担当者は来ていない。だからそこにいるのは全て夜勤担当者メンバーだ。そしてその中に1人、一切挨拶を返さない者がいた。


「……あのコのあの格好、慣れちゃったね」

「ねー。ミイも正直見飽きてきちゃった」


 あのコ、と呼ばれた――ガスマスクの少女。

 黒い外套型乙種兵装・(カラス)に身を包み、加えて顔の全面を黒いガスマスクで覆っている。勿論、覆われているため表情は一切見えないし、近づくと仄かに“シュコー”という呼吸音が聴こえる。

 

 森瀬芽衣だ。


 リーフ・アンド・ウッド合同会社での打ち合わせ時に自らの素性を明かした芽衣だったが、後日“顔を隠してばれないようにしてほしい”という旨の通達が来たのだ。ガスマスクは芽衣自身(本人)の希望もあって顔を隠すならガスマスクだ、ということになった。


 勿論、ただのガスマスクではない。通常のガスマスクとしての、吸気する成分を濾過する機能は据え置きのまま、クローマーク社が開発した丙種兵装としての機能も有している。

 その機能とは、芽衣や茜、心がクローマーク社の入社試験において鬼を演じた眞境名恒親が用いた、半面(マスク)型丙種兵装・(ウグイス)――変声機能だ。発した声の()()()を、周波数を弄ることにより変えるものだ。周波数帯さえ分かっていれば特定の人物に似せることも、また異なる言語に翻訳して聴かせることも出来る。


 芽衣の素性が露見されないように、という配慮は、あくまでもメンバーの精神状態を思ってのものだった。

 打ち合わせ時に話に出たように、メンバー同士で顔を知る芽衣の存在は強みになったかもしれないが、あくまでそれはクローマーク社側の考えであり、RUBY(ルビ)側の認識――特に、運営陣の――は多少異なる。


 芽衣は、言わば“喧嘩別れ”したようなものなのだ。辞める直前に星藤花と揉め事に近い状況があったことも知られている。打ち合わせで芽衣が魔術士であると知った後で、小火(ぼや)騒ぎは芽衣の仕業ではないか、というちょっとした噂が運営陣の間で出たくらいだ。


 RUBY(ルビ)運営陣はこう思っているのだ。森瀬芽衣は、RUBY(ルビ)に危害を加える十分な動機がある、と。


 それを承知しているRUBY(ルビ)リーダーの土師(ハゼ)はららは、だからこそ提案した。芽衣が顔を晒すことでメンバーに与えるショックが無いとも言い切れない、メンバーは口に出さないけれど、もしかしたら運営陣の一部と同じ認識かも知れない、だから芽衣が魔術警護に従事するのなら、顔は隠して素性がバレないようにしてほしい、と。


 そしてそれは、芽衣にしても願ったり叶ったりだった。

 芽衣自身も、打ち合わせ時は虚勢を張ったが結局はどういう顔をしてメンバーの前に現れればいいか判っていなかった、悩んですらいたのだ。

 茜は「考えすぎだ」と鼻で笑ったが、やはり芽衣にとっては頭痛の種だった。顔を隠してほしいという通達が来たと知った時は、喜び勇んで「ガスマスクがいい!」と言い放ったくらいだ。航はその答えに苦い顔をした。


 そして現場にも緘口令(かんこうれい)が出る。森瀬芽衣という名前を、口に出してはいけない。芽衣のことは、今回限りのコードネーム“スケアクロウ”で呼ぶように、と。


 ちなみに、このコードネームも芽衣本人が立案したものだ。それを聞いた航は、やはり頭を抱えたのだった。

術式の名前からもわかるとおり、芽衣は少し中二病を患っています。

(術式は閃くもので考えるものじゃないのでこう言うと少し語弊がありますが)


→次話 8/18 0:00公開です。


宜候。

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