Track.6-12「何かパンツとか転送できない?」
「“遡る瀑布の水壁”!」
濁流の川面から爆噴する逆滝の防壁が赤い蜉蝣たちを飲み込むが、その防壁を追尾する【異極鉱の蛟】の業火球が撃ち抜いて襲来する。
一面を白く染め上げる水蒸気。しかし合計8つの巨大な火球はその勢いを衰えさせずに緩く弧を描いて突進した。
「――くっ!!」
隣の建物に跳び移った玲冴は、【爆ぜる噴泉】による急旋回で追尾する業火球の誤爆を誘い、壁から壁へとジグザグに跳ぶことで8つの火球を全て躱して見せた。
しかしその最中にも、芽衣の【自決廻廊】は少しずつ玲冴の身体に浸透していく。
「早緒莉さん早緒莉さん!」
『玲冴、どうした?』
早口で捲し立てるような玲冴の物言いに、早緒莉は緊急的な支援のコマンドを準備しながら訊ねる。
「何かパンツとか転送できない?」
『パンツ!?』
変身の際に玲冴の下衣は下着も含めて全て千切れ飛んでしまっている。それを、身体に纏わりつく水分を凝縮し屈折率を変えてスパッツのように見せることでどうにか凌いでいた玲冴だったが、状況は思惑から外れ空中戦の展開だ。空中で軌道を変えるには【爆ぜる噴泉】の行使が必要だが、その度に誤ってスパッツと化した腰元の水分さえ吹き飛ばしてしまいそうで玲冴は戦闘に集中しきれずにいた。
剰え、どんどんと【自決廻廊】によって冷静さを奪われつつある。このままでは、一発どでかいのを繰り出した瞬間に下半身を露出しかねない――そうなると最悪だ、何せこの戦闘の様子は本社役員の目にも入っているのだから。
『解った――けど、履いてる余裕なんかあるの?』
「そこは早緒莉さんが上手くやってくれることを期待してます」
『人任せ??』
呆れた笑い声を上げながらも、早緒莉は転送場所とそこに至るまでの戦況の流れを考えていた。
OSは方術士・四方月航が主導し開発した優れものだ。クローマーク社はこのシステムを業界随一だと自慢気に語っているが、あながち間違いでも無い。
外部から通信以外にやれることが多く、支援機能が充実し過ぎなほどに充実している。その機能で不安な面があるとすれば、その充実しすぎた支援機能を果たして十全に使いこなせられるのか、というくらいだ。
『オッケー、整った。玲冴、指示する場所まで退避できる?』
「うん、やってみる」
『こっちも転送の準備するね』
「ありがとう」
芽衣の放つ【自決廻廊】は彼女が纏う【豹紋の軍神となれ】が内包する治癒能力の向上によりその数はどんどんと減っていっている。すでに脇腹に受けた傷は殆どが塞がってしまい、新たな蜉蝣は生み出せていない。
そして玲冴が受けた数は、玲冴の思考を奪うにはやはり足りていない。玲冴は少しばかり芽衣に対して憎しみを抱くものの、それが彼女の異術が齎した効果であると認識してその感情に飲まれないように心構える程度にはまだ冷静だ。
早速、壁を蹴って垂直に昇ってきた芽衣を相手に、玲冴は流術【強襲する水礫】と氷術【群雪狼の吠え声】の連続攻撃で跳ね退けるも、そこに黒曜石の剣を両手に突進してきた心が一振りを消費して【万象鎖す氷錐の顎】を繰り出した。
「この似非双術士!」
牙を剥く獣のように尖鋭の氷錐がいくつも向かってくる中、玲冴は叫び上げながら【断裂する流刃】を複数、密度を高める形で射出する。
建物の壁面から伸びた流水の刃は心の放った氷錐を切断しながら、しかし自らもまたその勢いで破綻して霧消した。
氷術特有の白い靄がかった空気が流れ、その影から玲冴の死角を衝いて飛び出したのは赤熱する鬼灯の刃を構える芽衣だ。
「――“狂い咲け”ぇぇぇえええ!!」
外壁を抉りながら放たれた爆炎。刃から燃え上がった炎は振り抜かれた刀身を追うように迸ると、その切先で丸まって【異極鉱の蛟】にも劣らない巨大な火球となり、振り抜かれた方向へと跳ねては弧を描いて玲冴に襲い掛かる。
『来たっ――玲冴、今っ!!』
「オッケー早緒莉さん!“白銀世界”!」
範囲内を瞬間的に極度の低温にし吹雪かせることで視界を白く染め上げる氷術。
無論、与える損傷の多寡も重要だがこのタイミングではどちらかと言えば相手の視界を一時的に奪う二次効果の方が優先的だった。
そのため、通信を傍受するだけに留まらず望七海からの通信を遮断し、声色を変えて望七海に似せた偽の通信で芽衣と心とを誘導、一度にその射程範囲に収めるという芸当を早緒莉はやってのけたのだ。
「見え、無いっ!」
未だ熱の冷めやらぬ鬼灯を外壁に突き刺し落下を免れた芽衣は困惑するも、それに対して心は実に冷静だ。
「その程度の目晦ましは通用しませんよ?」
視界は吹き荒ぶ吹雪で白く染まってはいるものの、右目に装填した【命を視る眸】はその向こう側に遠ざかっていく緑色の塊を捉えている。
走って行く方向は外壁を川面へと向かって鋭角に――その角度に合わせて黒曜石の剣を投擲した心は、今度は次々と黒曜石の楔を創り上げては飛ばし、【万象鎖す凍雲の綸】で足場を創り上げた。
「先輩、足場を作りましたっ」
「心ちゃん、ありがとう」
外壁から冷めきった刀身を抜いて芽衣は落下すると、白けた視界は凍った糸の足場に降り立った頃には開けて透き通った。眼前およそ40メートル先では、流水の防壁で心の投擲攻撃を防いだ玲冴が着水せんと跳躍をしたところだ。
「させませんっ!」
外壁から街灯へと跳び移った心が先行して黒曜石の楔を投げ放つ。
矢継ぎ早に投擲された本数は8。間隔と角度をつけて放たれたそれらの楔は避けられることを前提としている。躱されたところで【万象鎖す凍雲の綸】を解放して氷の糸による捕縛を目論んでいるのだ。
無論、外壁を蹴って墜落体制に入った玲冴にはそんな目論見など関係ない。
玲冴は馬鹿ではないが賢くもない。これまでチームで戦ってきた中で、戦術を考え戦況を組み立てるのは兄である冴玖か、チームリーダーの右京だった。状況を整えてくれる彼らの指示に従って暴れ回るのが玲冴の役割であり。
そして、そのままではいられないのだと突き付けられていることを痛感している。
早緒莉が一緒に戦ってくれるのは、だから心強かった。調査員とオペレーターという関係では初めましてだが、歴の長い早緒莉とは顔馴染みに留まらない関係だ。話したこともあれば食卓を共に囲んだこともある。優秀だとは聞いていたが、まさか相手チームの通信を弄ってしまうとは思いも寄らなかった程だ。
焦燥と憤慨。悔しさも不甲斐なさも憎々しさも、全ては自らが矛先だ。
4thからいきなり2ndへ抜擢されたあの双子天術士は、そうなるべくして選ばれた2人だった。あの2人をもっと上手く活用できていれば、今頃はすでに勝利の美酒を口にする算段を話し合っていた筈だ。
【恍惚体験】により極限の集中状態に入った玲冴の脳裏は様々な仮定で満たされている。
それらを吹き払い、追い縋る心の放った8つの楔を、先程芽衣相手に見せた【強襲する水礫】からの【群雪狼の吠え声】の連続攻撃で阻む。
巻き散らかされた水滴の散弾が、極低温の寒波の波濤により網目状に凍結して一時的な氷壁を創るのだ。それに衝突した楔は、砕かれた氷壁とともに川面へと落ちる。
「“霜天に散る牙獣の矢”!」
お返しとばかりに氷柱の矢を放ち、心の追撃をも阻んだ玲冴は、背中から着水し、そのまま濁流の中に身を沈めた。
(――“親しき水”)
口の周りに大きな気泡が現れ、それを介して水中での呼吸を可能とした玲冴は濁流の流れに乗って下流方向へと水流を操りながら進む。
濁流の中にあっても水の屈折率を弄れる玲冴には水上の様子は一目瞭然だ。背泳ぎのように川底に背を向け、水中から鉄砲水を放ち追撃を阻みながら指定された地点を目指して進んだ。
目指す先は、そう――――履物だ。
物語は一転してパンツをめぐる戦いへ突入。
→次話 8/13 0:00公開です。
宜候。




