Track.6-11「見事に騙されましたね」
『玲冴、森瀬さんは後にして、先に鹿取さんを叩いたほうがいい』
早緒莉から指示が飛ぶ。
しかしそれを玲冴は棄却する。
「早緒莉さん、悪いけど――森瀬さんの方が近いし、楽に倒せるっ!」
変身した玲冴の巨躯にとって、20メートルなどという距離は無いも同然だ。しかも地形は氾濫した濁流の上。流術士にとっては最適な土壌。
対する芽衣は足場に困っていた。彼女が足を着ける屋根付き橋の屋根にすら、すでに上昇した水位は達そうとしている。
天候を土砂降りへと変えた双子の天術士はもう離脱してはいるが、膨大な霊銀で編まれた術式の勢いは止まらず、雨は止みそうにない。つまり、この後もどんどんと水位は上昇する。
芽衣および心にとって僥倖だったのは、芽衣の異術にあてられて玲冴が当初驚異だと感じていた心ではなく、芽衣に矛先を向けていることだ。
「――っ!!」
芽衣に向かい突進を始めた玲冴に、再度心の放った【土耳古石の蛇】の火球が4発降り注ぐ。
しかし玲冴は出足をくじかれたものの、その巨躯は突き刺さった炎弾をものともしない。
「“遡る瀑布の噴激”!」
玲冴が半身を浸からせる濁流の川面から、まるで噴泉のように突出した流水が轟く速度で芽衣に襲いかかる。
「“山岳獣の跳躍”」
躰術で増した跳躍力で心の方角とは反対方向へと逃げた芽衣。それまでいた屋根付き橋は水砲の衝突で崩れて落ちた。
「威力が半端ない……」
続けざまに跳び、屋根付き橋から街灯へ、街灯からまた次の街灯へと移る。
街灯の細いパイプは足場としては心許ない。そんな芽衣の思考を察知した心は黒曜石の楔を投げる。
「“万象鎖す凍雲の綸”――先輩、足場は作りました!」
「ありがとう!」
川を挟んだ建物と建物との間にいくつもの凍る糸で作られた足場に飛び移った芽衣は振り向き、鬼灯を正面に構えた。
玲冴は川に潜ったのか、その姿は見えないが追ってきているだろう。
「――“豹紋の軍神となれ”」
心から預かった黒曜石をひとつ、握り潰す。黒く変色した霊銀が迸って芽衣の身体を覆い、その表皮にジャガーのような梅花紋を生み出した。
ドパッ――重い水飛沫の音とともに、巨躯が舞い上がった。それは糸の足場を飛び越えるように翻り、野球ボールの大きさの水弾をいくつも放つ。
「せぁっ!」
心の宝術の性能向上率は芽衣が単身で使う躰術よりも高い。生身では両手ですら重かった鬼灯も、今では片手で難なく振り払える。
飛来する水弾のいくつかを斬り落とした芽衣は、その最中に「“咲け”」と起動式をも唱えた。冷却期間を終えた鬼灯は所有者の命に従い赤熱する。
「“自決回廊”!」
脇腹から新たな赤い羽虫の軍勢が生まれ、川に着水した玲冴に向かって殺到の軌道を描く。先程よりも勢いが弱いのは、【豹紋の軍神となれ】には再生能力の強化も含まれているために、少しだけ傷口が塞がってしまったからだ。
どうやら玲冴は水中を移動して水上へと現れ、攻撃を終えた後に再び水中に戻るというヒット・アンド・アウェイを画策しているらしい。着水と同時に濁流の中に沈んで姿を消したのを見た芽衣は、自ら生み出した赤い蜉蝣たちに川に衝突するのではなく周囲を飛んで待機しろと念じた。
ザパッ――足場の反対側に現れた玲冴は水弾と水砲を放つ。
芽衣は斬撃と跳躍でそれを躱しながら、赤い蜉蝣たちを強襲させる。しかしやはり直ぐに水中へと逃げられ、蜉蝣のいくつかは制御が間に合わず水に飲まれてしまった。
「先輩、こっちです!」
建物の上を走りながら次の足場を作る心。
そうしてどんどんと下流へと向かいながら、一進一退の攻防は続く。
「……次で決める。心ちゃん、海崎さんの動き、先読みできる?」
インカムでの通信で聞こえたその問いに、心は胸を躍らせた。
「先輩が望んでくれるなら」
そうして、右目に新たな瞳術を装填した。
十字に切れ込みが入った瞳孔が、その形を六芒星の輪郭へと変える――【いつか視た希望】という瞳術は、その目に移る景色に未来の映像を重ねて表示するものだ。
修得から日が浅い心にはまだ最大でも6秒後の未来までしか映すことは出来ないが、1秒で命を奪える戦場においてはその6秒は計り知れない優位性となる。
「先輩、後ろです!」
声と同時に振り向いた芽衣は、赤熱する鬼灯を上段に振りかぶる。
そして膨大な水飛沫とともに飛び上がった巨躯に向けて、それを思い切り振り下ろした。
「“咲き――誇れぇぇえええ”!!」
赤熱の刀身は起動式とともに赤く燃える炎を纏い、それは収束して伸びると白い熱線となった。
振り下ろされると同時に白い熱線は両断し――巨大な水の塊が二つに割れて濁流に落ちる。
「――――え?」
芽衣も。心ですらも。その結果に、目を見開いて丸くした。
『かかった!』
「早緒莉さん、ありがとう」
そして心の背後へと忍び寄っていた玲冴は、振り続ける雨が作った水溜りから流水の刃を創り出すと、その一薙ぎを心の細い身体に浴びせたのだ。
『そんな――っ!通信傍受!?』
早緒莉が進めていたのは2つ。
1つは玲冴の体内を冒していた芽衣の異術の解除。これに関しては変身により超越者の力の一端を現した玲冴の自己治癒能力が解決した。
異術にあてられて芽衣を打倒することしか頭に無かった玲冴だったが、新たに繰り出された【自決回廊】を受けずに戦闘を続けたおかげで術の効果が薄れ、早緒莉の指示に耳を貸す程度まで回復したのだ。
もう1つは対戦相手の通信の傍受だ。魔術士同士は霊銀を信号化して遣り取りする【精神感応】などの思念通信をよく用いるが、芽衣たちがインカムを介して通信していたことを確認した早緒莉は、早い段階からその通信チャンネルの特定と暗号化された信号の解読に着手していたのだ。
それが達成したのはつい先ほど、ちょうど芽衣が望七海に対して動きの先読みが出来るか、と問いかけた時だ。
その通信を盗み聞いた早緒莉は、冷静さを取り戻した玲冴にそれを伝え、水を使った虚像を作り上げて混乱を誘い出したのだ。
玲冴は水を練り上げながらギリギリまで待ち、巨大な水砲の射出と同時に自らの変身を解いた。
まさか奥の手の変身を解かないだろうという決めつけ・先入観を逆手に取った奇襲だ。
射出した水砲に気を取られている隙に水中を高速で移動し壁伝いに舞い上がった玲冴は、水の中に誘い出してはいないものの、当初の予定通り心を始末したのだ。
いや。
正確には、始末したかった、のだ。
「見事に騙されましたね」
流水の刃はその細い身体を両断するほどの威力だが、異界から帰還させる空間の罅は現れず。
代わりに、その一撃を受けて心が纏っていた薄い皮膜のような輝きが霧散した。
『間に合って良かった』
「ありがとうございます、玉屋さん」
こういう時こそ、オペレーターの腕が問われるというものだ。
望七海は芽衣が両断したのがただの水塊だと視認するや否や、強襲を警戒して芽衣と心の2人に対して物理防壁の支援を飛ばしていた。
心に対して帰還の門が開かなかったのは、流水の刃が両断したのは望七海が張った物理防壁だったからだ。
(基本に忠実、タイミングも申し分ない――さすが、四方月さんの下でやってただけあるわね)
早緒莉は頷くと、次の指示を玲冴に飛ばす。
玲冴にはすでに超越者の力は無い。また、契器の力は一度解放すると、鬼灯のような準備時間が必要だ。つまり、この戦闘訓練中は二度と使えないだろう。
しかし芽衣はまだ糸の足場の上だ。この屋上まで上ってくるのに時間はかかる。
「1対1なら――私が勝つ!」
彼我の8メートルという距離を詰めるために滑るようにして前進する玲冴。
しかし心は実に冷静に、腰元のポーチからいくつもの土耳古石を取り出しては握り潰し、頭上に巨大すぎるいくつもの業火球を創り出した。
「な――っ!?」
「ごめんなさい――勝つのは、私達の方です。“異極鉱の蛟”」
それは【土耳古石の蛇】の上位にあたる宝術。
火球のひとつひとつが、人を1人丸呑みにできる巨大さだ――それが、8つ。
射出された8つの暴虐に、堪らず進路を変えて建物から跳んだ玲冴の目と身体に。
飛び込んできたのは、赤い蜉蝣の軍勢だった。
次で戦闘訓練終了です。
新技新装備祭りもこれにて一時閉幕です。
→次話 8/12 0:00公開です。
宜候。




