Track.6-9「格好の的でしか無いですよ?」
「敵影、未だ見えず!」
『マップを立体表示に変更っ――』
「――玉屋さん、水中ですっ!」
新たに右目に装填した【透視】にて眼下の川面を見透かした心は咄嗟に叫んだ。
誰もが、敵は水面を走破しているのだと思い込んでいた。まさか動きを大きく制限される水中を抜けて来るとは考えていなかったのだ。
「――横っ!」
そして水中に揺らめく輝きが一瞬迸ると、角度をつけて細い円錐状の槍が射出された。飛沫を巻き散らかしながら高速で飛来するそれを事前に察知した芽衣が吼えると、それを聞くと同時に心の身体は条件反射で真横に低く跳躍する。
芽衣もまた反対側へと跳んで避ける。射出されたそれを目で追うと、それは白く輝く氷柱だった。
「氷術!」
大きく飛沫が上がったのは、屋根付き橋の反対側。玲冴は一度橋を通り過ぎてから、Uターンをするように水上へと舞い上がった。
勝機アリと笑むその周囲には、すでに次弾が装填されている。
「――“霜天に散る牙獣の矢”」
唱えると、玲冴の周囲を旋回していた都合12本の氷柱は、ドリルのように錐揉み回転を見せながら高速で射出される。
射出された氷柱の矢はその全てが芽衣と心とを串刺しにすべく直進するのではなく、ある程度逃げ場を奪うように少しずつ角度を変えて襲撃した。
「――“山伏猫の眼”」
しかし心はその散撃に対し、動体視力を異常に底上げする瞳術を右目に装填し、且つ同時に【恍惚体験】で極限の集中力を、【山岳獣の跳躍】で跳躍力を爆発的に向上させて対応した。
屋根付き橋の天板を蹴った心の身体は、氷柱の矢が着弾するよりも速く、まるで消え去るように岸に伸びる街灯の上へと跳び移ったのだ。
「鬼灯、“咲け”――“乱れ咲け”!!」
芽衣もまた、得意の直感力で攻撃を察した直後に新装備である太刀型甲種兵装・鬼灯の機能を起動、即座にそれを解放して周囲に爆炎をばら撒き、飛来する氷柱の矢を相殺した。
しかし“乱れ咲け”を使ってしまったことで刀身は纏う炎を失い、冷却時間へと移行する。熱を帯びさせてから発動まで間が無かったことから、冷却時間も短い筈だが、少なくともあと10秒間は炎は使えないだろうと芽衣は予測した。
「――ぐっ、」
そして、溜めが無かったために、繰り出した爆炎もその規模と威力は心許ないものだった。それでも氷柱の殆どを掻き消したのだから、本域で放ったのならどれほどの効果を上げるのか、怖くもある。
芽衣が小さく呻いたのは、その心許ない威力で掻き消せなかった唯一の氷柱が自身の左脇腹を掠め、切創を負ったからだ。
しかし幸いでもある。赤熱した刃による自傷では、傷口が灼けてしまい出血するかどうか判らなかったのだ。
相手は氷術士、氷柱の矢には凍結の二次効果も賦与されていたかもしれないが、焼き払ったためかそれが無いのも好都合だった。傷口を塞がれては困るからだ。
「――っ、“自決廻廊”」
仄かに赤らんだ切先を、屋根付き橋の端に着地した玲冴に向けて説く。
脇腹に滲んだ赤色が、蜉蝣の形を与えられて飛散する。その小さな身体に秘められた意味は、“森瀬芽衣を憎め、森瀬芽衣を殺せ”というメッセージに他ならない。
(予想より疾い――)
飛来する赤き羽虫の群を【強襲する水礫】により吹き飛ばすも、群の勢いは止まらない。
堪らず、後方へと跳躍した玲冴。勿論、飛び立った先は濁流となった川面である。
「“強襲する水礫”!」
降り注ぐ雨粒は凶悪な散弾へと変貌して赤い羽虫の群を削ぎ落していく。
同時に、濡れた表面の水分を収束して噴出させることで得た推進力により、玲冴の身体は中空にあるというのにさらに後方へと吹き飛ぶように移動する。――【爆ぜる噴泉】という流術だ。基本的には今の玲冴のように、自身が纏う水を一方向に射出して自ら推進力を得るのに使われるが、魔力――特に、霊銀の干渉領域の広さ――に長けた者は他者にこの術を行使することもある。緊急避難的に吹き飛ばしたり、或いは行動を阻害するのだ。
(やっぱ、こんなんじゃ全然足りないよね――)
苦虫どころか、毒虫を噛み潰したような顔で嘆息した芽衣は右手を懐――外套の内側に差し入れると、覚悟を決めて奥歯を軋らせながら人差し指を脇腹の傷口に差し入れた。
「いっ!――ぎぃ――っ――」
指先に感じる、ぬらりとした肉の感触、そして激痛。
人差し指の第一関節を引っ掛けるようにして引き抜くと、引っかかった傷口の端はさらに裂けて新たに血が溢れ出す。
手首なら。腕なら。斬り慣れている。
しかしそこは脇腹だ。骨で護られていなければ、肉の先には臓腑もある、重要な弱点だ。
鮮血よりも濃い、仄かに赤黒い血を噴出させながら。
その血から、赤い赤い羽虫の軍勢を創出しながら、よろめいて後退した芽衣。しか遠く離れて跳ぶ玲冴を凝視するその形相は、憎しみの塊だ。
自らをそのような貌で睨み付ける芽衣に玲冴が目を奪われていたのは、しかしやはり赤い蜉蝣がいくつか玲冴に刺さっていたからだろう。
その凶相を恨めしく思う違和感に、だから玲冴は囚われ、失念した。
「――“土耳古石の蛇”」
途端に横っ面に張り付いた熱にぎょっとして振り向くと、遠く高くからまるで隕石のように降り注ぐ、合計5つの業火球がそこにはあった。
「“遡る瀑布の水壁”!」
咄嗟に手を薙ぎ払うようにして術式を展開し、眼下の川面から水柱を噴出させて障壁を創り出すが、タイミングをずらして射出された2つの火球が水壁を突き抜けて玲冴の右肩と鳩尾に突き刺さった。
「ぐぼぉ――っ!」
玲冴の身体は流術による制御を失って川面に巨大な水飛沫を上げる。それを追って突き進もうとする芽衣の【自決廻廊】は、しかし川面に衝突すると本来の赤い血潮に還元され融け消えてしまった。
氾濫した川は水位を徐々に上げながら濁流の様相を見せている――あの様子ではしばらく上がって来れないだろうと息吐いた心は、街灯からアパートの壁を蹴って屋上へと立つと、【命を視る眸】によって把握した双子のいる方向を遠く見据える。
「さて、――“黒曜石の槍”」
跳躍と同時に腰のポーチから黒曜石を取り出していた心は、それを心の身長にやや届かない短槍の姿へと変貌させると、次いで新たな瞳術を右目に装填する。
「“十字刻む照星の眼”――――焦点」
十字型となった瞳孔に映る視界は、狙撃銃の照準器のように正確に双子たちをそれぞれ捉えている。
「“槍を天に穿つ者”」
槍を握る手から霊銀の奔流が注がれると、黒曜石の槍は上空へと舞い上がり、くるくると乱回転してはやがて標的を向いて静止した。
「“黒曜石の槍”、“槍を天に穿つ者”――
“黒曜石の槍”、“槍を天に穿つ者”――
“黒曜石の槍”、“槍を天に穿つ者”――
“黒曜石の槍”、“槍を天に穿つ者”――
“黒曜石の槍”、“槍を天に穿つ者”――――――」
何度も繰り返し、黒曜石の槍を上空に設置していく。
やがて心の頭上10メートルの空には、雨に打たれながらも決して落ちず微動だにしない黒曜石の槍のミサイルポッドが創られた。
「――そこから動けないんだったら、格好の的でしか無いですよ?」
指を差し向ける。それを合図に、黒曜石の槍は次々と飛翔する。曇天へと打ち上がり、弧を描いて強襲する様はさながら巡航誘導弾だ。
「――――っ!?」
距離にしておよそ800メートル強――そんな隔たりから襲来する攻撃があると、彼らには予測できなかった。
不幸にも、迎撃のためにいくつも設えていた|【水泡に帰す螺旋の夢】《バブルガム・フロートマイン》を突き抜けて飛来した黒曜石の槍は、機雷の誘爆を生みに生み、その衝撃波も相俟って灘姉弟の双子天術士はその真価を発揮させること無く強制的に退界させられたのである。
そして玲冴ターン。
次話 8/10 0:00公開です。
宜候。




