Track.6-7「――あんたら、すごいな」
クローマーク社が独自に組み上げたこの球形の部屋――正式名称を作戦支援球形筐体、通称“OS”は、支援対象となる調査団員の資格情報を読み取り画面に表示するが、あくまでもそれは調査団員の装備する乙種兵装あるいは丙種兵装に備わった通信機能によるものである。
それらは全て霊銀を介した魔術効果の一端であり、逆にオペレーターから調査団員に【霊視】や【暗視】などの視覚支援、航がよく用いる【防護膜】などの防性支援を施すことも可能だ。
逆に言えば、装備の通信機能が失われた場合、それらの支援が施せなくなる上に視覚情報の傍受も出来ず、また座標・現在地の把握すらも失われる。
望七海の眼前に表示された心の視覚とは、実に奇怪なものだった。
表示の枠内に現れた、交差する縦横の線。交点は太くなっており中は空洞。線が目まぐるしく上下左右に移動し、それに伴い交点の円も移動する。そして何かをその中心に収めるために伸縮し、収めると対象物までの距離がピコンと表示された。
奇怪なのはそれだけじゃない。風景の色が無いのだ。その世界は真っ暗で、しかし白いラインであらゆるものの輪郭が縁取られ、しかし時折輪郭に色のついたものが現れた。
はるか遠くに見える、青色の輝き。視界自体が拡大され、その縁取りが人間の形をしていることが判る。
縦横の線が動き、交点の円が拡がって青色の人型を中心に収めると、“距離:822メートル”という表示がその上部に出た。
この時点で、心は3つの瞳術を併用していた。
まず視野を自在に拡大・縮小する【千里眼】。
次に直視した対象の数量的な状態を測る【測定眼】。これは対象の大きさや重さなども測れるが、心はこの時には自身から対象までの直線距離を測定していた。
そして視界内に存在する生命体を検索してその生命体の情報を傍受する【命を視る眸】だ。検索条件を設けることで大気中の微生物や人間以外の生命を検索結果から除外することも出来る。
そして検索された生命体は真っ暗な視界の中で色を放って表示される。この色は対象の生命力の残量によって変わり、快調であれば青色、そこからグラデーションしていき瀕死であれば赤色で表示される。
これらが組み合わさったことで心の視界を表示した画面は非常に奇怪なものとなっており、しかし望七海は心から説明を受けると、この視界に慣れなくてはいけないなと自らに発破をかけた。
説明がてら心は告げたのだ。この景色は、まだまだ序の口だ、と――。
◆
一卵性双生児として生まれた魔術士には、互いに双子ならではの、特殊な能力が宿されることがある。
例えばどれだけ離れていても互いに音声を介さない意思の疎通が可能である、互いの感覚の一部あるいは全部を交換し合える・共有する、損傷や霊銀の活性などを譲渡し合える、などがそうだ。
魔術士でなくとも、一卵性双生児であることで全く同じ異術を行使する双子の異術士も過去にいた。
これらはもともとがひとつの存在であった筈の一卵性双生児にのみ起こり得ることであると研究されており、二卵性双生児ではこのような例は見られないことが解っている。
ただし、母数が少ないために一卵性の三つ子以上ではどうなるか、についてはまだ明らかにはなっていない。おそらくは双子同様の特殊な能力を宿すだろうと予測されているが、それを証明するだけの検数にまだ足りていないのだ。
そして。
灘姉弟もまた、一卵性双生児であることによる特殊な能力を生まれ持ち、魔術士として育った。
基本的に双子は双方で性別の違いは現れない。だから灘姉弟は最初、二卵性の双子だと思われていたし、それが判ったのはごく最近――彼らに、本来ならば一卵性の双子が有する筈の特殊な能力が顕現してからだ。
詳しく調べてみると、彼らは一卵性でも二卵性でも無い、“半”一卵性双生児だと判った。
半一卵性双生児とは、ひとつの卵子にふたつの精子が受精して分かれる種類の双生児だ。
天文学的な確率でのみ起こるこの双生児は、同じ情報を持つDNAと、異なる情報を持つDNAとをおよそ半分ずつ併せ持つ。故に半一卵性なのだ。
しかし一卵性双生児としての性質も半分であるため、彼らが生まれ持ったその特殊な能力も、おそらくは本来の半分の出力なのだろうと予測された。
そして、彼らが本当の一卵性双生児であったのなら、その能力は間違いなく比肩するものの無い、強力無比なものになっただろうとも。
灘姉弟――茉莉と直雄の2人は、その能力の在り方から、“天術士”と称ばれた。
「茉莉と直雄、合流しましたっ!」
オペレーターからの指示とインカムの通信により互いの位置を把握した2人は合流のために中間地点へと向かう。
合流場所は4階建てのアパートの屋上だ。それぞれの転移地点から走り、途中から水面を魔術によって滑行した。
灘姉弟は同じくFLOW-2ndに配属となった海崎兄妹同様、液体寄りの流術士だ。気体の制御はさほど得意ではないが、水面に浮かぶことと水流を操作して高速で移動することには長けている。
しかしそれよりも高速で、しかも真っ直線に合流地点へと向かった者がいた。
「よう――って、年上だっけか」
「っ!?」
「――敵と遭遇、会戦します」
灘姉弟の互いの距離は300メートル弱。それに対し、そこから茜が転移された場所までは600メートル超――倍以上だ。
しかし水流に乗って移動した灘姉弟に対し、茜は【空の王・飛躍者】による空中の疾駆だ。300メートル弱はあくまでも直線距離、実際には経路は曲がりくねっていた。
姉の茉莉を庇うように前に出る直雄。その手には彼の身長とほぼ同じ長さの金属の棒――棍が握られ、構えられている。
後方に下がった茉莉もまた、同じ棍を両手に握り締めている。
その棍はだから、打撃具であり、術具であった。
それを一目で見抜いた茜は、脳内でその陣形から彼らの役割を推察する。
(一番ありそうなのは男がABD、女がCEF。ただ男BDFの女ACEってのもありそうだな――まず間違いないのは男のB。つまりは女を落とす方が先か)
空中から屋上のコンクリートに降り立ち、悠然と歩み寄る。
直雄をちょうど間に挟んで、茜と茉莉の距離は10メートル。そこまで歩み寄った茜は、ただならぬ寒気を背中に感じて足を止めて構えを急いだ。
「――あんたら、すごいな」
切り替え、【空の王・君臨者】を纏う茜の目に見えたのは――姉の茉莉から天へと立ち昇る、夥しいほどの霊銀の奔流だ。
雲を貫いて空に満ち、渦巻きながらそれは拡がっていく。
「あなたが凄いことも、僕たちは聞いています」
「ああ、そりゃどうも」
ジリ――にじり寄る。突出できないのは、その霊銀の奔流が、まるで結界のように彼らを包み込んでもいるから。
霊銀の動きを見透かす目で茜はそれを見詰め躊躇しながらも、しかし時間をかけるほどにやばいと考えていた。
ポツ、ポツ――やがて。小さな雨粒が落ちては地面を、肌を髪を叩く。
茜の目には、その水滴にも霊銀が充満していることが解る。
雨は次第に強くなっていき、また範囲も拡がっていく。
明らかに、目の前の姉弟の仕業だと理解できた。
「んじゃ――胸、借りますよ、っと」
ひとつ呟き、茜はコンクリートを蹴る。
5メートルの距離は彼女にとって三歩で肉薄できる。まるで墜落するように大きく屈みこんで踏み出す一歩目から始まる、跳躍の連続のような独特の歩法だ。
直雄は構えた棍を反転させるように翻すと、鋭い突きを繰り出した。
茜はそれを三歩目を横っ跳びにして大きく躱すと、直雄を無視するように茉莉へと近付く軌道を見せる。
「させないっ!」
咄嗟に振り向くようにして振り払われた棍が茜の側頭部を強襲する。
しかしその時点で茜は再び【飛躍者】に切り替えていた。自身の横っ面に固定された霊銀の盾を、衝突の瞬間だけ創り上げる。
激しい金属同士の衝突音が雷鳴のように轟く――その音で、その一撃がどれほどのものかが解った。
しかし攻撃はそれだけに留まらない。
雨に濡れた棍の雫が先端に滑るように集まり――
「“強襲する水礫”!」
凝縮された水の弾丸が放射状に射出される。
全身を覆うように霊銀の盾を創り直した茜は棒立ちとなる。――【飛躍者】の能力によって霊銀を固定している間、自身もまたその場から動けないのだ――正確に言えば、茜が周囲の霊銀に干渉できる領域は1メートルにも満たない。自分が動いてしまうと固定が解除されてしまうのだ。
「まだ行きますっ!“断裂する流刃”!!」
コンクリートを強かに打ち付ける雨により出来た水溜まりが逆巻き、高圧の水刃となって茜の身体を切り刻まんと立ち昇った。
ひとつ舌打ちをした茜は空中に跳び上がる。【空の王】は霊銀の働きを阻害するが、それによって起こる物理現象までは緩和できない。射出された水の弾丸や流水の刃に対しては、その結合・運動を解くことは出来てもそれらが慣性によって自身を穿ち・切り裂くことに対しては無力なのだ。
次回に安芸茜の新技がお披露目となります。
そこから新技・新装備お披露目祭が始まるよ!
→次話 8/8 0:00公開です。
宜候。




