Track.6-6「取り敢えず、敵の位置は割れました」
『聞こえる?』
顔を見合わせる三人だったが、すぐ動き出したのは茜だった。
右耳のインカムのボタンを押し、相互の通話状態に移行する。
「はい、感度レベル5」
『お待たせしました。訓練の準備が出来たから説明するけど、大丈夫?』
「はい、お願いします」
『改めまして、オペレーターの玉屋です。警護依頼では夜間に就くから、芽衣ちゃんや茜ちゃんと一緒にお仕事することになるのでよろしくね』
「よろしくっす」
「よろしくお願いします」
『鹿取ちゃんとは直接の遣り取りは依頼期間中は無いけど、でも正式にFLOWチームのおオペレーターに就任したから、同じチームメイトとしてよろしくね』
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そして今回の訓練の内容が望七海から説明される。
訓練方式は“索敵&撃破”――どこにいるか判らない敵を見つけ出し、交戦して打ち勝つ方式だ。
チーム3人ともが撃破されてしまった場合にそのチームの敗北が決定される。
『撃破されたかどうかは、外套についている生体管理用の装置からの情報を元に自動的に判断されます。大きいの何発か貰っちゃうと強制的に帰還されるから気を付けてね。あと、芽衣ちゃんの異術も使いすぎると勝手に帰還しちゃうから』
「あ、はい……」
オペレーターが控える通信室内には球形の部屋がいくつも並んでいる。
球形の部屋とはそれ自体が専用の機材であり、カーブしたドアハッチが上部にスライドして開くと、中には人体工学を基に設計された長時間座っていても疲れないリクライニングシートがあり、正面には高さや位置を調整できる操作盤が備わっている。
内壁はそのまま画面になっており、調査団員が装備した兵装に備わる生体管理装置から受信した、団員が見ている光景を映したり、地形踏破の完了した異界や現在地周辺の地形状況を立体図にして表示したり、また団員それぞれの生体情報――損傷度や損傷個所など――を数値化して表示したりと、実に煩雑な視覚情報を処理する必要がある。
また、オペレーターは時には複数名が担当することもあり――今回のRUBY魔術警護のように――また指令部から通信が入ることもある。そう言った場合、基本的に通信相手の顔も画面の端に表示される。
錯綜するそれらの視覚的情報を並行で処理しながら、同時に聴覚情報の処理、情報の整理を行い、戦況の判断、的確な情報支援を行える能力がオペレーターには必須だ。
実際のところ、オペレーターの教育は魔術士の教育よりも遥かに時間と費用と手間がかかると言われており、日本における民間魔術企業の大半がオペレーターシステムを導入していない。諸外国同様にそれが常態化するのは10年から20年かかるとも言われている。
しかし優れたオペレーターの存在はチームリーダーの負担を遥かに軽減する。特に異界調査の任に就く場合は、外部に内部の情報を逐一知る者がいるという優位性が生きる。万が一通信が遮断し情報が隔絶されたとしても、消失地点の座標をいち早く割り出すことが出来、閉じ込められてしまったとしても比較的直ぐに救出を差し向けることも可能だ。
その球形の中でマイク付きのヘッドセットを装着した望七海は、訓練に関する粗方の説明を終えて一息吐いていた。
シート後方から伸びる長いストローは少し首を動かすだけで直ぐに加えられる位置に固定されており、いつでも給水が可能だ。慌てて室内を水浸しにすることも無い。単純だが、長時間勤務の多いオペレーターには必須の設計と言えた。
ヴンッ――――
低い電子音が鳴り、外部から通信が入ったと望七海が認識したと同時に、画面の右端に女性の顔が映し出される――紫藤早緒莉、同じくオペレーターを務める同僚だ。
クローマーク社に入社したのは事務のアルバイトから始めた望七海の方が早いが、オペレーターとしての勤務は早緒莉の方が1年ほど長く、年齢も望七海の2つ上だ。そして、望七海のオペレーターとしての初めての手解きは、この早緒莉が務めたのだ。正直望七海にしてみれば、何故自分が最上位チームで彼女が2ndチームなのか度し難い気持ちだった。
『モナちゃん、そっちはどう?』
「はい、いつでもOKですよ」
『分かった。それじゃあ開始時刻は……17時ジャストでいい?あと3分くらいしか無いけど』
「ええ、大丈夫です」
『うん。じゃあ――お互い、正々堂々』
「はい。胸を借ります、紫藤先輩っ」
にこりと笑んだ早緒莉は通信を切る。直後、望七海は異界で準備運動を進める3人に通信を送った。
「訓練開始は17時から――あと3分もありません。開始したら即座に今とは異なる場所にそれぞれ転移されます。状況次第にはなっちゃうけど、定石通りに行くならまずは合流を優先して」
『了解っ』
「あとは出し惜しみしないで、会敵したら全力で。編成早々、2ndに負けたとあっては馬鹿にされちゃうからね?」
『勿論です。とは言ってもこちらは新参者なので、初撃は丁寧にいきたいところですね』
「それぞれの位置、合流地点は私から指示を出します。あと1分……それじゃあ、よろしくね!」
「常務、こちらを」
大会議室では、あの後も本社役員と幹部らによる会議が続いていた。その内容は主に予算組みであり、そこへ入ってきたのは航とその部下の眞境名恒親だ。
航が頭を下げ、これから行うことの説明をしている間に投影機をセッティングした恒親は、大会議室の白い壁一面にその映像を映し出した。
「これは――」
「水都の異界の様子です」
「ほう――訓練風景か」
FLOWの無印チームと2ndチーム、6人が開戦を待つ異界内には6機の球形ドローンカメラが投入されている。それらは調査団員1人1人に追従しその探索や戦闘の様子を確りと映し出し、その映像が6分割の画面となって壁に投影されていた。
「しかし、誰もいないように見えるが?」
事業本部長・佐渡島が疑問を呈するも、航は口角を持ち上げて揚々と語る。
「訓練開始と同時に6人が異界内のあちらこちらに転移されます。カメラはその転移先にありますから、今はまだ映す対象がいないだけです。対象が転移されたと同時に起動し、チームメンバーを追従するようになります」
「それで、開始はいつなのかね?」
「ええ――17時ジャスト、今です」
◆
転移が始まった。
そうだと判るのは、あたしが時計を見ていたからじゃない。
あたしたち3人を引き裂くように、空間が罅割れて極彩の渦があたしたちそれぞれを包み込んだからだ。
包み込まれ、何かを言う暇も無く、気が付けばあたしは全然違うところに1人でいた。そんなあたしを覗き込むように、ソフトボールくらいの大きさの金属球があたしの正面に舞い込んでくる。
「……これ、何?」
形としては飯田橋の異界内で四方月さんが出してくれた照明に似ている。でも細かいデザインが違うし、それに今は真昼の明るさだから照明じゃ無いのだろう。
一通りあたしの周囲をぐるりと回った金属球は、加速すると空高くへと飛び上がった。
前に入社試験で訪れた時には無かった仕掛けだ――罠だろうかと逡巡するあたしの耳に、玉屋さんの声が響く。
『芽衣ちゃん、それはただのカメラだから気にしないで』
「カメラ?」
『そう。一応この訓練は、新兵装のお披露目ってことで常務や本部長たち本社役員にも見られてるの』
「ああ、なるほど」
そういう説明は先にしていて欲しい。
でも金属球が敵じゃないと知ったあたしは、漸く気持ちを切り替えることが出来た。ひとつ息を軽く吸って、思いっきり吐く。吐けなくなるまで吐いたら、1秒間息を止めて、一気に開放して吸気する――深呼吸はちょうど良くあたしの緊張を弛緩させた。
「玉屋さん、みんなはどこ?」
『今現在地の情報を取り纏めてる。あと少しだけ待って――』
『玉屋さん、私の視覚情報ってそちらにどう映ってますか?』
訊ねたのは心ちゃんだ。そしてその問いに、玉屋さんは何故か絶句している。
『心ちゃん、コレって――』
『あ、やっぱりそういう風に映ってるんですね――取り敢えず、敵の位置は割れました』
開始早々、あたしの後輩はとんでもないことに成功したらしい。
戦闘が始まるとなってから中々戦闘描写に入らない――げんとげんあるある。
→8/7 0:00公開です。
宜候。




