Track.6-2「全身全霊での戦いだ」
株式会社クローマーク本社ビル2階の大会議室。長机を連結させて作られた“口”の字の机に、RUBY魔術警護に関わる役員と調査チームの主だった面々がそれぞれのグループごとに座している。
所謂上座の位置に陣取るのは、今回の依頼が非常に大規模なものとなったために指揮を取る形となった本社上層部。中央には常務・和泉緑郎、その右隣には事業本部長・佐渡島良治、左隣には警護部長・倖田郵次郎が、それぞれ程よく緊張した面持ちで腰掛けている。
上座に対して右側、上層部に近い位置にはクローマーク中央支部長・石動森造を主とした中央支部の上層部が並び、その隣、上層部から遠ざかる方には実際に着任する調査チームの面々が並んでいる。
大神太雅を筆頭とするチームWOLFの主要メンバー5名。
糸迫右京を筆頭とするチームFOWLの主要メンバー6名。
そして四方月航を筆頭とするチームFLOWの主要メンバー4名。
チームFLOWの隣、上層部の左側で近しい方には今回の警護で団員を支援し連携を推しはかるオペレーターチーム6名がずらりと並ぶ。その中には、玉屋望七海の姿もあった。
勿論、森瀬芽衣、安芸茜、鹿取心の3名もチームFLOWの側に落ち着いている。心持ちは落ち着いている、とは――少なくとも芽衣に関しては言えないが。
本来であれば、このような大規模の魔術警護を民間魔術企業で行う場合、魔術学会所属の魔術士が監査および助言役として数名就くのが通例だが、やはり魔術学会の魔術士は手が回っていないとのことで、上層部とオペレーターチームとの間に1人がいるだけだった。
「それでは定時となりましたので、会議を始めさせていただきます」
警護部長の倖田が発し、大会議室内に独特の緊張感が漂う。まずは挨拶を、と倖田に促された常務の和泉が面々を見渡し、目を細めて口を開く。
「壮観だね――今回の依頼はすでに通達のあった通り、今をときめくアイドルグループの魔術警護だ。期間は11月16日から12月27日までの6週間、を、24時間体制でメンバーひとりひとりを護る。機関員も投入しての、社の総力を上げた全身全霊での戦いだ」
凪いだ水面に礫を投じたように、常務の凄味のある野太い声が残響となる。
芽衣はそわそわとどこか落ち着かない、痒みに似た感覚を覚えながらも、横目でちらりと茜や心を盗み見た――2人とも、とても落ち着いているように見える。
ぺち。膝に載せた手に小さな衝突の感触。逆隣を見ると、航が鋭い顔で前を向いている。
“集中しろ”――そう言われているのだと気付き、芽衣は一度目を閉じると、自らの首から脳へと循環する霊銀の動きを強めるよう働きかける。――【集中力増強】の躰術だ。
(何で会議に集中するだけで魔術使ってんだこいつ……)
航は脳内で項垂れたが、しかしこういった場面で【集中力増強】の躰術を行使する魔術士・異術士は意外にも多い。
敢えて航は【霊視】を用いていないが、WOLFにもFOWLにも、はたまたオペレーターチームにも魔術で集中力を底上げしている者はいる。
それは欠伸を噛み殺す代わりでもあるが、どちらかと言えばそれは少数派だ。魔術によって集中力を強化したうえで、一語一句を訊き洩らさないように万全を期す――それこそが、魔術士が会議などの場で【集中力増強】を行使する意味だ。
学会が定める国際魔術士法において、魔術士は対象の同意なしに魔術を行使してはならない、とされている。
無論、検証が必要だが正当防衛的に、または緊急避難的に行使されることはあるが、対象が違法に魔術を行使しない限り、一般人に対する魔術の行使の殆どは厳罰の対象となる。
逆に言えば、他者を対象にしない限り魔術士は合法に魔術を行使し放題である。自らが対象であり、言い換えれば自分が同意しているのだから、この場において躰術をいくら行使しようがその効果範囲が自らに留まる限り法に抵触することは無い。
「我々本社役員も含め、一同が一丸となって業務に当たることを期待する。以上」
簡潔に纏められた言葉は意外にも短いものだった。話し始めてから3分も経っていない。
「常務、ありがとうございました。続きまして、魔術学会より監査・助言役として着任していいただきます、碧枝様よりご挨拶を賜ります」
まるで瞑想のように目を細めて聴いていた魔術士が立ち上がり、一同に対して頭を下げた。
「ご紹介に預かりました、魔術学会所属の碧枝初です。本来であれば私の他にもあと3名、監査と助言の役に就くのが通例ですが、現時点では私1人のみです」
告げながら見渡すと、航と目が合う。その目付きはまるで、「お前んとこはどうなってんだ」と追及するようだ。
その様子が少し可笑しく、込み上げてくる笑いを咳で払う。
「すでにご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、“惨劇の魔女” 孔澤流憧の異界が世界各地で開き、真界に対する侵蝕を繰り広げています。我々の手が回っていないというのは、お恥ずかしい話ながらその対応に追われているためです」
会議室内の緊張に異なる色が混じり出す。会議室内で入社から歴の浅い者はチームFLOWの3人――芽衣、茜、心と、オペレーターグループに1人いたが、明らかに困惑を表情に灯したのはその4人以外にもいた。
そもそも、学会がこのように内部情報を漏らすこと事態がまずありえないことなのだ。魔術士たちの長たる学会の権威を貶めかねない。
しかし初は続ける。実に朗らかな表情と口調で以て、学会の名に泥を塗りたくる。
「開いた異界の数は千を超えます。その規模、大小も様々で、現在学会は総力を上げて異界の調査・攻略に回っています。私ですら、昨晩まで孔澤流憧中期の異界に赴いていたほどです」
「攻略は出来たのかな?」
中央支部長・石動が訊ねる。
初はにこりと微笑むと、確かにひとつ頷いた。
「ええ――そして決定的な事実の、確信に至りました」
「それは?」
「それはこの場でお話できることではありません。ただ言えるのは――直に、この繁忙も終わります。そうなれば通例通り、遅れてではありますが、もう3名の魔術士が、監査・助言役として馳せ参じます」
実は、この監査・助言役というシステムは半ば魔術学会側から民間魔術業者に押し付けているようなものであり、民間はそれを受け入れたからと言って学会に対して金銭を支払うものではない。
だから民間側からして見れば、不測の事態に学会所属の魔術士の手を借りられる分、その数は多い方がありがたいのだ。
しかし勿論、その分監査の目は厳しくなる。学会に一度見放されてしまった企業は確実に失墜する。業界はそれをよく解っているため、中には敢えて学会から監査・助言役が就くような魔術警護依頼を断る業者もいる。
「私の上長からも、クローマーク社さんに関しては最大限助力するよう言付かっております。拙い身ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」
再度頭を下げた初に、一拍の間を置いて周囲から拍手が沸き起こった。
「――上長って、間瀬さん?」
「だろうな。だってあの人、間瀬さん直属の調査団の1人じゃん。間瀬さん、遅れてくる3人の中にいたりしてな」
周りに合わせて拍手をしながら問う芽衣に、茜は答えた。
その問答を横顔のままで聞きながら、航は思考を練る――いつもの、考え事を口に出してしまう癖を抑えつけて。
(――まぁ間瀬は、アイツに貸しもあるだろうしな)
思い出されるのは、飯田橋での異界と、そしてつい先日の|“PSY-CROPS”《サイ・クロプス》の異界。
前者は直接対峙した上で記憶を奪われるという失態を見せ、後者は異界との接続・通信を奪取されるという失態を演じさせられたのだ。
十中八九、間瀬は今回のRUBY魔術警護に介入してくるはずだと航は踏んでいる。初が今しがた話した内容が真実であれば、だが。
そこまで重要でない登場人物にも名前を付けるんですけど、
そうすると「この人は後後ああしてこうしてこうなるんじゃないか」などと
勘ぐられてしまいそうで「ぐぬぬぬぬ」ってなります。
→次話 8/3 0:00公開です。
宜候。




