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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅵ;厳戒 と 限界
141/300

Track.6-1「また、僕たちは間違った――」

 ごぽ。




 夥しい赤色が、航の口から溢れ出た。

 それはどう目を凝らそうとも血以外の何ものにも見えず、俄かに状況を飲み込めない芽衣は我を忘れて叫びながら駆け寄ろうとして、三歩目で躓き、前のめりに激しく転倒した。


 顔を上げる。

 膝をつき、航は苦い顔をしながら胸部に手を当て、べとりと濡れた自らの掌を見下ろす。


 嘘みたいに、紅い。


「――ゃだ」


 最早痛みすらしない胸部の空洞に顔を顰めながら、航は芽衣に振り向いた。


「嫌だ――、――――っ」


 ぼろぼろと大粒の涙を流しながら立ち上がった芽衣は、よろりと一歩、右足を踏み出したが、やはり前のめりに膝をついた。

 空を切った、航に向けて伸ばされた左手は航のように紅く濡れている。

 しかし、そこから赤い蜉蝣(かげろう)は生まれない――戦意を、喪失したからだ。


「――――(わり)ぃ」


 最()にそう呟くと。


 航は、全身の力を失ってその場に倒れこんだ。

 倒れ伏したその後も、まだ血は流れ続けていた。






   ◆



げ ん と げ ん


   Ⅵ ; げん 戒 と げん 界



   ◆





「ここからどうするつもりだい?」


 黒装束に身を包んだ真言が繰り出した袈裟の一太刀を【空の王・飛躍者】アクロリクス・ヴォールトの力で固定化した霊銀(ミスリル)の盾にて防いだ茜が奥歯を噛み締める。


「まさか、君一人で挽回できるつもり?」


 訝しむように細めた目。しかしその表情は嘲笑っている。

 鋭い角度で切り替えされた一閃を、新たに霊銀(ミスリル)を固定して盾を作り防ぐ。

 しかし【空の王・飛躍者】アクロリクス・ヴォールトに切り替えてしまえば、眼前の言術士が紡ぐ言霊の効力を無効化することは出来ない。


「“君ハ勝テナイヨ”」


 その全てが吐き出される前にどうにか【空の王・君臨者】アクロリクス・インベイドへと切り替えた茜の右腕を、真言の持つ忍者刀が斬りつける。


「――っ!」


 灼けるような痛みに、茜の身体は逆に深く踏み込むと同時に渾身の横蹴りを繰り出すが、真言はそれを見抜いていた。ふわりと舞うように回転しながら茜の蹴りを躱すと、その回転の勢いのままに地面と水平な横薙ぎの一閃が繰り出される。


 首筋を狙った軌道。蹴りの勢いで深くしゃがみこめない茜は【空の王・飛躍者】アクロリクス・ヴォールトに切り替え、ギリギリまで引き付けて首の側面に沿って霊銀(ミスリル)の盾を構築した。


 ガギィッ――――刃が毀れそうな衝突音。それと同時に、斬りつけられた右腕を真言の右腕に絡める。

 地面に向かって引き込みながら逆に自身は跳び上がり、先程のお返しとばかりに左足で引き込まれた横顔を蹴り飛ばそうと――


「“当タラナイ”」


 蹴りの軌道が変わる。横っ面に目掛けて飛び込んでいった脛は、目標に達する直前で目標を飛び越えて振り下ろされた。

 飛躍者(ヴォールト)君臨者(インベイド)とを、今の茜では真言を打倒し得る精度(レベル)で切り替えることが出来ない。


 地面に向かって引き込まれるその勢いを利用して、今度は真言が地を蹴って前方に宙返った。

 絡んでいた右腕はそのままに、茜がその勢いに負けて地面に擦り付けられるように倒れる。

 それを一歩飛び越えた位置で着地した真言は、一切の躊躇なく茜の腹部に忍者刀を突き刺す。

 その刃は地面をさえ抉り、痛烈さに悶絶した茜の身体は縫い付けられてしまった。


「がぁ――――っ、――――は、ぁっ――――っ――――」

「悪いけど、もうどうにもならないと思うよ?」


 コツ、コツ――硬くざらりとした床を靴底が叩く音が遠ざかっていく。


「ぐ、ぅ――――っ」


 深く突き立てられた刀身を、茜は掴んで抜こうとするがビクともしない。


「ほら」


 幕張メッセ・イベントホールのメインエントランスに繋がる、中央プラザの赤い鉄骨の真下。

 真言の視線の先、ガラスの入口の向こう側には閉ざされた中央モール。その幅広い廊下を突き抜けると、3ホールが連結された広大なライブエリアがあり、本来ではあれば熱狂の渦に包まれ多くの観客が興奮と恍惚の中に飲み込まれていただろう。


 そこが異世界に飲み込まれていなければ。

 RUBY(ルビ)のクリスマスライブの今日、魔女が生まれていなければ。

 そうなっていた筈だった。


 しかし予告の通り、魔女は生まれ、創られた異世界が観客たちを丸ごと飲み込み、ライブエリアは真界と隔絶されてしまう。

 そうなることを唯一知っていた――過去の記憶を取り戻している――茜は、ライブエリアの外で単身真言を迎え撃っていたのだ。


 言霊を操る真言に対抗できるのが、霊銀(ミスリル)の干渉を無効化できる異術を有する茜だけだからだ。

 それでもそれはあくまでも“対抗できる”のであって、“打倒できる”のではない。


 魔術学会(スコラ)の中でも化物(クラス)の人外が(ひし)めく異端審問会(インクヮイアリィ)に所属する異端審問官(インクィジター)の1人として数多の異端なる魔術士を屠ってきた、百戦錬磨の阿座月真言と。


 空手道場に生まれ育ち、格闘センスは光るも体格には恵まれず、特異な異術を有するために魔術にすら恵まれなかった、喧嘩屋風情の安芸茜と。


 本域で()り合ったのならどちらに軍配が上がるかなど――


「ぐぉ、ぉぉぉおおおおおっっっ!!!」


 筋肉を締め、身体ごと持ち上げる要領で床に刺さった忍者刀を力任せに引き抜く。力を緩めると呆気なく刀は地面に落ちてカランと音を立てた。


「ぁ――、っは――――あ」


 腹部を押さえ、真言を睨みつける茜――しかし、その目は見開かれる。


 ライブエリアを閉ざしていた異界が罅割れ、破綻した。

 暴かれた空間から飛び出してきたのは、幾重にも折り重なる黒い奔流だ。まるで怨嗟と断末魔をごちゃ混ぜにしたような呻きを叫びあげながら、それはいくつも溢れ、幕張メッセのコンクリートの壁や柱、床に自らを叩きつけては破壊し、崩落させていく。


「――見てごらん。“死”が溢れている」


 茜は痛く息をしながら、建物が蹂躙され棄却されていく様子をただ眺めていた。

 黒い奔流に触れたコンクリートは崩れ、塵へと変わっていく。罅が走り、割れて崩れていく。

 眺めていると、真言の真上の赤い鉄骨すら、黒い奔流によって落ちていった。


「――っ!」


 咄嗟に手を伸ばしたが、遅かった。


「また、僕たちは間違った――」


 真言は最期にそんなことを呟いた。そしてそのまま、崩れ落ちた赤い鉄骨に飲まれ、黒い奔流に飲まれ、消失した。


 呆気に取られるようにそれをただ見つめていた茜は、その黒い奔流に歯噛みする。


 ギリッ――


 茜がその光景を、この世界の終焉を見届けるのはこれで2回目だ。

 一度目は、百目鬼瞳美が死んだと知って塞ぎ込んでしまった森瀬芽衣の自宅を発生源として、その黒い奔流は生まれた。

 偶々(たまたま)、様子を見に行った矢先のことだった。

 その時も、自分にはどうすることもできない無力感を全身で感じていた。


「――――森瀬っ」


 崩壊した建物の上、空には。

 黒い渦の真中で、叫びあげるようにその黒い奔流を生み出す、“黒い異人”の姿。

 生み出した黒い奔流はしかし異人を標的として飲み込もうとし――しかしその度に、新たな黒い“死”の乱流が生まれては迸る――何と、(いびつ)な無限廻廊(ループ)



 それが。

 16周目の終わりだった。

第六部です!


→次話 8/2 0:00公開です。


宜候。

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