Interlude.04「嗚呼――――愉しみだなぁ」
戦輪の細断から逃れた異骸術士が凍り付いた炎術士を齧り、咀嚼しながらその命を貪る間に、分断されていたもうひとつの調査チームの4人が漸くここに辿り着いた。
いや、4人ではなく2人だ。分断した先で戯れさせていた腐肉竜の群れがどうやら半数を喰らったらしい。しかし逆に考えると、あの軍勢を相手に2人も生き残るとは、些か上物の匂いがする。
「――っ、」
「アリサたちのチームは……」
「いい。解っている」
男女の二人組。年の頃は40代後半と20代前半、といったところ。動きの癖が似ていることと、体内で循環する霊銀の揺らぎが似ていることからおそらく彼らは師弟だろう。
「合わせろ、ヘンリエッタ!」
「はい、師匠っ!」
的中。
師弟となると、基本的には扱う魔術系統は同じだ。しかし彼らはほんの少しだけ違う。
突出して前衛を張る師は胸に手を当てて光り輝く霊銀を槍の形に錬成する――霊器、いや、あれは契器だ。人の手によって創られる霊器とは霊銀の密度が段違いなのだ。
“超越者”と称ばれる、意思を持った概念存在。それが、自らが扱うに値する兵装を具現化したものが“神器”だ。
それを模して、人が人の手で扱えるように少ない霊銀をこねくり回して創り上げたのが“霊器”。
そして。
“契器”とは、“超越者”が人のために創り上げた兵装にして、その者が自身と契約を果したという証である。
つまり眼前の魔術士は、契器を介して“超越者”が持つ超常の力の一端を行使しうる、ということだ。
滾る。興奮が収まらない。
あれを糧に創り上げた作品は、どのように輝くのだろうか。
あれを贄に創り上げた作品は、どのような災禍を表現しうるか。
知りたい。
創りたい。
創作意欲は留まることなく私を満たして溢れ出し、恐悦に破顔した私に魔術士は槍の一撃を放つ。
「――啼け、“海凪ぐ三叉”」
三つ又の矛先が大気を割り裂くと、その斬撃は赤黒い泥の水面に伝搬し、空間さえ断ち切るような巨大な3つの牙となって進撃した。
牙は直線軌道上の異骸術士たちや触手群を飲み込むように屠ると、私の形をした疑似餌をも消滅させてやがて自身も消え失せた。
新たな肉壁から私が現れると、その度に魔術士は三つ又の槍の形をした契器――“海凪ぐ三叉”を振るい、その都度、肉が断たれあちらこちらで腐った黒汁の飛沫が上がった。
「浸食開始――――」
その間、師のはるか後方で泥に両手を突っ込んだ女弟子は、赤黒い泥の海に自らの霊銀で干渉し、その支配権を奪おうとしている。
触手を飛ばそうにも、師が邪魔だ。新たに出現させた2体の腐肉竜でさえ、魔術士の槍の一撃で距離に関係なく薙ぎ払われてしまう。
「浸食濃度――10%――20%――30%――」
赤黒い泥の海が、女弟子を中心に翡翠色に変わっていく。
翡翠色に変色した部分に満ちる霊銀はどうやら私の指示・命令を守らない。支配権を奪われてしまっている。
「――70%――80%――90%――100%」
私が創り上げた、赤黒い死肉の異界。その表面に満ちる海が、全て翡翠色に染まった。
おそらく彼らは液体に特化した流術士だろう。異界の大気や地殻までは浸食が及んでいないのがその根拠だ。
と、いうことは、だ。
現在生き残っている中に、方術士はいない、と言うことだ。
――いや待て。早とちりはいけないな。
魔術は系統という分類に分かたれてはいるが、しかし魔術士はひとつの魔術系統をしか修得できないかと言ったらそうでは無い。
極端な例が双術士だ。炎術と氷術という2系統を修得した魔術士をそう呼ぶが、熱を操ることには変わらない。
光術士は実際には光子を操る光術と電子を操る雷術の両方を修得しているものだし、雷術に特化した魔術士は雷術士と称される。
空間を制御する方術から派生したのが斬術であり、鉱物資源を操る鉱術は宝石を扱う宝術を内包する。
このように、魔術士というのは複数の魔術系統に手を出していることが殆どだ。細分化とは“特化”とも言える。あまりに尖り過ぎた能力は脆さを併せ持つ。
進化とは“多様化”に他ならない。多くの手段を持ち得る者こそが、生存競争に生き残るのだ。
だから流術士が方術を齧っていても、勿論何ら不思議ではないが、しかし実際にはそれは非常に難しい。
相性がとことん悪いのだ。
目に見えず触れられない概念に意識を払う方術や時術、呪術などは、物質や実体に対して意識を注ぐ流術などとは脳の使用領域が異なる。
概念に傾倒した魔術士は、実体に傾倒した魔術をなかなか修得できない。これは人間の構造上の問題であり、それゆえに概念と実体との両方に精通する魔術士もいないではない。
ただし眼前の2人は明らかに“実体寄り”だ。特に女弟子の方は、液体をしか浸食できない時点で方術士の線は明らかに消えた。方術士なら空間そのものに対する浸食を試みる筈なのだから。
「“海凪ぐ三叉”――解放しろっ!」
漁師が鯨に向かって銛を突き立てるように、男は槍を逆手に持って肩に担ぐように構えた。同時に、翡翠色の海が波立ち、男と私――の疑似餌――との間に巨大な渦を作り上げる。
「――――|“召喚・嵐を貪る海獣”《サモン・ケータセアン》」
告げると同時に、男が契器を天に向かって投擲した。
鋭い放物線を描いた三叉の槍はほぼ垂直の軌道で渦の中心に墜ちると、途端に異界そのものが激しく震動し、波柱を上げて巨大な海獣が姿を現す。
「ボヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ――――!!!」
それは雄叫びや咆哮を超えた、まるでジャンボジェット機が音速を突破した際のソニックブームを間近で浴びたような轟音だった。
巨大な体躯の前3分の1を占める頭部は額部分が硬い甲殻で覆われ、巨大な顎と牙は小さな島なら飲み込み噛み砕いてしまいそうだ。
甲殻の隙間から覗く、いくつも点在する小さな目の数は合計で18個。
体躯に対して鰭は小さいが、鋭い鉤爪のようなものがいくつも生えている。尾鰭はやはり巨大な扇形で、全体的には何かの神話か伝説に出て来るような鯨の化け物、といった感じだ。
その巨大さは大型の輸送船すらも凌ぐだろう。
それが、18の眼で私を睨み上げるや否や、翡翠色の海を割り裂きながら突進してきたのだ。
天膜から腐肉竜を召喚し対抗させるが、そもそもの大きさが違う。飲み込まれ、轢き潰され、或いは弾き飛ばされ、私の可愛い幻獣達は呆気なく殺戮される。
私の疑似餌もまた、その巨大すぎる衝突に跡形もなく消滅した。
しかし疑似餌は疑似餌だ。いくらでも生やせる。
天蓋を覆う肉の膜に今度は芽生えさせると、しかしその巨海獣はあろうことか空を舞って突撃した。
しかし私はそこで確信を得る。
この“超越者”は、その巨体と巨体が持つ力のみを手段とした完全なる力押しの愚物だ。
まぁ流術士と契約を交わすくらいだ、海を操作して渦潮や津波を繰り出すくらいの力はあるだろうが、それも結局は力押しに変わらない。
これで漸く、この場に方術を行使しうる者の不在を認識した。
つまり、私を殺してこの異界の核を探し出し、その支配権を得ることでしか彼らはこの異界から脱出出来ない、ということだ。
「――なっ!?」
気付いたところでもう遅い。
私は現在交戦が繰り広げられている異界を完全に閉鎖すると、私という本体の座標を別の異界に移し替えた。
私の異界はひとつではなく、異界を統べる私だからこそ、自作の異界を自在に渡ることが出来る。
閉じた異界は霊銀が枯渇するまで、腐肉竜と異骸術士たちを生み出し自動的に調査団を攻撃するようプログラムした。小さな規模の異界だ、半日もすれば結果は出ているだろう。
閉じた異界の中で帰還出来ずに私色に毒づいた霊銀に感化されて異獣となるか、それとも私の幻獣や異骸たちに蹂躙を許し、同じく異骸となるか。
「嗚呼――――愉しみだなぁ」
次で幕間は終わりです。8月からは波乱の第六部!
→次話 7/31 0:00公開です。
宜候。




