Track.5-28「そーゆーとこが下の中の下の下なんだよなぁ」
例外的に。
2つが対となる霊器が世界には存在する。
霊器は基本的に1つにつき1基の霊基配列を有する。
増幅器であるアリフのクリスは“所有者の行使する呪術の効果範囲と威力・精度を増強・拡張する”という霊基配列を有しており、また“時空の魔術師”である常盤美青が有する羅針計は12基の霊基配列を内包している。
夷の持つ錫杖は正式名称を“焉鎖の魔杖”と言い、杖が異界内にある時のみ、その異界を対象に全機能を停止させるという特別強力な機能を内包する、対異界用特攻霊器としても非常に強力な霊器だ。
しかしそれと同時に、焉鎖の魔杖は“壊璃の魔剣”という霊器の“鞘”でもある。
錫杖の柄を握り込んで引き抜くことで壊璃の魔剣を引き出す、俗に言う“仕込み杖”なのだ。
そして壊璃の魔剣もまた、霊器の型としてはやはり対異界用特攻器に類される。
異界の機能を停止させる焉鎖の魔杖に対し、魔剣が内包する魔術とは“死んだ世界の核に突き刺すことでその所有権を強制的に奪う”という更に限定されたものだ。
だから夷がアリフの右腕を切り捨てたとて、そこに核が無ければ意味は無く、その行為はただ邪魔な右腕を切り捨てたに過ぎない。
そして。
右腕を喪失ったアリフはそうだと言うのに不敵な笑みを浮かべると、怪訝な顔で見詰める夷の眼前から消えた。
「あー、まぁそうだろうね。――そーゆーとこが下の中の下の下なんだよなぁ」
冷めた呟きを吐き捨て、夷は踵を返して周囲を見渡す。
自らの霊器の力で以て機能を停止された異界に風は吹かず、先程までさらさらと流れていた紅い川の潺すら失われてしまっている。
「んーっと……あっちか」
領域化された自身の視覚と触角を複数複製する【千手千眼】を周囲に展開して愛詩の居所を掴んだ夷はてくてくと歩き出す。
その足取りは軽くも重くもあり、紅い川面を細身のスニーカーが踏み付ける度にちゃぷりと仄かな水飛沫が立った。
死んだ世界では、その波紋すらも僅かな拡がりを見せるに留まる。
再度、絲士とその両親の三人が磔になっている櫓の麓まで戻って来ていた愛詩は三人を視上げる。
三人を木組みの櫓に磔にしているのはそれぞれの両の手に深く突き刺さった釘だ。傍目に見ても五寸釘よりも太く、長く思えた。
「――よし」
意気込むと、愛詩は自らの両手を高く掲げた。開いた掌からは霊銀の粒子が迸り、愛詩の周囲の地面からは縒り合わされワイヤーのように太くなった幾つもの弦がその釘それぞれに張り巡らされ、それとは違う弦が櫓の足元にふんわりとしたクッションを形作る。
向けた掌を返しながらぎゅっと握り締める。その合図により、太い弦が釘を一息に引き抜いた。三人の身体は瞬間ふわりと宙を舞ったがすぐに自由落下の速度でクッションに墜落し、しかし衝撃は吸収され、その身体に痛みや傷を及ぼさない。
「ふぅ。後は、――」
返した掌を再び三者に向ける愛詩。彼らの身体の内側に弦を張り巡らせ、その弦それぞれを筋肉の代わりに収縮し動きを齎す命令を組み込――――もうとして、それを阻まれた。
「っ!?」
クッションを跳ね飛んだ三人の身体が肉薄すると、凡そ人のものとは思えない太く鋭い爪で以て愛詩の肉を抉ろうとしたのだ。
迂闊。
愛詩は咄嗟に自身の背中から後方の木へと弦を繋げると高速の離脱を遂げ、襲い掛かる三人に対しても弦を繋げた。
三人の身体はすでに異形めいて変貌してしまっている。胴体の前面と背面がぐるりと入れ替わり四つん這いになると、蜘蛛を思わせる四肢の動きで再度接近しようと土を蹴る。
首も180度回転し、その顔貌も口が耳元まで裂け、額にはもう二つの更なる眼を生んでいる。
跳躍を主体とした機動は横並びの双眸を持つ人間にとって捉えづらい。
しかし愛詩は真理の一端へと到達し得る弦術士だ。蜘蛛のような相手よりも蜘蛛めいて弦を張り巡らせると、その包囲網で以て三人の動きを静止させた。
つい先程組み上げたばかりの、対リニ戦で見せた繭を創る術式を軽量化したものだ。包囲網は三人の四肢と首、そして胴に巻きつき、最低限の本数で完璧に動きを止めている。
三人から伸びる弦で彼らが異獣化した弓削一家ではなく、しかしかと言って幻獣でも無い――似せて創られた呪術人形だという情報を得た愛詩は、絲士に瓜二つの様相が歪んだ異貌に強く歯噛みしながら、その想いが脳裏で言語化される前に振り切った弦の一閃で以て三体の呪術人形たちを両断した。
幻獣のように、思考や動作を制御する核を胴体内に内蔵する呪術人形たちはそれすらも寸分違わず綺麗に裁断されたことで肉体を構成する意思を失い、やはりこと切れた幻獣のように霊銀の粒子へと還元されてさらさらと消失していく。
それを見届けた愛詩は、無意味だと解っていても両手を合わせて黙祷を捧げた。
それは敵として立ちはだかり襲い掛かってきたかもしれず。
それは魔術によって編まれた仮初かもしれないが、確かにこの世界に生まれて来たのだ。
それが偽物だろうと、命には敬意を払うべきであり。
そしてその命を散らしたのは紛れもなく自分なのだ。
だから愛詩は、無防備にも黙祷を捧げる。
今度は、自由意思を持った本物の命として、生まれ落ちますようにと。
「面白いことやってんね」
「――夷ちゃん」
黙祷を捧げ終えた頃を見計らって出てきた夷を、紛れもない本物だと弦を通じて確認した愛詩はにこりと微笑んだ。
「呪術士は逃げたよ。たぶん、瀕死になった際に自動発動するように条件付けしてた感じかなぁ」
アリフの行使した魔術は、術者が瀕死の状態になると自動的に発動する条件発動型の魔術であり、他方に用意しておいた形代に自身の損傷を肩代わりさせ、また同時に形代のある座標に転移したのだろう、というのが夷の見解だ。
「あいつがどこに転移したのかは気になるけどさ。この異界にはもういないと思う」
「うん。探査網にも引っかからないよ――たぶん、リニちゃんを連れて帰ったんじゃないかな?」
探査網はリニの不在すらも愛詩に教える。この死んだ世界に、アリフとリニの二人はすでにいない。
繭の状態のリニをどうやって連れ帰ったのかは定かではないし不思議ではあったが、魔術士だから何かしたのだろう、程度の考えをしか愛詩は持たなかった。
うんうんと頷いた夷は自身よりも少しだけ背の低い愛詩の頭を撫でた。夷は物理的に接触することで、深淵接続を応用して相手の表層の意識を読み取ることが出来る。そのことを知らない――知るつもりも無い――愛詩はきょとんとしながらも、その行為に何だかむず痒くなってどんな顔をすればいいのか判らなくなった
「……ねぇねぇいとちゃん。この異界の核がどこにあるかって探せる?」
虹色の煌めきを放つ弦が導いた先で、鬱蒼と茂る森の一本の木に擬態していたこの異界の核を壊璃の魔剣で刺し通した夷の手に、黒い球体の形状へと戻った核が舞い込む。
球体の大きさはソフトボールとほぼ同じだ。異界の広さや規模は核の大きさで以てある程度を測ることが出来る。
どうやらこの異界は大した広さや大した機能を持ってもいない最低限レベルのものだと夷は嘆息したが、隠れ家には最適だと素直に貰い受けることにした。
所有権を獲得した異界を夷は閉じる。まるで紙に火が燃え渡るように空間がちりちりと焦げ落ち、二人は弓削邸の客間に降り立った。
え、これ30話ですら終わらなくない??
→次話、7/20 0:00公開です。
宜候。




