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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅴ;幻術 と 弦術
120/300

Track.5-20「楽しいデートになりそうだけど」

「いや別にあんたの身の上話とか興味無いんで」


 言い放たれた言葉に真言は苦笑する。


「なかなか辛辣だね――それとも、今の仏頂面の方が君の本当の顔なのかな?」


 細められた双眸はまるで全てを見透かすかのような視線を茜に突き刺す。


「確かにこの半年間、おかげさまで結構笑かせてもらってますけど」


 その視線を鼻で笑った吐息で吹き飛ばす茜は、対照的に目を見開いて牽制する。

 静かで和やかなカフェの店内は、そこだけが実に異質な空気を纏っている。勿論、その空気が他の客を脅かすことは無い。


「残念――君はとてもいい部下になると思うんだけどな」

「同僚でも願い下げっすよ」

「解ったよ。そのノートはあげる、十二分に読むといいよ」

「あんた――結局何がしたいんだよ」

「僕の身の上話には興味が無いんじゃないのかな?」

「これまでとこれからは別だろ」

「これまでもこれからも僕は変わらないよ――四月朔日夷を、異端審問官(インクィジター)として正しく処分する。僕はそのために動いているし、それはお嬢も承知だ」

「だとしても、」


 眉間に皺を寄せる茜は食い気味に言及する。


「あんたの動きは一切理解できないし納得いかない。だったら何であいつの味方みたいな振りしてんだよ」


 嘆息した真言は、背凭れに体重を預けて吐き出すように告げる。


「魔術士にとって、契約は何よりも優先すべきだからさ」



  ◆



 ざくざくと(くるぶし)辺りの高さまで伸びた雑草を踏み付けながら、二人の少女は獣道を下っていく。


 前を歩く白い髪の少女は瑠璃色の地に金糸雀(かなりあ)色・檸檬(れもん)色・(かや)色の大小のラインが交差するタータンチェックのシャツワンピース――身頃と丈感が遥かに(おお)きい――を着ており、明るい灰色の細身のハイカットスニーカーが足を包んでいる。

 膝丈の裾が隠しているため見えないが、愛詩のたっての願いにより渋々白いショートパンツ――本人が持っていないため愛詩から拝借した――を履いている。

 背負った小さめのリュックサックは複数の和柄があしらわれ、下着や着替えとともに詰められた8種類の小瓶は音が立たないようにひとつずつがやはり和柄の手拭いに包まれている。


 そのすぐ斜め後ろを追う暗紫色の髪を右の横結び(サイドテール)に結わえた少女は、対照的に動きやすさに注力した格好だ。

 清潔感溢れる白いTシャツは左胸に濃いデニム地のポケットが付いており、スポーツ用のタイツの上に黒いハーフパンツを履いている。

 足元のスニーカーも、長時間歩いても疲れないような底が衝撃を吸収するタイプのものだ。しかし山道は流石に慣れていないのか、息を荒げながら進んでいる。


「え、夷ちゃんって、意外と、歩くの、早いねっ、――」

「あ、ごめん。考え事してたから早歩きになっちゃった」

「ううん、私が、もっと、早く、歩くから――」


 愛詩の歩が遅れているのには、両者の装備の違いもある。愛詩のリュックは大きくそして重い。その上、弓を入れた筒状のバッグすら担いでいるのだ。

 それに対し夷のバッグは前述した通り。両者の装備の重量は実に10kg以上の開きがある。


「じゃあいとちゃんも順調に疲れてきたところだし、まずは小手調べ的な感じで躰術の訓練行ってみようか」

「たいじゅつ?」


 進行速度を緩めた夷は語りながら歩を進める。愛詩も半分以下となった歩調を揃えて、真横に並んで説明を聞きながら足を運ぶ。


「躰術って言うのは、体内に存在する霊銀(ミスリル)に直接作用して、一時的に身体能力を向上させる魔術の系統のこと。霊基配列を組み替えて術式を展開するんじゃなくて、身体の各部位(ポイント)霊銀(ミスリル)に直接指示を出す、っていうのがミソ」


 こくこくと首を小刻みに縦に振る愛詩に、次いで夷は歩く際に用いる筋肉と関節を意識するよう指示を出した。

 人間は日常的に行っていることは無意識に行っていることが多い。しかしここで重要なのは、無意識に動かしている筋肉・関節を意識することだと夷は説く。

 言われるままに愛詩は自らの身体の隅々を意識し、そして動作ひとつひとつを分解する。


 上半身なら肩・上腕・肘・前腕、胸・背中・腰。

 下半身なら太腿・膝・脛・脹脛・足首・踵・土踏まず・爪先。


 その動きを意識しながら、無意識に行っているボディイメージと合致させていく。

 動きの無駄を削ぎ落して洗練させ、無意識が行っているそれに近付けるのだ。


「はい、じゃあその動きに、霊銀(ミスリル)を付随させるー。今はなるべく疲れないように、筋肉に溜った乳酸を霊銀(ミスリル)で吸着して排出する感じかな」


 乳酸の溜り具合など見れるものではないし感覚しようが無い。しかし確実に筋肉には乳酸が溜り、それが疲れを齎しているのだと。

 脳裏でそのイメージを反芻し、そしてそこに虹色の輝きが凝り固まった乳酸と結びついて表皮へと浮上し、皮膚を透過して排出されるイメージを加える。


「うんうん、その調子、その調子」

「――はい」


 イメージを繰り返し身体に伝え、段々とそれが繰り返すごとに鮮明になっていくと同時に――太腿の重さが、確かに和らいだ。


「どうせなら瞳術も行っておこうか。自分の弦を視るように、両足を視て」

「――わぁっ」


 双眸に集めた霊銀(ミスリル)により、霊銀(ミスリル)を視覚する能力を得た瞳は太腿を跋扈する霊銀(ミスリル)の軌跡を捕捉する。虹色のそれは縦横無尽に太腿を駆け巡りながら段々と黒く色褪せ、そして皮膚から外部へと排出されて霧散した。


「呼吸忘れずに。今いとちゃんは皮膚呼吸による霊銀(ミスリル)の排出もやってるから、体内の霊銀(ミスリル)濃度が低下してるんだよ。大きく吸ってー」

「すぅぅうー……」

自然(ナチュラル)に呼吸もこなすね。きみは本当に才能の塊だなぁ」


 魔術士の呼吸法を、夷は愛詩に教えてなどいない。そして愛詩はそれを、絲士からも習っていない。

 ただ愛詩は、“体内の霊銀(ミスリル)濃度が低下してる”という言葉を聞きつけただけで、本能的にその方法を直感したのだ。

 そしてそれは決して、彼女に宿る魔術士の才能が引き起こしたことなどでは無いことは夷も承知している。


 夷の考えでは愛詩のそれは才能などではなく、寧ろ災厄と呼べるものだ。糸遊愛詩という稀有な弦術士が、それに到達して弦術師となった時――きっと糸遊愛詩は後悔するだろうと夷は予感していた。

 しかし愛詩の後悔など、夷の目的には関係の無いことだ。夷の目的を果すためには愛詩に弦術師になってもらう必要があり、そのためには弓削家の問題を()()()方法で解決する必要がある。それを愛詩がどう思うかなんて二の次どころですらない。


 魔術学会(スコラ)に所属する魔術士は勿論のこと、そうでない魔術士ですら、魔術を修得する際に必ず強く言われることがふたつある。


 ひとつ。魔術士は目的を履き違えてはならず、そして目的のために手段を選んではいけない。

 ひとつ。魔術士にとって契約は、自らの命を始めとする全てに優先されなければならない。


 懸念があるとすれば――それは愛詩が、土壇場で弦術師に成り損ねることだと、夷は心の中で独り言ちた。



  ◆



「いやだから、あんたの身の上話に興味無いんだって」

「ふぅん、頑なだね――普通はここで、過去回想とか入るのが物語の常道(セオリー)だってのに」

「あんたらの筋書(シナリオ)に載ってやるつもりなんか無いっての――これ、返すわ」


 言い捨て、茜は読み終えた5冊目のノートを積み重なる上に放るように載せた。


「ったく、とんだ時間の無駄じゃん」

「そう?僕はいい気分転換(デート)だったつもりだけど」

「はぁ?ありえねー」

「つれないなぁ」


 カップの中の冷めきったコーヒーを飲み干し、背凭れに預けていたリュックを背負って帽子(キャップ)を深く被る。

 そうして椅子を引いて立ち上がった茜は、空のカップの載ったトレイを所定の場所に返却すると、溜め息を吐いてコーヒーを飲む真言の背中越しに別れの言葉を告げる。


「じゃーな。……全部片付いた後で、何も考えずにガチバトルってんなら楽しいデートになりそうだけど」

「ははっ――じゃあ、全部片付けてから誘うとするよ」

「……おう」

「じゃあね、“空の王”君」


 スニーカーの靴音が遠ざかっていくのを聞き届けて。

 阿座月真言は、()()()()()()()ブラックコーヒーを喉に流し込んだ。

なるべく25話で終わらせるようにしますが

超えたら「あー……」とか思っていただいて結構です。


→次話、7/12 0:00公開です。


宜候。

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