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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅴ;幻術 と 弦術
116/300

Track.5-16「今じゃなきゃ、絶対に駄目なの」

「失礼します」


 ドアが開くと同時に石動さんと四方月さんが立ち上がった。あたしも慌てて二人に倣う。

 現れたのは3人。先頭の男の人はあたしは知らないけれど、鍛え過ぎているのか着込んだスーツがパンパンだ。黄色く染め上げた髪を短く刈り込んでいて、顎鬚を整えている。

 続いて現れたのはRUBY(ルビ)の運営スタッフの中でトップの人だ。名前は斎藤さん。小太りでメガネをかけている、40代の冴えなそうな見た目。

 最後に現れたのは――RUBY(ルビ)一期生にしてリーダーを務める、土師(はぜ)はらら。まさか彼女が来ると思っていなかったあたしは面食らうけれど、それは相手も同じだったようだ。


「あれ?え、森瀬?」

「リセ――」


 何と言っていいのかわからないあたしの隣で懐から名刺入れを取り出した石動さんと四方月さんが前に出る。


「積もる話も、もしかしたらあるかとは思いますが、まずは自己紹介とさせていただきます。株式会社クローマーク中央支部、支部長の石動と申します」

「同じく、クローマーク技術開発部の四方月です」


 流石にあたしに対する驚愕よりも社会の礼儀を優先するようで、パンパンのスーツに身を包んだ社員と斎藤さんが名刺を取り出した。


「リーフ・アンド・ウッド合同会社の煤島(ススジマ)です」

「運営スタッフリーダーの斎藤です」


 よろしくお願いします、の言葉とともに名刺が交差する。

 そしてテーブルに着くと、椅子に腰掛ける前に土師さんが頭を下げた。


「申し遅れました、RUBY(ルビ)リーダーの土師はららと言います。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 すると四方月さんがあたしの右わき腹を小突いた。だからあたしも、土師さんの言葉が終わったのを見計らって口を開く。


「……申し遅れました、今回の魔術警護に参加します、クローマーク調査チームFLOW(フロゥ)の調査員、森瀬芽衣です」



  ◆



 自分自身の力でどうにかして“弦を張らない”ようにすると(のたま)った愛詩は、帰り道の間ずっと逡巡を繰り返していたが、一度《《それ》》を決めてしまうと行動に移すのは早かった。


「お父さん、お母さん、お話があります」


 突然の申し出に、愛詩の父も母も納得はしなかった。

 当たり前だ。いきなりこのタイミングで、学校を休み、家も離れると言うのだ。理由を聞いても、魔術の話はこの両親には珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)だった。

 だから納得しない両親の前で、愛詩は弓と矢とを弦創して見せた。両親は魔術士では無いため愛詩の両手から迸る虹色の弦は見えなかったが、その奔流が弓と矢とを創り上げると手品のように突然現れたそれにひどく驚き、触ってその感触を確かめると、もう信じるしか無かった。


 それでも両親は納得しなかった。可愛い愛娘がいきなり魔術士になったかと思えば、その修行をするために家を離れなければならないというのはやはり受け入れられる許容の限界を超えていた。

 魔術士になってしまった、まではいい。人にはどういった才能があるのかなど判りようが無い。突然芽生えることもあるだろう。しかし将来それが何になるのかよく判らない魔術士の修行よりも、大学受験の方が両親にとっては大事だった。勿論それは、愛詩の将来を思ってのことだった。流石に愛詩もそれは解っていたし、自分がどれだけ荒唐無稽なことを言っているのかは十分承知だ。


 そして愛詩に、こうなる予想が立っていなかったわけでは無い。しかしこのタイミングでなくてはならないという確信めいた予感があった。

 だから話し合いが頓挫しないよう、“家出”という最終手段をちらつかせた。すると両親は押し黙り、顔を見合わせた。


「お願いします。今じゃなきゃ、絶対に駄目なの」


 これまでに愛詩は、普通から逸脱したことなどしてこなかった。少々慌てすぎなきらいはあるが、品行方正、成績も優秀な方だ。反抗期などあった(ためし)もない。だから両親はそんな彼女がこんな風に大それたことを申し出ることが俄かに受け入れられなかった。

 しかし結局は、そんな彼女の言葉だからこそ、両親は信じることにした。


「ただ、条件がある。魔術の修行をしなければならないのなら、先生みたいなのがいるんだろ?その人を、連れて来なさい。難しくても、せめて電話でお話をさせなさい」

「わかりました」

「そしてそれは、出発の日から二日以内だ。それが出来なければ即座に帰って来てもらうし、帰らないようなら警察に行方不明届を出して探してもらう。勿論、都度都度でどこにいるのかは連絡してもらうし、それが無い場合もやはり警察に届け出る」

「わかりました」

「――本当に、行くの?」


 母親が心配する表情で訊ねる。愛詩は自信ある微笑みを見せてこくりと頷く。


「言われたことはちゃんと守る。約束だし、私は自分の言葉に嘘は吐きたくないよ」


 そうして許可をもぎ取った愛詩は、早速自室で荷造りを始めた。幸い、絲士の家にお邪魔した時に持参した鞄は中身がそのままで残っていたため、それをそのまま流用することにした。


 翌朝、いつもよりも一時間近く早く起きた愛詩はお風呂に入った後で身支度を確認し、キッチンでいつもよりも早く朝食の準備をする母親に呼び止められた。


「ちゃんとご飯は食べて行きなさい」

「うん、ありがとう」


 そして両親に別れを告げて玄関を出た愛詩は、つい二週間前に訪れた弓削邸を訪ねる。

 逆算して、おそらく絲士が通学するために家を出るあたりの時間帯を狙ったのだ。

 最悪絲士に会えなくても良かった。だから愛詩は、ちょうど玄関から門までの道に出てきたその使用人に声をかけた。


「あの」

「――はい、お久しぶりでございますね」


 その褐色の肌を持つ長身の執事は、白い手袋で門を開けて出て来る。


「絲士さんならもう出てしまわれましたよ」

「そうですか――いえ、いいんです。あの、これを」


 告げて、鞄から取り出した封筒を差し出した。


「これを、弓削君に渡してください」

「……一応、念のために中身を改めさせてもらっても大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。勿論危険なものは入って無いですし、中身も、読んでもらって構いません」

「そうですか。ありがとうございます。確かに、受け取りましたよ」

「いえ、こちらこそ――ありがとう、ございます」


 頭を下げて踵を返す愛詩。その背を見送り、自らも踵を返したアリフはその封筒を眺めた。

 それは、紛れもなく愛詩に鞄を返す際に、自らが添えた手紙だ。

 封を開け、便箋を取り出す。


『拝啓 糸遊愛詩様

 先日は弓削家へ遊びにいらしていただいたのにも関わらず、十分なおもてなしを出来なかったこと、お詫び申し上げます。また、いち使用人に過ぎない私めがこうして筆を執ること、どうかお許しください。


 本題を申し上げますと、絲士さんと愛詩様はお互いに住む世界が違います。

 もうご存じかとは思いますが、絲士さんには将来を誓ったお相手がおり、そして約束された未来があります。

 今後は、そのことについてご配慮いただきますよう。 敬具』


 そう記された下の空白(スペース)に、女の子らしく丸くもしっかりとした筆跡で刻まれた文章があった。


『その節はありがとうございました。

 ですがあと一度だけ、お邪魔させてもらうつもりです。

 私が“弦を張らない”ところを、弓削君に見てもらいたい。そして彼を、安心させたいと思っています。

 もちろんそれ以外は、配慮を重ねます。

 レモンティー、美味しかったです。 糸遊愛詩』


 それを読み終えたアリフは鼻で笑い、封筒と便箋とをともにぐしゃりと握り潰すと、紙屑となったそれをスーツのポケットに入れた。





「それで、こんな平日から現れた、ってわけか」


 7月は昼が長い。しかしすでに日は落ち切り、空には濃紺に白を塗した様な星々がきらきらと輝いていた。


「はい、あの――そちら様の事情も訊ねずに来てしまって、申し訳ございません」

「いいよ。言ったでしょ?わたしも、ちょうどきみみたいな弦術士探してた、って――で、ご両親に挨拶しないといけないんだっけ?もう今から飛んでったところで電車も無いだろうし、今日は泊まっていきなよ。明日の朝イチで新潟飛ぼう」

「あ、はい」

「きみがちゃーんと筋通しているからにはさぁ、わたしもちゃんと通さないといけない感じでしょ?出来ればちゃちゃっと家出とかして来て欲しかったなぁ」

「あ、ご、ごめんなさいっ」

「じょーくじょーく。でもさ、もっかい訊いていい?きみは何で、魔術の修行をしたいんだっけ?」

「えっと――“弦を張らない”姿を、弓削君に見せて安心してもらうため、です……」

「それなんだよねー」


 大げさに溜め息を吐いた夷は、ぎらりと光る双眸で愛詩を見据えた。

 先程まで上がっていた口角は下がり、可愛らしく微笑んでいた顔は、今や獲物を見つけた虎やライオンのように鋭い。


「あのさぁー――幻術士(うそつき)舐めてんなよ」

「え――」

さーて。きな臭くなってきました。


→次話、7/8 0:00公開です。


宜候。

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