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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅴ;幻術 と 弦術
105/300

Track.5-5「先輩は魔術士、それも弦術士では無いですか?」

「森瀬。気持ちは分かるけど取り合えず座れ。目立ってんぞ」


 茜に言われ座った芽衣だったが、その間も画面から目は逸らさないでいた。

 アナウンサーは淡々と、事件の詳細を告げる。


『昨日、都内で行われたアイドルグループ、RUBY(ルビ)の握手会にて、会場の一部から出火する事件がありました。通報を受けた消防隊員がかけつけましたが、火は会場スタッフらによって消化され、グループのメンバーや来場客に怪我人はありませんでした。握手会は中止され、出火の原因は未だ不明、とのことです』

『いやぁ、出火の原因が不明ですか』

『どうやらそのようですね。会場の電気系統に整備不良等が無かったか、原因究明を急いでいる模様です』

RUBY(ルビ)と言えば今や飛ぶ鳥を落とす勢いのアイドルグループですが、しかし怪我人がいなかったことが救いです。次のニュースに参ります。アメリカでは――』


 話題が切り替わったところで漸く振り向いた芽衣の顔は傍目にも青いと判るほどだった。

 つい先程見た記憶の中で――芽衣は一人違う場所で見ていたが――その日は、元同級生によって首を掻っ切られた芽衣が命を失った日だった。仔細は大幅に違ってはいるが、全員がその映像を思い起こして食指が止まる。


「うおっ!?」


 そんな中、航のポケットに入っていたスマートフォンが振動し、慌てて航は画面を操作して受話する。


「はい、四方月です。――え、あ、はい。――――はい!?――――解りました。すぐに向かいます」


 通話を切った航はスマートフォンをポケットに仕舞い直すと、まだ半分も残っているカレーライスを勢いよく口に詰め込み出した。


「四方月さん、どうされたんですか?」

「くーにひごとがはいっへ、ふぁぅいへおいかないお」

「急に仕事が入って?……その後は僕でも判らないな」


 言術を齧っているせいか、その言葉を聞き取れたのは初だけだ。

 航は兎に角食べかけのカレーをものの数十秒で掻き込むと、咀嚼も半ばにコップの水で喉の奥へと流し込む。

 タイミングよくリリィが紙ナプキンを差し出し、それで口を拭ったと思ったら食器の載ったトレーを持って席を立つ。


「森瀬、安芸、取り合えず隙見て連絡する」


 去り際にそう言い残し、航は足早に食堂を出ていく。


「お疲れっしたー」

「お疲れ様でーす」


 その背中に向けて残された者達は口々に声を掛けたが、芽衣だけは一人俯いて何かを考え続けていた。



  ◆



「え、ま、……待ってたの?」

「あー、はい。ちょっと、話したいことあったんで」


 弓削(ユゲ)絲士(イトシ)。奇しくも同じ読みの名を持つ彼は、愛詩が弓道場から出てくるのを待っていた。

 5月ももう終わろうと言うのに桜色塗れとなっている愛詩の脳裏は、実に都合のいい展開の妄想を膨らませ、目は前を、絲士の方を向いていると言うのに現実を映せないでいた。


「実は……俺……先輩のこと……っ」

「え……っ?」


 ――ドン。弓道場の壁に寄られ、所謂“壁ドン”の餌食となる愛詩。絲士は壁についた腕を撓めながら徐々に顔を近付け――


「あの、もしもーし?」

「はっ!」


 妄想だった。


「あ、わわっ、ごご、ごめんなさいっ」

「あ、いえ……疲れてるところすみません。でも俺的には、今日どうしても話しておきたくて」

「う、うんっ、大丈夫。あ、でも鍵、返しに行かなくちゃだから……」

「一緒、着いてっていいですか?」

「あ、ひゃ、え、あ、う、うん。うんうんっ、勿論っ」


 二週間ほどお預けを喰らい、(あまつさ)え一度は諦めもした恋愛感情は、その対象が目の前にいるという事実にいとも容易く言語中枢を弛緩させ、身体の各所に備わる筋繊維への指示命令系統を混乱させた。

 結果愛詩の言動は挙動不審そのもので、その時の愛詩を形容する言葉としてはあたふたとしどろもどろの二語が最適だった。


 弓道場から廊下を抜けて校舎に入り、職員室までの道をただただ歩く。

 絲士は先ほどから何度も話しかけようとしていたのだが、それにしても愛詩の歩行速度が思いの外早く、時折小走りになってしまい話しかけられずにいた。

 愛詩にして見れば自分がそのようなことになってしまっていることにも気付かず、胸の内はどきどきとばくばくが押し寄せて、脳内は数多の妄想が広がっては萎みを繰り返し、ただただ“どうしよう、どうしよう”だけを反芻している。


「先輩!」

「ひゃいっ!?」


 そして後方やや離れた所から掛けられた少しだけ大きな声に驚き、奇声を上げて振り返った愛詩は、職員室を5メートルも通り過ぎてしまっていた自分の愚かしさにあたふたし、気恥ずかしさで泣きそうな顔になりながら急いで職員室に駆け込んだ。

 慌てふためきながら鍵をそそくさと返却し、逃げ去るように職員室から廊下へと出てきた愛詩は、たったそれだけのことで息を切らしている。それを見詰める絲士はどうしていいかわからない、何とも微妙な表情だった。


「先輩、あの……落ち着いて下さい」

「うん、……そうしようと、思ってるんだけど……私、お、男の子とこんな風に一緒に歩いたりとか、そういうの経験無くて……」


 何を言ってるんだと思った時には大抵遅いものだ。

 愛詩は今しがた自分が発した謎の言い訳に心の中で自責するも、やおら大きな溜め息を吐いた思い人の姿に目を丸くしてしまう。


「俺を男の子として見てくれるのは嬉しいんですけどね。別に俺は今、一人の男としてあなたという女性と歩いているという認識は無いので、落ち着いてくれませんか」


 言葉は鋭い鉤を持つ鈍器のように、愛詩の心を穿っては揺さぶった。

 打ちのめされた愛詩は一瞬のうちに、何を言われたかよく解らないといった心理から諦観へと推移(シフト)する。

 もはやそうしなければ、この場では立っていられなかった。

 幸い、諦観なら二時間ほど前に既に経験している。ごめんなさいと呟いて立ち上がった愛詩は、弓道部の一人の先輩としての表情と所作を以て絲士の隣に並び立った。


「それで、話をしたいって言ってたっけ……?」

「はい――」


 すっかり暮れて暗くなりつつある校庭を正門へと歩く。


「先輩は魔術士、それも弦術士では無いですか?」


 聞きかじりの無い響きは、愛詩の歩む足を止めた。風が立ち木々の葉がゆれ、俄かに騒めき立つ。しかしその音は愛詩の鼓膜を揺らしはしない。


「魔術士って?……弦術士?」


 鸚鵡返しのように繰り返しても、愛詩には絲士が何を言わんとしているのかが理解できなかった。そもそも、言葉自体に馴染みが無いのだ、当たり前だ。


 日本では他国に比べかなり遅く、2010年より一部の大学校で魔術学部が創設され、2013年に高等学校で魔術という選択科目が登場し、そして2016年より義務教育課程に魔術という教科が参入した。小学校5、6年生で魔術の簡単な歴史を学び、中学校に入ると魔術の適性を図って才あるものは魔術士の生まれでなくてもその基礎を学ぶことが出来るようになったのだ。

 しかし愛詩はまだ16歳の高校2年生である。タイミングの悪さ。どうしてもその世代は、新規参入した魔術の教育を十分に得られる機会に恵まれなかった。

 星荊学園に入ってからも、選択科目は同じ中学の同級生がいるからという理由で書道を選択した。魔術を使える友達もいなければ、魔術士という職業は、芸能人やセレブのような雲の上の存在だと認識していたのである。生活や文化に密接した、とても身近なものとは思っていなかったのである。


「やっぱり、そうですよね。ちなみに、中学での魔術適性のテストはどうでしたか?」

「え……?いや、覚えてないなぁ。でも、適性なんて無かったと思う」

「じゃあ先輩には、あの(いと)が見えていますか?」

「いとって……あ、あの、弓を射る時にたまに出て来る(ライン)のこと?――あ、そういえば、弓削君もさ、あの(ライン)出してたよね?」

(いと)は見えるんですね……」


 その答えに、絲士は「なるほど」と小さく独り言ちたと思うと、納得したような顔を見せた。

 異術士がそうであるように――あれは霊銀(ミスリル)汚染が原因であるため厳密には違うのだが――魔術を学習する適齢を超えた後で、霊基配列が固着せずに何らかのきっかけを得て魔術に目覚める者もいないではない。

 愛詩の場合は、射法八節によって完璧な会に入ったところでそれが発芽したのだと、絲士は自らの中で結論を弾いた。

 才能があっても、それを活かせる環境が無ければ努力のしようも無い。


 魔術士に生まれた全ての者に魔術の才が備わっているわけでは無いように。

 愛詩には魔術の才能はあったが、魔術士には生まれなかったのだ。

いちにちに にどもしつれん したことってある?(字余り)


→次話、6/27 0:00公開です。


宜候。

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