第三十二回 地雷
「このような現状でいいんだろうか、と思うんですよ」
都市型円盤――その居住区に設けられた喫茶店。
そこで八太郎は友人となった大学生と話していた。
喫茶店で、偶然同じ内容のニュースサイトを見ていたのがきっかけである。
火星人のもたらした無数の技術……一つである情報通信網。
それは、令和にも負けぬ勢いで、社会に流通している。
令和ではスマートフォンなどが使われているが。
こちらの歴史では、腕時計型、ないしは埋め込み型の情報端末が主流。
八太郎が持っているのは腕時計型である。
これらは、使用者の意思や命令に応えて、半透明の3Dボードを空中に展開。
基本その3Dボードを、タブレットのごとく使う。
電話や手紙、映像、音声。
それにソーシャル・ネットワーキング・サービス。
転生者である八太郎などの例外を除き、昭和の人々にはほとんど魔法だった。
しかし、人間の順応性は大したもので。
若い世代、特に子供は今や普通に使っている。
もちろん。
それに不安や拒否感を示す人間も多かった。時には、ロボットに対するよりも。
なので、今だラジオなどの需要は大きかった。
そのラジオも、今や量子通信によるもので、機能性も利便性も格段に向上しているが。
「いいんだろうかって、何に関して?」
「日本の、大和民族の行く先ですよ」
と、大学生は語った。
「ふーん?」
「今の日本人は、言ってしまえば火星人の家畜です。軍事どころか政治も経済も、全てを支配されている。自主独立の国とは言えんです」
「まあ、それは確かに。完全に占領されてますからね」
「そうです。しかも、世の民衆はそれについて疑問にすら思わなくなっている」
「なるほど……。そういう部分もありますね」
長い物には巻かれろ――と言うのが世の常ではある。
第一、あらゆる点で市民生活のレベルは向上していた。
「今のままズルズルと行けば、牙を抜かれ、骨を抜かれ、手遅れになってしまう」
「……自立しているとは言えませんからね」
八太郎は適当に相槌を打ちながら、目の前の青年を見ていた。
よく言えば、国や民族を憂う真面目な青年ではあるだろう。
「とはいえ、技術力や科学力では差がありすぎますし。独立するとしたら、もっと相手の技を学んで、自家薬籠中の物にしてからじゃないですか」
「現実的な意見です。確かにその通り、正論でしょう」
大学生はうなずいた。
ただ、その表情はとても重苦しい。
それにしても、この青年は年下の八太郎にも敬語で話すのだ。
「ですが、それは一体いつのことです?」
「うーん。日所に難しい問題ですよねえ……」
と、八太郎は腕を組んで天井を見上げた。
「江戸や明治から始まった西洋に対してのアレでも……。追いついたのは、いや、そもそもの
話、追いつけたと言えるのかどうか…………」
確かに大正期の東京など都会は発展していた。
けれども、地方へ目を向ければ、どうか、である。
他の国にもそれはあるだろうが、大きな差があったものだ。
日本人が、完全に火星人の技術を理解して、ものにするには――
百年、二百年。あるいは千年かかるかもしれない。
「その間に、大和民族は完全に支配されてしまうのではないですしょうか」
青年は言った。
「もはや自分たちで政治を行うという意識さえ消えるのでは?」
「んー……」
少なくとも、前時代の議会や官僚の復活は望むかどうか。
(まあ、ありえんだろうなあ……)
そう八太郎は思っている。
今でも自治権を求めている人間は大勢いるし。
小さな範囲ではあるが、それらしいものの復活はわずかに見られている。
学校の生徒会とか学級委員とか、あるいは町内会とか、ではあるけれど。
だが、国政などは相変わらずの状態だった。
そもそも、大多数の国民は政治家を信用していない。
不満や不支持も少なくはないが、全体的には火星人の統治は圧倒的だからだ。
派閥争いもせず、個人的なイデオロギーも優先するでもなく、不正もしない。
ある意味では、理想的な支配者だからであろう。
また、天皇及び皇族をないがしろにしていないところも大きい。
震災とそれに続く不況で人心が離れていたタイミング……もあったのだろうが。
「それでは、ただ飼われているだけの犬猫と同じですよ」
「確かに……」
もし、火星人の統治がなくなれば、あっという間に崩壊するであろう。
少なくとも、今のままの技術や思考では。
「そうならないために、学生がもっともっと学ばんといかんのじゃないですか?」
八太郎は、それらしいことを言ってみる。
それでも、正論ではあると思う。
明治前夜に、多くの若者が西洋に対抗するため、西洋を学んだように。
「その通りだと思いますが……。ですが、あまりにも……」
「あまりにも?」
「時間が足りなすぎる」
「そんなに急ぐ必要があると?」
「力が身に着く前に、民族の魂が死んでしまうのではないかと――」
「……」
何だか、国粋主義みたいなことを言うが、八太郎にはおぼろげにしかわからない。
まあ、この学生はまじめで愛国者なのだとは思った。
それだけに、今の世の中は生きにくいのかもしれない。
――。
日本との国交が途絶え、中国大陸での戦争が長引く中で――
米国で消費される軍事費は増大するばかりで、減ることはない。
最新のヘリコプターやジープを投入しても、それでもなお中国は広大だった。
敵味方、非戦闘員との区別も曖昧なまま、片っ端から撃つ。
黒人を始めとする有色人種を使い潰し続けても、戦火は広がるだけ。
敵の潜む場所をなくすため、森林を焼き払う。
そんな中で、ヘリが岩地の影から狙撃されるということもあった。
やがて。
我が物顔で走る米軍のジープにも、陰が差し込んでくる。
地雷。
アメリカ同様、火星人との接触で飛躍した技術。
それが、高機能高性能の地雷を生み出した。
史実でも多く使われ、そして問題と悲劇を生み出した兵器。
この世界線においても、牙をむき出したわけである。
その性質上ヘリには効果がない。
だが、ジープや歩兵には恐ろしいものとなった。
これによって、米軍の中国侵攻はよりままならぬものに。
我が物顔で突っ込んでいけば、すぐさまスクラップと死体、あるいは負傷者を出す。
それでも、救出される白人兵士はまだ良かった。
有色人種の兵士は放置か、下手をすればその場で処理されるケースも少なくない。
後方へ連れ戻されても、扱いは悲惨だった。
死ぬか、動けない場合は『まだマシ』で。
運が悪ければ、地雷地帯へと突撃させられることもあった。
地雷は一度爆発してしまえば、それきりなのだから。
もし拒否すれば、後ろから弾丸が飛んでくる。逃げても同じ。
いや、そればかりか母国の家族の扱いがどうなるか。
悲惨な兵士たちは、白人を呪いながらヤケクソで突撃するしかないのだ。
ヘリがあるとはいえ、ジープほどに操縦も整備も楽ではない。
作るにも予算を食う。
こんな中で、米軍がとった行動は――
中国の現地人を使って、地雷を除去させることだった。
除去というか、要するに地雷原へと突っ込ませるわけだが。
米軍の有色人種たちも、自分がそうならないために、そうするしかない。
「元々、チンクどもの地雷が原因だ」
そういう理屈だった。
こうなると、当然中国人たちの憎悪、反米意識はさらに燃え上がる。
すでに取り返しのつかないところまで来ていたのに。
と、なれば共産党にとってはさらにつけ込みやすくなる。
この惨状を、後ろにいるソ連はまた利用し始めた。
マスメディアを使っての、『宣伝』。
アジアはもちろん、欧州にもばらまいた……のだけれども。
欧州各国にとっても、中国は絶好の狩場であり、餌場であることは同じ。
しかし、満洲での利益が第一にアメリカ、次いでイギリスという現状。
もっと、取り分を得たいと言うのは自然な発想だった。
が、アメリカに代わって戦う、兵を出せるのかと、言えばNO。
せっかく美味しい餌場ができたのに、今さら軍事費で失いたくはなかった。
また、アメリカのように『使い捨てられる都合の良い兵士』もいない。
理想としては、荒事だけをアメリカにやらせ、美味いところだけ得る。
これがもし日本であったら、人道の旗をかかげて非難したかもしれないが。
疑問や批判がわずかに上がりはしたものの、表立って同調する国は、なかった。




