第二章 第四話
「おい、黒沢。
お前、一体何をやったんだ?」
退院してから三日ほど経過したある日の午後。
速人は級友に突然、そんなことを尋ねられた。
「……何の、話だ?」
突然の質問に、速人は答える術を持ち合わせていなかった。
少しだけ考え込んだものの、相手が何を尋ねているのか理解出来ず、質問に質問を返すことにした。
「いや、お前のことを聞かれたんだよ。
妙な黒服の連中に……」
「あ? お前もか?
俺も聞かれたんだよな~」
「ああ。あの怪しい連中だろ?」
「……ちょ、ちょっと待て!」
だが、速人の質問に対する級友の答えは、更なる級友の答えを連れてきた。
級友たちが揃って自分を担いでいる訳でもなければ、ふざけている訳でもないと、今さらながらに理解した速人は慌てた声をあげる。
「どういうことだ、それは?」
身に覚えが少ししかなかった速人は、慌てて級友たちの話に耳を傾ける。
速人の質問も漠然としていたため、級友たちの答えは要領を得ていなかったのだが、何度か同じ話を聞いていく内に、速人は何が起こっているかを何となく理解した。
……つまり。
一、速人のことを調べ回っている連中がいるらしい。
二、そいつらは黒い服を着て、周囲一帯を聞きまわっている。
三、そいつらは質問に答えれば、幾ばくかの小遣いをくれるらしい。
四、その所為で級友たちはほぼ懐柔され、個人情報はだだ漏れ状態である。
五、相手の正体は不明である。
……というのが、級友たちの話から理解できたことだった。
金で級友の情報を売り払うとは、実に友達甲斐のない連中である。
「ちょっと! 速人!
あんた、一体何をやらかしたのよ!」
どうやら、速人と同じ噂を聞きつけたのだろう。
従妹の環が速人のところへ走ってきた。
その表情といったら、先ほどの速人の慌てぶりと比べても甲乙付けがたいほどで。
「いや、それはもういいから……」
……そのお蔭だろう。
速人はさっきまでの動揺をどこかに忘れたかのように、冷静に突っ込みを入れる。
「いいってことはないでしょう!」
そんな環の喚き声を聞き流しながらも、速人は窓から校門を睨みつけていた。
──相手が何の目的かは分からないが、どうやら速人はこれから、登下校時には身辺に注意しなければならないらしい。
「……動くな」
だけど、そう決意して僅か数時間後。
速人は見事に黒服の連中に取り囲まれていた。
平和ぼけした素人が注意を払ったところで、何の役にも立たないという見本であった。
正直な話、普通の人間としてみれば「狙われている」と言われても何に注意を払えば良いのかすら分からないのが現実である。
「……な」
速人は驚いた声を上げていた。
実際、その連中は速人が逃げるどころか、助けを求める声一つすら出せないほど、何の気配も見せずに現れたのだ。
……その挙句、背後から何か硬質のモノを押し付けられたのだから、彼に抵抗する術なんてあろう筈もない。
黒沢速人という少年は、ちょっとした超能力を使えるようになっているとは言え、所詮はただの高校生なのだから。
──まさか、銃か?
背中の硬質な感触に、そんな訳はないと思いつつも、速人は唾を飲み込む。
実際、この夏の初めのくそ暑い季節に真っ黒な服を好んで着るような連中だ。
日本国憲法とか法律とかが通じるような相手とは思えない。
いや、背中の感触が本物であるという確率がコンマ数%だったとしても、賭の元手が自分の命である場合、そうそう賭けられるものでもない。
(でも、俺なら……)
あの能力があれば、こいつらなんて簡単に……と、速人は考える。
……だけど。
ゲームでさえ堅実なプレイが染み付いている速人である。
超能力と言っても、花瓶に数センチの穴を開ける程度の、ほんの一秒も発動しなかった能力に命を賭ける気にはならなかった。
「……さぁ、乗ってもらうぞ」
結局、黒服の連中の言うとおりに少し歩き、路上に止めてあった大きな黒い車に乗る。
窓まで念入りにスモークの張られているものの、高級車という感じの車だった。
そして、速人を乗せたままその黒塗りの車は動き出す。
不安ではあったが、周囲を黒服の連中が固めている。
──運動が得意という訳でもなく、喧嘩にすら慣れておらず、いざという時のための装備がある訳でもなく、天才的な頭脳を持つ訳でもない。
そんな黒沢速人という普通の一少年に何かが出来る訳もない。
……結局、その非常に楽しくないドライブは、三十分ほどの間、続いたのだった。




