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第六章 第七話


「ここまでは、問題ないわ」


 雪菜は脂汗を流しつつ、目の前にある筈の気体を見つめる。


 ──一酸化二水素。


 即ち【水】を原子分解し、水素のみを抽出。

 水素原子を陽子・中性子レベルで分解・再加工。

 ……【三重水素】を作り出したのだ。

 隣では碧が、無防備な雪菜を狙う魚人どもを次々と屠っている。

 だが雪菜は、目の前にある筈の『見えない物資』を維持するのに全集中力を注いでいるため、メイド姿の従者のことまでは気が回らない。


「次は……『一点に集まれ!

 そして、電子よ、もっと速く!』」


 雪菜の『命令』が、三重水素に圧力をかけると同時に電子速度を上昇させる。

 正直な話……この辺りから命令を下している雪菜自身にも、目の前で何が起こっているのか理解出来ていなかった。

 セラの造った模式図によって何となく脳裏にイメージが浮かぶ程度である。

 ……だが、彼女は自らの命令がどういう結果を生むかということだけは理解している。

 そして、超能力という力を使うには、その『結果を望む心』こそ最も重要なのだ。

 雪菜が突き出した右手の先では、球状に空気が揺らいでいて……彼女が作り出した『ソレ』がそこに存在しているのが分かる。


「速人さん!」


 準備が完了したところで雪菜は叫ぶ。

 その声が聞こえたのだろう。


 ──一瞬だけ速人の動きが鈍った。


 ……その次の瞬間。

 速人は触手の薙ぎ払いの直撃を受けて、敵の本体から遥かに吹っ飛ばされていた。

 彼は水面を高速で転がったかと思うと、船に直撃して跳ね上がり、そのまま二人の遥か後ろの民家に突っ込んで消える。

 正直な話、それは……幾ら夜魔(ナイトゴーント)の身体が頑丈に作られているといっても、絶望的なダメージに思えた。

 そして、その光景を見た瞬間。


「う、う、あ、ああぁぁぁあぁ」


 雪菜の思考が完全に止まる。

 辛うじて、能力によって繋ぎとめている『ソレ』は彼女の支配から離れていない。

 だけど……

 思考が凍り付いてしまい、雪菜はそこから何をして良いのかすら、分からない。


 ──もしも、自分が不用意に声をかけた所為で、彼が死んでしまっていたら?


 雪菜は……その事実を考えないようにするだけで精いっぱいだったのだ。


「お嬢様っ!」


 そんな主の様子を見た碧が慌てて叫ぶ。

 彼女も速人が吹っ飛ぶのを目の当たりにし、その絶望的な光景に一瞬思考が停止していた。

 ……だけど。


 ──彼女には自分の感情よりも大事な守るべきものがあるのだ。


「っ!」


 碧の悲鳴を聞いて我に返った雪菜は、一瞬で速人の吹っ飛んで行った先から目を逸らすと、眼前の巨大な化け物を睨みつけた。

 彼女もまた戦士として過ごした経験があった。


 ──仲間の死すらも……これが初めてという訳ではないのだ。


「~~~っっっ!

 喰らいなさいっっ!」


 何かを振り切るかのように雪菜はそう吠えると、右手の前に存在している『ソレ』を、敵めがけて放ち……


『ぶつかれっ!』


 叫ぶ。

 その命令に従い、彼女の支配下にあった大量の高温高圧の三重水素が一気に衝突を起こす。


 ──【核融合】。


 彼女の能力は、地球上の科学ではまだ実験段階のその原理を成立させていた。

 その化学反応によって産み出された膨大な熱量は、大気を一瞬でプラズマ化させる。


「くっ!」


 雪菜の手からソレが放たれた直後……碧は事前に打ち合わせしていた通り、自分で作り出した銀色の巨大な盾を持って、雪菜の前に出ていた。


「間に合えっ!」


 碧はそう叫ぶと同時にその盾のギミックを作動させる。

 盾の下から鋼鉄の杭が射出され、砂浜へと深く突き刺っていた。

 次の瞬間に訪れるだろう、凄まじい光と轟音と振動から……己の身と、そして主を守るために。


 ──そして、その次の瞬間。


 周囲一帯に浴びるだけで燃えるほどの閃光が訪れる。

 僅かに遅れて、次に鼓膜を突き破って脳を握りつぶすかのような轟音が響き。

 轟音と同時に、世界中の全てを打ち砕くかのような振動が彼女たちの身体を叩く。


「「ああああああああああ!!!」」


 あまりの振動、あまりの轟音に、二人の少女は叫ぶ。

 ……だが、その衝撃に晒されても碧は必死に歯を食いしばって盾を離さず、大地を強く踏みして己の身が倒れることを許さない。

 歯を食いしばって、自分の主を守るため、自分の起こした破壊を受け止めるため、もしくは、背後に吹っ飛んでいった仲間を庇うため、二人はその爆発に立ち向かい続けた。


 ──尤も、彼女達が立っていられたのは偶然や根性などではない。


 速人が敵の足止めをしている時に、雪菜は能力によって自分と化け物との間に、弧を描くように巨大な真空の断層を作っておいたのだ。

 真空の断層が最短距離での熱と音、そして振動の伝播を防いでいるからこそ、彼女達は死なずに済んでいる。

 尤も、雪菜自身、そうするようにとセラが言った通りにしただけで、それがどういう意味かは理解していないのだが……。

 また、同様にセラの助言を受けた碧が作り出した盾がなければ……二人とも放射線を浴びて致死量の放射線を被爆していただろうし、それ以前にあの凄まじい光を浴びただけで焼け死んでいただろう。

 雪菜の作り出した核融合は、それほどの規模のエネルギーを発生させていたのである。


「……そろそろ、大丈夫そうです」


 光を99%以上反射させる構造を持っていてさえ、手を焼け焦がすほどの高温となった盾を離し、碧は主に向かって声をかける。

 その声を聞いて雪菜は、恐る恐る瞼を開いた。

 瞼を通してさえ先ほどの閃光は網膜に焼き付いており、雪菜の視界は瞼を開いてもまだ何も見えないままだった。

 数秒後、やっと見え始めた雪菜の目に映った光景は、凄まじいの一言だった。

 海に浮かんでいた防波堤が、輪を描いたように切り取られている。

 先ほどの一撃で蒸発したのだろう海は未だに円形に蒸発した跡を残し、水面を平らに戻そうと凄まじい音を立てて渦巻いていた。

 そして、先ほどまで凄まじい威圧感を放っていたあの化け物は、何処にも存在していない。


「……勝った、の?」


 目の前の光景を見て、雪菜は呆然と呟く。

 事実、目の前に敵はもう存在していなかった。

 ……いや、動くもの一つ存在していない。

 次々と妨害のために襲ってきていた魚人さえ、あの爆発の前では耐えられなかったのだろう。

 周囲にあった漁村はその光を浴びた所為か、轟々と燃えている。


「ええ。

 ……勝ちました」


 目の前の光景が……いや、あの化け物に勝ったという事実が未だに信じられないのか、碧も魂が抜けたような言葉を主に返す。


「そうだ、速人!」


「……あっ!」


 それに最初に気付いたのは碧だった。

 そして仲間のことを思い出した二人は、あわてて背後を振り向く。


「……殺す気か、お前ら」


 そこには、瓦礫の中に埋もれて倒れ込んだ少年が上体だけを起こして呻いていた。

 たったそれだけの動作でも、今の彼には重労働だったのだろう。

 速人はそれだけ呟くと、瓦礫の中にまたしても倒れ込む。

 常人よりも遥かに頑丈な身体を誇る夜魔であっても、スーパーボール扱いされるほど吹っ飛ばされると流石に動けなくなるほどのダメージを被るようだった。

 と言うよりも、人間なら間違いなく死んでいる一撃を受けて、それでもまだ動ける夜魔の頑丈さを褒めるべきっだろう。


「これ……は?」


 そのまま、速人の下に駆け寄った雪菜は、彼の周囲を見て首を傾げる。

 何しろ、その漁村全ての周囲の建物は光によって焦げ、土は溶けてガラス状になっているのだ。

 だけど、彼を中心とした一帯だけは全く変化なく、瓦礫の山だったのだ。


「あの化け物を吹っ飛ばすくらいの爆発なら、絶対にやばいと思ったんだ。

 能力で咄嗟に防御して正解だった」


 瓦礫に倒れ込んだまま、速人はそう呟く。

 確かに全てを消しさる彼の能力ならば、光だろうがα線だろうがγ線だろうが中性子線だろうが関係なかったのだろう。

 化け物によって思いっきり吹っ飛ばされたことが、狂戦士と化していた彼に冷静な判断力をもたらしたというのは、ある意味皮肉な結果だったが。


「ふふ、ふふふふふ、よく、無事で」


「……お前が、それを言うか?」


 緊張の糸が切れたのだろう。

 能力を極限まで使い果たし地面にへたり込んだ雪菜は、笑顔のまま涙を流している。

 そこへ、速人は無粋にも突っ込みを入れたのだが、それくらいでは雪菜の涙も笑顔も動じなかった。

 もしかしたら、彼女が夜魔として過ごした丸一年間の緊張が……いや、彼女の人生全ての張り詰めていたものが切れたかもしれないのだ。


「……ったく」


 そんな雪菜を見て、速人も責めるのを諦めたのか、ゴロンとひっくり返り、空を眺める。

 空はどうしようもないほどに綺麗で、全てが終わった後の眺めとしては、十分過ぎるほどの眺めだった。


「……ふふ」


 そんな光景を、少しだけ離れて眺める碧。

 彼女の立場はあくまで従者なのだ。

 下手に主の感動に水を差すこともない。

 ……そう思って一歩下がっていたのだが。


「っ!」


 ──だからこそ、それに気付けた。


 消し飛んだ化け物の一部……尻尾の一本が、未だに虚空と繋がっていることに。

 ……恐らく、それは深い海中にあったため、さっきの爆発で消滅し損なったのだろう。

 もしくは、あの化け物の身体が大き過ぎたが故に焼き切れなかったのか。

 兎に角、『ソレ』は虚空に浮かび、そこからあの化け物が徐々に再生しつつあった。


 ──いや、どちらかと言うと……次々と『向こう側』から『身体を構成する物質』が送られてきているように見える。


 同時にそれは、今まで彼女たちが必死に戦っていた敵が『こっち側に出てきただけの、ただの端末に過ぎない』という証拠でもあったのだが……


「……ちっ!」


 敵に気付いた碧は慌てて銃を取り……サイズを考えて、対戦車用ロケットランチャーをスカートの中から取り出して、構える。

 と同時に、ソレが何を狙っているのかに気が付いた。

 千切れた尻尾は虚空との接続点を支点として一瞬弛んだかと思うと、先端から鉤爪を生やし、そのまま、細く鋭く変化しつつ一直線に空中を奔る。


 ──その狙いは……自らの体積の大半を焼き尽くした、黒いドレスの少女!


「お嬢様っ!」


 主の危機を叫んで知らせる碧。

 叫びながらもその一撃の直線上に自らの身体を投げ出すと同時に、ロケットランチャーを発射する。

 碧の一撃は、狙い違わず『こちら側』と『向こう側』の境に直撃した。

 その一撃で敵の『こちら側』にあった端末は消滅し……完全に『向こう側』との接続を断つことに成功したのだろう。

 何しろその瞬間に、ここら一帯に広がっていたあの強烈な違和感が完全に消え去ったのだから。


 ……だけど、彼女自身も無事では済まなかった。

 碧のメイド服も防刃繊維を兼ねているとは言え、限度がある。

 生憎と……凄まじい速度と重量で突き刺さって来る物質を止めるほどの防御能力は持ち合わせていない。

 馬上槍ほどのサイズにまで細く変化した敵は……


 ──彼女の胸を一直線に貫き通したのである。



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