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第六章 第二話



「特訓とは即ち、自らの長所を伸ばす。

 もしくは自らの短所を潰すことですわ!」


 ……結局。

 雪菜の特訓とやらへの説明はたったのそれだけだった。

 だけど、速人にも碧にも……そして雪菜自身にも説明なんてそれだけで十分だった。

 その一言だけで速人は頷いて出て行ったし、碧も一礼すると雪菜の部屋を辞したのだった。


 ──そして今。


 速人は机に向かって教科書をぼんやりと眺めつつ、自分の長所と短所を見つめ直していた。

 あの戦いから数日間、特訓と称して能力を乱発しつつ色々な使い方を試してみたのだが、いまいち上手く行かなかった。

 そこで気が進まないながらも電話で碧に相談してみると、「もっと具体的なイメージを持たないと効果はない」というニュアンスが込められたアドバイスが、助言一に対して罵声が九の割合で届けられたのだ。


(……『アレ』に勝つ、イメージ……か)


 こうして冷静になって考えると、どれだけ楽天的な状況を思い浮かべたとしても速人の脳裏には『アレ』に勝てる絵が全く浮かんでこない。

 それどころか、あんなのに対してよくもまぁ向かっていったものだと、今さらながらに身体が震えるくらいである。

 それでも……速人の頭の中では恐怖よりも戦いへの渇望の方が遥かに強い。

 速人にとって『アレ』との再戦は既に決定事項であって、逃げ出すとか諦めるなんて選択肢はそもそも存在していなかった。


(長所と、短所、ね)


 雪菜に言われた通り、速人は思考を巡らせる。

 ……自分の長所。

 まず、この能力(ナイトメア)の破壊力だろう。

 防御無視の絶対的な破壊を与える能力。


(……それと、暴走するところか)


 アレに対して恐怖で竦むことがない。

 ……いや、恐怖を怒りが圧倒する。

 それが黒沢速人という少年の長所だった。

 逆に短所を考える。


 ──すぐに血が上るところ、か?。


 だが、これは長所と隣り合わせだから切り捨てられないだろう。


(後は……能力の形状と限界が弱点かな)


 今のように、たった人間一人消し飛ばす程度のサイズしか作れないのでは話にならない。

 ……つまり、『アレ』を完全に消し去るほどの、一撃を。


「ちょっと、速人っ!

 あんた全然進んでいないじゃないの!」


 ようやく糸口を見つけようとしてた速人の思考は、突然鼓膜を破きそうな少女の甲高い叫びによって妨げられた。


「何のために宿題一緒にやってるのよ!

 もうちょっと真面目にやりなさい!」


 そう叫んだのは速人の正面に座っていた従妹の環である。

 隣に住んでいるからこそ出入りが自由で……夏休みの間、涼しくなった夜にこうして宿題を一緒に解くのは恒例となっていた。

 一応、この半年くらいはご無沙汰していたものの、一体どういう心境の変化なのか、ここ最近はちょくちょくこうして顔を出すようになってきたのだ。


 ──だけど。


(……うるさいな、こいつ)


 だけど、今の速人にとって宿題はただの紙の山でしかなく、それを強要する目の前の少女はやかましいだけの存在だ。

 ちょうど、朝の目覚ましくらいの感覚に近い。


「大体、あんたは昔からそうなのよ!

 もうちょっと……」


 あんまりやかましくて戦うための考えが妨げられるので、速人は衝動的に『コレ』を黙らせようと思いついた。

 その衝動に任せるように、目の前で喚いていた環の頭を掴んで自分の元へと引き寄せる。


「ちょ、ちょっと!」


 ……後は簡単だ。


 ──この両手にちょっと力を込めるだけで、さっきからやかましかったこの虫は潰れる。


 黙る。

 静かになる。

 ……永久に。


 ──ほら、コイツも餌食という覚悟が出来たかのように、目を閉じているだろう?

 ──なら、この細首をちょいとへし折るだけで……


「──っ!」


(ちょっと待て。俺は今、何を考えた?)


 速人は我に返ると、目の前の少女から、いや、自らの思考回路の、そのあまりもの邪悪から逃げるかのように、慌てて部屋を飛び出した。

 そのまま部屋に一人残された環は、逃げ出していった速人の足音に目を開き、目の前に誰もいないことに首を傾げ、少しの間現状を把握しようと固まり、ようやく事態を悟ったかと思うと……


「あの、馬鹿~~~!」


 と、家中に響き渡る大声で叫んだのだった。





「見つけたぜ、てめぇ」


 一方、家を飛び出した速人は、家を出てすぐに二十人ほどの集団に囲まれていた。


「あの時はよくもやってくれたな」


 そう速人に向かって獰猛な笑みを浮かべているのは妙なレッテルを貼ったライダースーツを着た連中だった。

 それと何処かで見たような面の若者が数人、速人を取り囲んでいる。

 暴走族か何やらのチームなのだろう。


「……あの時?」


「ああ? 覚えてすらないってのかっ!」


 本当に記憶の欠片にも残っていなかった速人が首を傾げると、何故かその連中は激昂して吠えていた。

 その怒声を受けた速人は……戦闘への期待に薄く笑う。

 痛みも恐怖もまだ感じていないというのに、自分が獰猛に……戦う時の自分へと変化しているのが明らかに分かる。


 ──さっきもそうだった。


 ただ鬱陶しいというだけで、蚊を潰すくらいの感覚で、従妹を殺しかかったのだから。


 ──だけど、この連中なら……


 流石に殺すのはまずいかもしれないが、殺さない程度にだったら壊しても、そう問題はなさそうだ。

 ただでさえ負け戦の直後。

 しかも仲間からの水入りの後で、暴れ足りなかったのである。


 ──この連中の訪れは、まさに渡りに船というヤツだった。


 相手が何を言っているのか速人には分からなかったが、こちらに敵意を向けているのだけは理解出来た。

 ……そして、それだけで速人には十分だったのだ。


「まぁ、どうでもいいか。

 ちょっと苛々してたんだ。

 ……憂さ晴らしに付き合ってくれよ」


 速人はそう呟くと、壮絶な笑みを浮かべ……周囲の目も法律も、自分の立場さえも考えないまま、その連中に踊りかかって行ったのだった。


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