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第五章 第四話


 その夜。

 暇を持て余した速人は街に出た。


 ──最近は何をやっても面白くないのだ。


 映画も、漫画も、ドラマも、アニメも、ゲームでさえも。

 今だって……退屈しのぎにさっきまで見ていた戦争モノの映画が原因で、退屈よりも戦闘衝動を抑えきれなったという方が正しいくらいである。


「どっかで何かいないものか」


 夜のアーケード街を歩きながら、速人は『獲物』を探して歩き回る。

 だけど、当たり前だが周囲には人間ばっかりで……殺し殺されるような獲物なんて何処にもいやしない。


「ん?」


 ふと。

 そんなことを考えつつ、歩き飽きた速人がコンビニの方へと足を運んだ時だった。

 コンビニ前に座り込んだ四人くらいの柄の悪い連中が、店に入ろうとした女性に絡んでいる。


「……ふむ」


(流石に殺すのはやり過ぎだろうけど、ああいうのならちと『壊しても』問題ないか?)


 自分の思考に一切の違和感を覚えないまま、そう結論を下した速人は……迷わずにその連中の下に向かう。


「ああ? 何だ、お前は?」


「やられたいのか? あぁ?」


 堂々と歩いてきた明らかに年下と見える少年に、そいつらは威嚇の声を上げる。

 ……だけど、速人はもう既に明らかな害意を抱いているのだ。


 ──威嚇や脅しで、どうこうなる存在ではない。


 それに気付けなかったのが、正面に立ったヤツの不遇だったのだろう。


「……げっ! んがふっ! んべっ!」


 何の躊躇いも前触れも言葉もないままに、速人はその男の顔面に膝を、ひっくり返った腹につま先を。

 ついでに真上から顔面に踵を落としたら、そんな悲鳴が上がっていた。

 相手は……突然の速人の攻撃に、何一つ反応出来なかった。


 ──当然だろう。


 この日本に生きていて、目の前を歩く人間が何の前触れもなくいきなり攻撃してくるなんてありえない。

 そんなことを想定しながら生きている人間なんて殆どいない。

 そんな思考をした人間は……要人のSPか戦場帰りの軍人か、抗争中の暴力団幹部くらいのものだ。

 それほどに、この国は平和ボケしている。

 そうして大した警戒もせず、速人の攻撃をモロに喰らった少年は、憐れにも血と歯と反吐を撒き散らしつつ、陸に上げられた魚のように跳ね回っていた。


「……来いよ?」


「てめっ!」


 一匹仕留めた速人の挑発を受けて、やっと自分たちが喧嘩を売られていると分かったのだろう。

 そいつらは速人向かって殴りかかる。

 彼らが絡んでいた女性はその時点でここが危険と分かったのか、さっさと逃げ出していた。


「……遅いし」


 逃げ去った女性を視界の淵で確認しつつも、殴りかかられた速人は首を傾けるだけで一人の拳を避けると、膝を鳩尾に叩き込む。


「……ぐっ!」


 腹部を襲った激痛に前かがみになり、胃の内容物を撒き散らしていたソイツの後頭部に肘を打ち下ろす。

 後頭部への強打により、ソイツは自らの嘔吐物に顔面を突っ込んでいた。


「うわ、きたねぇなぁ」


 吐瀉物まみれになった男を見下ろしながら速人は、呑気にもそんな声を上げていた。


「くそぉっ! 死にやがれっ!」


 それを隙と見たのだろう。

 一人の男が叫びながらも、速人の背後から蹴ってくる。


「……はぁ」


 それを特に苦も無く気配だけで避けた速人は、お返しとばかりに蹴りをその男に叩き込んでいた。

 ……攻撃用の足と、地面を支える足の間目がけて。


 ──早い話が男なら相手のソレはあまり狙いたくない部位に。


 喰らった男は、もう何一つ悲鳴も上げずに昏倒する。

 片足で身体を支える十分な筋力もないヤツが、格好つけて大きな蹴りなんて使うからこうなるという見本だった。


「お、お前。

 な、なんなんだよ?」


 残った一人が、脅えた声で叫ぶ。

 他人を威嚇するのは慣れていても、自分に害意を向けられるのには慣れていないのらしい。


「……いや、暇だったから退屈しのぎにな。

 けど、無駄だったな。

 退屈しのぎにもなりゃしないし……」


「てめぇ! ふざけて……んの、です、か」


 正直に答えた速人の声に激昂した男だったが、殴るために手を振り上げて……すぐに相手の強さを思い出したのだろう。

 そのまま手を下ろし、敬語で媚を売っていた。


「なんだ、来ないのか」


 そんな相手を見て興ざめした速人は、顔に失望を浮かべながらそう呟いていた。

 速人は向かって来ない相手を殴る趣味はない。


 ──彼がしたいのは『殺し合い』であって『弱いもの虐め』ではないのだから。


(結局、人間をちょっと壊した程度じゃ、そう面白くないってことか)


 脅えるだけで何もしてこない男を見た速人は、内心でそう結論を出して大きく一つ溜息を吐くと……

肩を軽く竦め、そのまま家路につくことにする。


「何だったんだよ、一体……」


 倒れた三人の仲間を見下ろしたまま、一人残された男は、自分に降りかかった理不尽に嘆きの声を上げたのだった。


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