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第五章 第三話




「さ、速人、行くわよ!」


 次の日。

 夏休みに入ってすぐに怠惰な睡眠を貪っていた速人を叩き起こし、有無を言わせずにそう言ったのは従妹の環だった。

 ……今まではこういう幼馴染のテンプレを控え、もう少し遠慮というかプライバシーを重んじていたのに……速人が知らぬ内に従妹の中では何か心境の変化があったらしい。


「あ~、はいはい」


 結局、寝起きで反論する気力すら湧かなかった速人は、そう適当に頷き。

 それから一時間後。

 何故か家から少し離れたショッピングモールまで出かける羽目になっていた。

 あの事件があってまだそれほど経っていない。

 いつも通っていたアーケード街に寄らず、こうして遠くのショッピングモールまで足を運んだのは、環が速人に気を使っている所為だろう。


 ──だけど。


 実際問題、今までの人生全てを塗り潰してしまうほどの、戦いという濃厚な日々を過ごしてきた速人としては……以前友人だった人間の死なんて、もはや記憶の片隅にすらなかったのだが。


「速人! あんた、何故この暑いのに黒い服ばっかり!」


「……いや、何か落ち着くんだよな」


 そうして入った店のど真ん中で、環が声を上げて喚く。

 だが、環が叫ぶのも無理はない。

 ……世間はもう夏休み。

 建物から一歩外へ出た途端、焼けつくような日差しが容赦なく襲い掛かるというのに、さっきから速人が選ぶ服選ぶ服、全てが黒一色なのだから。

 速人としてはそれほど気にしていた訳でもないのだが。


 ──言われてみれば、黒を好んで着るようになったっけ。


 今日も速人が着ているのは黒い服だが、彼は暑さをそれほど気にしていなかった。


(そういえば、雪菜も黒い服を好んで着てたっけ。

 碧も黒が基調のメイド服だし)


 速人は少し首を傾げて夜魔と黒い服の関係に考察を練っている内に、いつの間にやら環は会計を終えていた。


「ほら、食事にしましょ」


「ああ」


 金を環に出しっぱなしにさせたままだと言うのに特に気後れすることもなく、速人は彼女の後ろについて歩き出した。

 どうせ、このカチッとした従妹のことだ。

 後できっちり請求を寄越すのは分かっている。


「……んでさ」


 そうやって歩いている内に、いつもの様子とは打って変わって、どこか控え目に環が尋ねてきた。


「あのさ。あの女の子と、どういう知り合いなの?」


「ん? ああ。雪菜のことか?

 そうだな……一緒に戦う同志というか」


 ふと。

 要らぬ考察中だった速人は、環の質問に対し、つい正直に答えてしまう。

 口に出してから少しだけ後悔したが……口から一度零れ出た言葉はもう引っ込みがつかない。

 沈黙した環の後ろで、どうやって誤魔化すかと速人は必死に頭を回転させていたが……


「ん? ああ。

 ……なるほど。

 そういう知り合いなのね」


 従妹はあっさりと納得した。

 咄嗟に速人が脳内で考えた『共産主義者同盟』とか、『治安維持のための自警団を編成している』とか、『資本主義という名の弱いものいじめへの反逆者同盟』とか、そういう愚にもつかない言い訳は完璧に無駄になってしまった。

 ……当然のことながら、速人は全くその無駄を残念とは思わなかったが。


「ゲーム関係で知り合ったみたいね。

 ……ネット関係?

 どうりで私の知らない顔だと思ったわ。

 あんたがあんなお嬢様と知り合えるなんておかしいと思ったけど……」


 何か変な納得の仕方をされているらしく、環はぶつぶつと何やら呟いている。

 だが、速人はその都合の良い誤解を解くつもりもなく、沈黙を保っていた。

 実際、アレは確かにゲームと言えないことはないだろう。


 ──お互いの命を賭けた、気が狂うほど面白い死闘(ゲーム)だ。


 そう考えた速人の脳裏には、先日の、周囲一面が血と臓物と屍の重なった光景が浮かぶ。

 身体の奥底がジワリと熱を持つ感覚が浮かんできて、速人は慌てて深呼吸を一つするとその熱を必死に逃す。


「やっぱ彼女とかじゃないんだ。

 うん。さっきの答え方に嘘はなさそうだし……」


 と、前方で従妹は速人の様子に気付くこともなく独り言に勤しんでいた。

 速人はそんな彼女の様子をそれほど気にもせず、彼女の後ろをひたすら歩く。


(……退屈だな)


 従妹の後ろについて歩きながら、速人は心の中で呟く。

 実際、今週末までの間、訓練しようにも碧は本業……つまりはメイドの仕事の方がある。

 ついでに言えば、ドレス姿のお嬢様相手に殴りかかれるほど、平常の速人は豪胆ではない。

 いや、雪菜相手に訓練を始めようとしても、碧に邪魔されるのが関の山だろう。


(せっかくの夏休みで鬱陶しい学校に行かなくても良いというのに、無駄な時間だ)


 歩きながらも速人は、従妹の後頭部を眺めながら、そう吐き捨てる。

 ……正直、少し前までは欲しいと思っていたモノも、食べたいと思っていたモノも、今ではもう、どうでも良くなっていた。

 こうして街中を歩くのが、買い物という行為が、人ごみが……いや、この平和な時間そのものが退屈で鬱陶しくて仕方ない。

 だから、速人は頭の中で延々と戦うことばかりを考えていた。


 ──あの二人が、あれだけ脅える相手か。

 ──早く戦いてぇなぁ。


 早い話が……速人は疼き出した身体を持て余していたのだった……


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