第五章 第二話
「……そう言えばさ。
結局、あいつらって何なんだ?」
芝生に横たわりながら、速人は尋ねてみた。
何故彼がこんな体勢をしているかというと、メイド服を着た悪魔にこっ酷くやられて動けないからである。
──68戦68敗。
それが今日の模擬戦の結果だった。
とは言え、速人もただやられるだけではなく……触れるだけなら6回ほど成功している。
ただ一度は迂闊にも『心臓のほぼ真上』に触れることに成功してしまったがために、手痛い反撃を食らい……こうして芝生の上で横たわったまま動けずにいるのだが。
──触れられてどうにかなるほど無いくせに。
と、速人は内心で呟く。
尤も、そう口にしたが最後、模擬段ではなく真剣に鉛弾を喰らいそうなので、流石の速人も『それ』を口に出すことはしなかったが。
「ですから、『アレ』はこの世界への侵略者。
そして私達はこの世界の守護者ですわ」
速人がやられ続けている間にも全くその笑みを絶やさなかった雪菜は、カップをテーブルに置くと、彼の問いに対してそう言葉を返す。
「だから、もっと詳しい内容をだな」
「そう言われましても、私も詳しくは分からないのです。
『アレ』はこちらへの侵略者。
そして、私達に話しかけてきたあの声の持ち主こそ、こちらの世界の守護者なのでしょう。
守護者が取りこぼした為に侵略者がこちら側にやってくる。
私達はその『取りこぼし』を掃除する、守護者の代理という訳ですわ」
あくまで推測でしかありませんけど……と、雪菜は付け加え、またしてもカップを手に取り、傾ける。
「あの『老人』は……『アレ』の被害者の中から、気に入った人間を見つけ出して能力を授けるみたいですわ」
「……気に入った人間?」
雪菜の言葉に、速人は首を傾げる。
「……ええ。
死という絶対の恐怖の前でも、生と望みを捨てきれない人間。
あの『老人』はそういう人間こそ、守護者の代理として相応しいと考えているのでしょう」
(……なるほど)
と、速人は頷く。
──考えてみれば、確かに理に叶っている。
そもそも『アレ』を目の当たりにして恐怖で思考が止まるような人間が戦える筈もない。
そして、地獄の最中でも生を……望みを捨てない人間は、死の瞬間まで生きる意思を捨てようとはしないだろう。
そんな人間だからこそ、意思で発動する『力』を持たせるのに相応しい、という訳だ。
「そうやって、私たちに能力を与え、『アレ』の相手をさせているという訳ですわ。
倒した後のフォローもしっかりしてくれるし……意外と親切な足長おじさんかもしれませんわね」
その笑えないジョークが彼女の話の終わりだったのだろう。
これ以上の話はないとばかりに、雪菜は手の中のカップをゆっくりと傾ける。
「……なら、俺たちが負ければどうなるんだ?」
ふと。
大の字で横たわったままの速人は、思いついたことを尋ねてみた。
本当に何気なく、ただ尋ねてみただけだったのだ。
……だけど。
それを聞いた二人の反応は違っていた。
未だに動けない速人を見下ろしていた碧は、脅えたようにその小さな身体を抱くように腕を組み合わせたし……雪菜も手の中で震え始めたカップを、何とか抑えつけて目の前のテーブルに置いた。
「そうですね。
……百聞は一見に如かずと申しますから」
「お、お嬢様!」
雪菜の一言に、碧が叫ぶ。
珍しく自らの主人に意見したばかりか、いつも冷静な態度を崩さない碧のその悲痛な声を聞いて、ついつい速人は碧の方を向く。
……寝転んだままの体勢的に彼女の顔は見えなかったが、スカートの奥にあったフリルのついたピンク色だけは確認できた。
「危なくなれば逃げれば良いでしょう?」
「それは、そうですが……」
だけどそんな碧も、雪菜のたった一言で退く。
雪菜の言葉にも、珍しく余裕が無い。
と言うより、どこか苛立ったような声で……
「では、速人さん。
今週末、あけておいて下さいね」
「……あ、ああ」
だけど、速人に向けられた雪菜の声は、いつも通りの声だった。
その唐突な変化に、速人はただ頷くしかなかったのである。




