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第四章 第七話


「……遅かった、ですわね」


 二人が辿りついたとき、その場には信じがたい光景が広がっていた。

 何しろ、黒衣のドレスを纏った雪菜へと、今にも子山羊が襲いかかろうとしているのだ。

 ……いや、本当に信じがたいのはソレじゃない。


 ──その子山羊どもが、全く何一つ動かない、その事実の方だろう。


「流石に、自分を巻き込んでの長時間の能力(ナイトメア)発動は疲れます、わ」


 その一言で速人は、彼女が何をやったのか理解した。

 彼女の能力で、止めているのだ。


 ──六百余りもの、子山羊と呼ばれている敵を全て。


 彼女が同じ姿勢のまま動かないのも、そういう訳なのだろう。


「速めに片付けて下さいね。

 流石に、もう数分しかもちませんわ」


「……了解しました」


 碧は頷いて、またしてもスカートの中に両手を突っ込み、右手で機関銃を取り出す。

 今度のは持ち運びできるタイプのヤツである。

 そのまま彼女は左手で取り出した拳銃を速人の方へ放り投げる。

 速人は突然飛んできたソレを、慌てて受け取った。


「行くぞ、速人」


「……あ、ああ。」


 そして、二人は動かない子山羊に向かって走っていった。

 それから二人が行った『虐殺』とも呼べる行為は、意外と楽な単純作業そのものだった。

 何しろ……動かない子山羊の頭に能力を、もしくは拳銃の弾を叩き込むだけで事は済む。

 たったのそれだけで、動けない化け物どもは血反吐やら脳漿やらを撒き散らすことになるのである。

 同じように碧の方も銃弾を適当にばらまくだけだ。

 相手は動かないから、射撃訓練よりも容易いだろう。


 結局、子山羊が動き出したのは、残り百を切ってからで……速人と碧の二人がそれらを殲滅することは、それほど難しくはなかったのだった。




「……なぁ」


 帰りの車の中。

 能力を限界まで使い果たし、眠っている雪菜の寝顔を眺めつつ、速人は隣に座っているメイド服の少女に話しかける。


「……なんだ?」


 碧の顔にも疲労が濃い。

 戦闘の疲労や怪我に加え、あれだけ能力を使いまくったのだ。

 あの戦闘では、速人ならとっくに気絶しているほど能力を使い続け、速人以上に子山羊の屍の山を築き上げていた。

 なのに、眼前で眠るお嬢様を守るためという理由で、彼女は気合いで意識を保ち続けているのだ。

 凄まじい精神力である。

 勿論、速人も無傷とはいかなかった。

 一〇〇体ほどの子山羊をほぼ一方的に狩り尽したと言っても、敵はただの木偶ではない。

 散発的ではあるものの散々な抵抗に遭い、打ち身に擦り傷切り傷など、速人の身体は至るところ傷だらけであった。

 ……流石に肩の大穴だけは雪菜に癒して貰ったものの、気を抜くと全身の痛みで悲鳴を上げてしまいかねない。


「お前の能力ってさ。

 武器を、産み出すんだよな?」


「……ああ。

 戦うため以外の物は産み出せない」


 速人の言葉に、碧は戸惑いつつも頷く。

 拳銃・重火器・爆弾等……以前に産み出した消火器とかは、おそらく『戦うための道具』という区分なのだろう。

 そんな碧に向け、速人は言葉を続ける。


「だったら、お前が望んだのは、産み出すことと同時に、戦う力が欲しかったってことなんだろ?

 それはやっぱり、雪菜を守ろうって願っていたってことじゃないのか?」


「……かもな」


 速人の言葉にソッポを向きつつも、答える碧。

 だから、速人は言いたかったその一言を、目の前に座っている少しばかり成長の遅い少女に向けたのだ。


「……今日は、守れたよな」


 結局、速人のその一言を聞いても、碧は眉を少しだけ動かしただけだった。

 だけど。


「……当たり前だ。このくらい」


 暫くして、碧は小さくそう呟いて。


「ん?」


 次に速人が気付いた時には……碧は目を閉じて満足そうな表情で眠りに落ちていた。

 ……それを確認した速人は……身体をシートにもたれかけさせ。


「くっ。はっ。はははっ。

 ひゃはははははははっ!」


 さっきまでの戦闘を思い返して、笑う。


 ──敵を薙ぎ払ったことを。

 ──敵の頭部を消し去ったことを。

 ──こちらへ向けられた無数の殺意を。


 ……そして、そんな中を生き残った自分を。


「面白かった、よな~」


 一言、それだけを洩らす。

 実際、面白いものだ。

 訓練してその成果が出ることや、己に群がる敵を薙ぎ払うこと。


 ──何より、自分が他者に勝つということは。


 前に戦ったときにもうっすらと感じていたこの感情。

 今回も戦闘中は必死で分からなかったが……こうして恐怖という名の枷が消えた今。


 ──速人ははっきりと自覚していた。


(これだけ激しいな生き方をしたことなんて、今までなかった)


(これだけ身体の奥から湧き出る達成感なんて、今までなかった)


(これだけ心の底から笑えたことすらも、今までなかった)


 ……と。

 だから……戦闘中という濃厚な時間に比べれば、今までの人生、薄っぺらい紙切れみたいなものだと、そう思えてしまうのだ。

 そう考えると、全身の苦痛や疲労感すら心地よく思えてくるから不思議なものだ。


「……次は、まだかな?」


 そう言って、速人は次の戦闘に心を委ねる。

 何となく、自分が壮絶な笑みを浮かべていると分かっていても、その笑顔をやめられない。


「くくっ! 

 くくくくくくっ!」


 脳裏の中で、今日の戦闘を……血と臓物と脳漿まみれの戦いを思い浮かべ、口から零れる笑い声を押さえきれない。

 二人が寝ているのは速人にとっては幸いだった。


 ──こんな笑顔を見られれば、間違いなく彼は正気を疑われただろう。


「……ううん」


 そんな中、突然寝返りを打った碧に、速人はふと我に返る。

 彼女の寝顔は酷く安らかで、どう見ても今日速人とともに殺しまくった戦士の寝顔とは思えない。 

 それどころか、その寝顔には傷一つすら見つけられない。


 ──不思議なことに、彼女がさっきの戦闘で負った筈の傷さえ既に消えていた。


 速人は、そんな碧の寝顔を見て思い出す。

 ……ここは戦場ではなくて帰りの車の中だと。

 ざわついた心を静めるためには、大きなため息が一つ必要だった。


「ま……たまには騎士役ってのも悪くないな」


 そうして、速人はいつもの顔に戻ると……二人の少女の寝息をBGMとして、車の外を流れる風景を、何となく眺めて続けたのだった。


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