#98 勇者降臨
今回は短め。、
「……今までの通路とは、ちょっと違うな…」
下の階を、コンとタマに任せてから数分後の事。
喧騒を背中に先を急いで通路を進むと、途中から重苦しい雰囲気が立ち込め始めた。
「私、この景色は何処かで見たような気がするんです」
「デジャビュってやつ?奇遇だな、小子。僕もだ」
『オレサマには、その既視感の正体がわかったぜェ?ゲヒャヒャヒャ、マオーってのは悪趣味と見えらァ』
「マジかよ。僕も見た事あるのか?」
「私も分かったよぉ?教えてあげようかぁ?」
当然のように、ノーナは無視。聞いたら面倒くさい事になるからな。
『あるぜェ?オレサマにとっちゃ終わった場所であり、始まった場所だからなァ…忘れようがねェってモンだ』
ゲヒャ丸にとって終わって始まった場所?終わりの始まり……ってクサイ台詞じゃ無いし…?
「……ヒコボシ殿」
「おお、悪いなザンキ。本体すっ飛ばして腕と話し込んじまって」
「いや、それには及ばぬ。それよりも気を付けろ?この先で何か良くない気配を感じる」
「……お前もか。とすると、気のせいってわけじゃ無さそうだな」
通路を抜け、開けた場所に出る。そこまで来てようやく、既視感の正体に気付いた。
「……闘技場」
闘技場。あの、闘技場。僕が地下に幽閉され、小子がノーナに誘拐され、ザンキが力に呑まれ、ゲヒャ丸が残った場所。その闘技場の中央には、倒すべき敵の姿があって。
「待ってたよ、君達」
「……クソ紙…!」
流石に、実物の紙を見た事が無い他の仲間も、僕の発言で抜剣する。そりゃそうだ、突然ラスボスが現れたら、誰だって萎縮するし、事実してしまった。
「わざわざそっちから来てくれるとはな。広い城の中を探すのは大変なんだよ」
「うーん、今殺し合うのも良いんだけど……」
ひー、ふー、みー……と頭数を数えて、紙は指折り何かを計算している。それから一人で勝手に悩み、やがて頷くと笑ってこちらを見た。
「やっぱりもう少し、削っておこうか。希望は与える必要なんてないもんね」
「へぇそうかい。じゃあ僕から魅力的な提案をしてやろうか?」
「どうぞ?」
「今すぐ僕たちと戦って、クソ紙が魔王になる提案だ!」
隔てるものなんて無い。最高の仲間もいる。今を逃したら、きっともう追い付けない。
「お、らぁぁぁぁぁッ!」
踏み込み、地を蹴って、紙に肉薄する。刀を振り抜き、紙を切り裂こうとしたその刹那。どこからか飛んで来た『人物』によって、その行為は阻まれてしまったのだ。
「……な、はぁ!?」
「全く、危ないなぁ」
思わず後ずさり、ニヤける紙を視界に入れながらその『人物』の顔を確認する。
「……リン」
そこに現れたのは他でもない、トウガキ・リンだった。
「まにあった」
「遅いよ、リン君。危うく死ぬところだったじゃないか」
「……ごめんなさい」
「…リン、お前、なんで意識が……」
「え?そりゃあ、神様が転移させた異分子だよ?好きに呼び出せて当然じゃないか。じゃあリン君、神様はとっとと逃げるから後よろしくね」
「ま、待て…っ!」
「いかせない」
逃げるクソ紙を追いかけたいが、リンはそれを阻んでくる。というか、何気なくリンの本物を置いて行くあたり、本当に悪趣味だと思う。
「……退いてくれ、リン」
「……」
「リンッ!」
「しんじてた!」
リンは目を伏せたまま、力任せに剣を振るった。狙いの定まらない太刀筋は避けるに容易いが、それでは追撃を許す事になる。だからここは、鍔迫り合いに持ち込んだ方がいい。
「なかまだとおもってた、みかただとおもってた、ともだちだとおもってた……でもひこぼし、きみはさいしょから、おれをだましてたんだね」
「違うぞ、リン。僕はお前を騙してなんていない。むしろ、騙されているのはお前だ。いいかよく聞け、リンが神様だと思っているそいつは、魔王なんだよ」
「うそだっ!!」
リンは聖剣をグルリと回して刀を跳ね除け、剣の腹で彦星を殴り飛ばす。泣きそうな顔をしながら雄叫びを上げて、追撃を……
「させぬ!」『ゲヒャヒャヒャ!ヤらせねェ!』
リンと彦星の間に、ザンキが立ち塞がった。
「ヒコボシ殿!目的を見失うでない!今すべき事は、奴を討ち果たす事であろう!」
『因縁の相手なら、オレサマ達が相応しいってもんよォ!笑えねェならさっさと行けェ!』
「……っ…任せた!」
そうだ、今はリンの誤解を解くべき時じゃない…見誤るな、優川彦星。紙を見失って、次元の狭間にでも逃げられたら……手の打ちようが無い。
「まおうのけんぞくか……あいてにならないよ」
「ぬぅ!?」
『ゲヒャ!?』
いとも容易くリンはザンキを跳ね除けて、彦星の後を追う。流石は勇者と言ったところだ。
「……全く、しょうがないな」
「…神様?」
「勇者は偽神の作った戦略級兵器だ。偽神を倒すために分裂した神徒一体では相手にならないよ」
神様は足を止め、追ってくるリンを迎え討つ。
「神様ッ!」
「大丈夫。神は何処にでもいて、何処にもいない。誰かがソレを覚えていてくれる限り、死なないさ」
確かに、リンに対して神様は最高の餌だろう。勇者の存在意義は魔王を倒して世界を救う事……なら、リンが魔王だと思っている神様が目の前に現れれば。
「……まおう」
「その認識は間違っているのだがね。でも、今はそれでいい」
「おまえがわるいことをするから、せかいはたいへんなことになる!」
確かに、一度狂った世界を正そうとすれば、歪みやズレが生じて当たり前だ。かと言って悠長にゆっくり正そうとしても、クソ紙に悟られて潰されるのがオチだ。でも。
「だからと言って、職務放棄するわけには行かないんだよ」
……くそっ…囮としては、餌としては、確かに神様は最高級だ。でも、死なれては困るのも事実。
「ノーナ、残ってやってくれないか」
「えぇ?それはぁ、命をかけてのお願いかいぃぃ?」
「あぁ、命がけだ」
「じゃあぁ、いいけどぉ、なんで私なのかなぁ?」
「リンに対して、ノーナの洗脳は有効だ。そうだろう?」
闘技場でリンと共闘し、ノーナと戦った時。確かに、ノーナの能力はリンに通じた。精神を支配するノーナの能力なら、おそらくこの裏世界では最強になり得るだろう。
「頼む」
「仕方ないなぁ…この貸しはぁ、高くつくよぉ!」
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