#97 駄狐と負け猫
「……変ですわ」
偽物をダルマに変えてからわたくし、ずっと階段と通路を移動し続けていますの。次の部屋の扉なんて見当たりませんわ?
「おかしいですわ……お姉様の気配は近くからいたしますのに、階段を上っても近付く気がしませんわ…」
早くこの気配の源泉に顔を埋めて、全身くまなく撫で回していただき、あわよくばそのままイヤラしい展開にぐへへへ。……っと、いけませんわ。わたくしとした事が、ヨダレが止まりませんの。お姉様にはこんな顔、見せられませんわ。
「……とはいえ、この永遠と続くように思える通路をどうにかしないといけませんわね…」
どうにも、嫌な予感がしてなりませんの。何かこの状況を打破出来うるキッカケが必要ですわ。
「…少し立ち止まって、考えてみますの。例えるなら、今わたくしは箱の中の狐ですわ。どこかにある鍵を見つけて、箱を脱出しなくては、わたくしは死んでしいますの」
主に、お姉様成分不足で、ですわ。
……冗談はさておき。こういう時の兵法を、お姉様から聞いた事がありますの。曰く『押してダメなら引いてみろ。それでもダメなら横に引け』ですわ。どどのつまり、道に迷った時は戻ってみるのもいいという事ですのよ。
「…といいましても、それでどうにかなる確率は低いですけれど」
そう思いながらわたくし、お姉様のいう事なら間違い無いと来た道を戻ってみましたの。そこで、本来なら有り得る事の無い光景を目の当たりにしましたわ。
「……どうしてあなたがそこにいますの」
わたくしの目に映ったのは、ダルマに変わった偽物のマキ・クーシャでしたの。ええ、先程までわたくしが足止めされていた部屋ですわ。
「…どういう事ですの。わたくし、確かに十階は余裕で上りましたわよ…?これでは、まるで……!」
手に星力を込め、壁に十字の印を付けて上の階に上りますの。階段を上り切り、通路を伝って、再び階段を上り、印を付けた場所を確認しますわ。
「……やはり、そうでしたの」
そこには紛れもなく、今先程わたくしが付けた十字の印が付いていましたわ。これでは、辿り着くはずがありませんものね。何しろわたくしは、馬鹿正直に同じ所をグルグルとループしていたのですもの。
「だといたしますと、どこかに繋ぎ目があるはずですわ」
とはいえ、探している時間はありませんの。手っ取り早く見つける他ありませんわ。たとえ、腕の二本や三本が失われようともですの。
「……淑女として、あまりはしたない振る舞いは避けるべきなのでございましょうが、緊急事態ですわ。形振り構っていられませんもの、ねっ!」
印の部分を強く殴り付け、わたくしの腕を埋め込みますの。全身を星力で覆い、埋め込んだまま先を急ぎますわ。
「同じ通路を延々とループ致しますなら、そのうちわたくしの付けた破壊跡と繋がるはずですの。繋ぎ目があるならば、二週目には不自然にその部分が途切れるはずですわ!」
壁を破壊しながら進んで、二週目に突入しましたの。思った通り、壁にはわたくしの破壊跡が残っていましたわ。そして、不自然に途切れた箇所も。
「ありましたわ。あとは……」
繋ぎ目に星力を流し込み、術式を逆探知。巧妙に隠蔽していますけれど、わたくしの手にかかれば、あらゆる魔法や能力の知識を得た、わたくしの頭脳にかかれば、赤子の手をひねるより簡単ですわ。
「……ありましたの。このまま絡まった糸を解すように、術式の回路を切断、改変、再構築…」
お姉様のように美しくは出来ませんの。それでも、偽物にすらなれなかったわたくしは、あの時私を捨てたわたくしは。
「生きる意味をくれたお姉様のために、意地汚く、泥臭く、行き足掻いてみせますわ」
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「オラオラどうしたよォ!ンな攻撃目ェ瞑ってたって避けられるぜェ!」
縦、横、突、回転、蹴り、縮地、背面、横。偽ヴォリスの攻撃はここまで覚えた。縮地から背面に移動された時点でバク宙、身体強化、回し蹴り。これで能力は一度リセット、新しくセーブポイントの作成。
…………よし、縮地を乗せた偽ヴォリスの刺突を回転で避けてもう一発回し蹴り。完璧のタイミングだ。
「おーおー、まさか足だけでどうにかなるとは思ってねぇんだがなァ?ワイの好敵手ならもっと諦め悪くまっすぐ胸糞悪いくらいに笑いながら大剣振り回すぜ?」
崩れた壁の瓦礫から這い出て、表情を変える事なく大剣を振り回す。技術で言えば本人と寸分違わないのだろうが、ヴォリスの持つ『つよみ』は意外性にあるのだ。
「横、袈裟、返し、横回転、縦回転、縦回転、跳躍、奈落、居合。欠伸が出るぜ、本当によォ!」
居合の軌道を下からくぐり、ガラ空きの背中に縮地の反動と星力の乗った一撃を叩き込む。派手に吹っ飛んだ偽ヴォリスは何度か床を跳ねて、また壁をぶち壊した。
「型にハマりすぎなんだよ、テメェは。ここはお稽古場ですかァ?本物に似せるなら獲物をぶん投げるくらいはやってみせろよ」
瓦礫から立ち上がった偽ヴォリスはフラつく足で踏ん張りを効かせると、大剣を全力で振るう。
「ちっ、偽物のくせに……」
偽ヴォリスは近接攻撃を避け、唯一使える魔法【地割】を多用し始めた。おそらく、タマの能力を抑制する為の作戦なのだろう。
タマの能力は平たく言えば未来視だ。その条件は『両足を地につけたまま三十秒待機。その後、一分先の世界を三度まで見られる』というもの。
もっとも、実際には一分後の自分が待機していた場所の時間まで戻って来るという、時間逆行能力なのだが……外から見れば、大した違いはなく分からない。その分、自分自身の基礎能力が色濃く影響する。
「まァ、だからこそ嘘やブラフが有効打に繋がるんだがな……作られた人形相手には、少々部が悪いとは思ってたんだが、そうか……お前は『学習する』んだな?そうだな?」
偽物がヴォリスと同じ才能、潜在能力、技術を有していたとして。それらを操る頭が、例えば未成熟で。産まれたての子どものように、知識を吸収していたとしたら。
「…たまんねぇな、オイ。いつまでも戦り合っていたいぜ」
……なんて、言ってられないのも事実だ。すげえ勿体ない気もするがな。それより、本当にそろそろ待機しねえと、先読みが出来なくなる。だが間髪いれずに足場を崩されると、うっかり動いちまって時間が足りなくなりやがるな。
「この先の未来は……くそ、ダメか。避けられても新しいセーブポイントがどこにもねぇ。せめてあともう一人くらい、援軍が来ればうまく立ち回れるんだが…あ?」
一分先の未来。下から何者かが上ってくる?……ギリギリだな、誰かまでは分かんねぇ。下にいたのは確か駄狐だったな。やられたか、生き残ったか……もうコイツに賭けるしかねぇ。兎に角逃げ回って、一分数秒、時間を稼ぐしか……。
「っ、しま……!」
他の事に頭の回転を割き過ぎたのか、タマにしては珍しく時間と立ち位置を見誤った。その結果、ヴォリスの斬撃を真正面から受ける事になる。
「……が…はっ…」
あぁくそ、痛えなぁ……最後に攻撃に当たったのはいつだっけ?…もう随分と前の気がするよな、ホント。いや、痛みを感じたのも当たったのも、ビースティア襲撃が最新か。
「は、はは……死ぬのかな、ワイ…あぁそうさ、ヒコボシは正しいよ……アイツも足手纏いを連れたまま戦わない主義だろ? いいんだよ…それが正解さ。ただ一つだけ、守りたいものを最後まで守り通せばいい」
ふと、走馬燈のように、タマは自分の過ごしてきた時間を思い出す。弱い自分が嫌で、強くなりたくて、強くなったら弱い者を切り捨てて。仲間も、友達も、親も、全部をかなぐり捨てて。
「ふ、くくく…なんだかなぁ……ワイも、ずっとそうして来たってのに」
結局ワイは、弱いままだ。弱いまま、自分より下の存在を捨てた。それがどうだ、いざ自分が捨てられるとなったら。
「…………誰か助けてくれよ」
もうそこまで死神が迫っているこの状況で、そんな願いは叶うはずもない。振るわれる大剣、地を這う剣撃、動かない体。目を瞑り、自分の運命を受け入れるべく、大人しく床に這いつくばって……。
「【空気弾】!」
背後から突然放たれた風魔法により、土魔法である【地割】掻き消された。
悲鳴を上げる体を無理矢理動かして、後ろの方を見やる。
「な、にが……」
「随分と弱気になったモノですのね、流石は負け猫と言った所ですわ」
「……おまえ…!」
どうやら、タマは賭けに勝ったらしい。そこに立っていたのは、いけ好かない頼れる駄狐だった。
「まずは回復いたしますの……それにしても、女々しくなりましたわね。もしかして、今までの態度は虚勢でしたの?」
「……やかま、しい…」
「あらあら、急に大きな態度になりましたわ。先程まで『独りぼっちは寂しいです、グスン』なんて言ってましたのに」
「……言ってねえ…!」
「大丈夫ですわ。例え世界中の誰もが負け猫を裏切ったとしても、わたくしは貴方の敵でいて差し上げますの」
「いい加減にしろよ、駄狐ェ!」
「それだけの元気があればもう大丈夫ですわ」
「……っ!」
こ、こいつ……まさかこの為だけに煽って…?
「さぁ、シャキッと立ってくださいまし。先は長いですのよ」
「……っ、あぁ…分かってる!」
「こんな偽物、早く倒して、お姉様に追い付いて、撫でてもらって押し倒してロストバージンぐへへへへへへへへ」
…………台無しだよ、駄狐。
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