#95 紙の策略と狐の攻防
「…………」
「……」
モンスターの亡骸が所々に転がる廊下を、彦星と小子は無言で走り抜けていた。
紙のいる場所までには、一本道しか無い。だから、迷うことは無いし、コンも負けるような獣人じゃ無い。
……そう、励まして安心させてやりたいが。
「…彦星さん」
「……なんだ」
「アレは、マキさんの姿をしていました」
「…ああ」
「でも、コンは偽物だって……なんなんですか、アレは」
「……この世界は基本的に認知で出来ている。なら、表の世界で暮らす人々の記憶や意識、認識を束ねて擬似的に精神を作り出すのは可能だ。あいつの、紙の暇つぶしの、忠実なコマが出来上がる」
「……本人に影響は?」
「無い。アレはもう思念体とは別の存在だからな」
「……」
また、小子が無言になった。やはり、事実を事実のまま伝えるのは、まずかっただろうか。
そう思った矢先、走りながら小子は自分の頬を引っ叩く。
「よしっ!ならもうくよくよするのはおしまいっ!うおー!やるぞー!」
「…心配、無いみたいだな」
そうこうするうち、僕と小子は次の部屋の前まで来る事が出来た。
「どうだ?次の部屋は」
「下の部屋と変わらないな。だが、この調子だとまた一人減る可能性がある」
「そうか……」
おそらく神は、タマの能力を把握している。その脅威も、弱点も。
「ゴリ押しで先に進めないか試したが、上の階段に近づけば近づくほど、モンスターの数が増える仕組みのようだ。きっと、ワイの上書きがされるまで本命は出てこないな」
「……やっぱりな」
おかしいと思った。外で待っている時、紙は一切の攻撃を仕掛けて来なかった。それなのに、中に入ったとたんに、アレだ。
しかも、きっかり一分後には偽物を差し向けた。
……そして、戦力が一人分減った。
「みんな、聞いてくれ。おそらく紙は、僕たちの戦力を分散させる気でいる。だが、馬鹿正直に策略に乗るつもりもない。そこでだが……」
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「こ、のぉ……っ!」
ただただ無表情に、偽物はわたくしの攻撃を防ぎ続けますの。いい加減、偽物の狙いが読めて来ましたわ。
「足止め、ですのね……全く、魔王も厄介な相手を送り込んで来たものですわ…!」
攻撃らしい攻撃を行わず、わたくしの攻撃を防ぐだけ。そんなものは、ただの時間稼ぎ以外何もありませんわ。
「けれど、収穫もありましたの。あなた達偽物にも、わたくしの能力は問題なく発動出来ますわ!」
そうですの。ここは想像の世界……わたくしが信じれば、なんでも叶う特別な場所…けれど。
「……それすらも、こちらの油断を誘う一手なら、足元をすくわれかねませんわ」
なるべく一撃で、偽物を払拭しなければなりませんわね。手数よりも、相手の防御を上回る一撃で……!
「……お覚悟っ!」
体を巡る星力で脚力を強化、速度の乗った体を鉄塊に変化させてやりますわ。防げるものなら、防いでみなさいましっ!
「……」
何を思ったか偽マキは大剣を捨てて、飛んでくるコンを受け止める姿勢を取った。大きく広げられた両手の中に鉄塊となったコンがすっぽり収まると、そのまま勢いに任せて後ろに飛び退く。
「(な、なんて事ですの!?音より速く動く鉄の塊を素手で受け止めましたわ!?しかも、受け止める際に後ろへ飛ぶ事で衝撃を逃し、威力を落とすなんて…!これでは、仕留めるだけの一撃には……!)」
後ろに飛んだ偽マキは上手く着地し、鉄塊をがっちりホールド。そこから徐々に締める力を上げていき。
「(ま、まずいですわ!このままでは、わたくしの体が粉々に砕け散ってしまいますの!何にでも変身出来るわたくしといえど、さすがに木っ端微塵から再生した事はありませんわ!早く、固体から液体に変身してこの場を逃げ…!)」
そう思った瞬間、コンの体に大きな亀裂が走った。そうなってしまえば、どんなに硬い物質であろうと……否。固ければ固いほど、粉々に割れやすい。
「……っ」
甲高い音が部屋に木霊し、鉄塊は鉄屑へと成り下がった。もはや鉄屑に意識は無く、意思も無く、意味も無い。
「…………」
敵のいなくなった偽マキは、表情を変えないまま上を目指す。一歩ずつ、階段を上って、次の標的を徹底的に殺す為に。
「行かせませんわ」
階段の一段目を踏み出そうとした、その瞬間。偽マキの肩からコンが生えており、そのまま偽マキを羽交い締めする。
「あなたの事、知っていましてよ。その名をマキ・クーシャ……遥か昔、魔王より異能を授かった一族の末裔。今ではその意図も支配も薄れて、ただの不便な才能なのでしょうけれど。確か能力は『超速再生による肉体限界を超越した怪力』でしたわね。けれどご存知かしら?生物の体には稼動域がありますの。いかに再生するのが早かろうと、それは自然治癒力の常識の範囲内ですわ」
コンは体重を後ろに傾け、偽マキを階段から遠ざけた。そのまま自分の肩からもう一本の腕を生成し、偽マキの腕を取る。
「……っ」
「あら、偽物にも知能はありましたのね。自分がされる事を察するとは、どうやら猫並みの賢さは備わっているようですの」
あぁ、なんて美しく細い腕。わたくし羨ましいですのよ?何しろ、あなたの本物は、お姉様の憧れる、お姉様の視線を釘付けにする女性ですもの。
「……でも、だからこそ」
わたくしは、あなたを殺せませんの。
「でも別に構いませんわ。だってお姉様には『死ぬな』としかお願いされていませんもの。あなたを殺してしまえば、お姉様が悲しむかも知れませんでしょうけれど。わたくしの願いも、あなたを上に行かせなければ良いのですわ」
掴んだ腕を稼動限界まで広げる。それでもまだ足りずに広げる。もっと広げる。もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと広げる。
ミシ、ミシミシ、パキッ。
「お姉様に手を出した腕は、こちらでしたわね」
ボキリ。
「あら、間違えましたわ。こちらの腕でしたわね」
ミシミシミシ、パキリ。
「誰にでも間違いはありますものね。そうそう、上に行こうとした悪い足は右?それとも左かしら?」
「……!…っ!」
「いけませんわね、わたくし物覚えが悪くて。面倒ですので両方とも『柔らかく』して差し上げますの」
メキメキミシ、バキリ。
「あらあら、つま先とお腹がくっつくなんて、案外柔らかいんですのね。膝と脇はいかがかしら?」
ミチミチブチブチブチ、ゴキリ。
「惜しかったですわ。これ以上は千切れてしまいますの。さて、わたくしはお姉様を追いますわ。あなたも、追えるものなら追ってみて下さいまし。その、あらぬ方向に曲がったまま修復され固定した手足で」
偽マキの肩から離脱し、コンは階段をゆっくり上る。ふと思い出したように振り向いて、わざわざ体毛で給仕服を生成してから、ニッコリと微笑んだ。
「わたくしとした事が、ご挨拶が遅れてしまいましたわ」
いったん立ち止まり、上品に、淑女らしく。
「ごきげんよう」
両手でスカートの裾を掴み、軽くスカートを持ち上げ、その上で腰を曲げて頭を深々と下げて膝もより深く曲げますの。これが、完璧なカーテシーという、お姉様の中で一番上品なご挨拶ですわ!
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