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#94 魔王城、侵入

 昔、誰かが言っていた。

 眠りより目を覚ますのは、水面から顔を出す感覚と似ていると。

 初めて得た体が脈を打ち、無意識に始めた呼吸で肺の中が空気で満たされる。それらを筋肉の躍動で押し出しつつ腕や足、指の先まで己の意思通り動かせるかを確認した。


「……感覚は、無し。いや、鈍っている…が、正しいか」

「不思議だよね?夢なのか現実なのか、曖昧な感覚ってのはさ」


 ぞくりと、背筋が凍る感覚に襲われる。そりゃそうだろう?今から神格を奪いに、それこそ『てめーをコロス』と宣戦布告までしきった紙に、背後から話しかけられりゃ誰だって冷や汗を流すってもんだ。

 しかし、僕は持ち前のポーカーフェイスでどうにか乗り切ってやるぜ!


「よ、よぉ……久しぶりゃ、ぶりだなオイ、クソ紙」

「うーん?流石に殺気ビンビン振りまいてちゃ、噛み噛みになるのは当たり前かな?」

「やかましいわっ!……それよか、いいのか?僕等の目の前に、丸腰で姿見せてさぁ?」

「んん?僕『等』?周りをしっかり見て、言ってる?」

「……な、っ!」


 周囲を見ても、隣に立っている人物は一人もいなかった。つまり、僕は今、およそ単独では対峙困難な相手と、向き合っているという状況になる。


「正体がバレてる以上、隠す必要も無いんだけど。でもまぁ楽しそうだったから、好きにやらせてたわけだし。ほら、これでも神様だからね?」

「みんなをどこにやった!」

「それは、君の主観の話さ。物事を判断する時は、常に客観的でないと。安心してよ、君たち九人は神の領域に、裏世界に正しく侵入出来ている。みんなをどこにやった、ではなく、君だけが、神の寝床に引き込まれたのさ」

「……っ、くそ!」

「だってそうだろう?曲がりなりにも神様の使徒をしてたんだ。あの忌々しい女神の使徒が、たった数ヶ月で適応したのに、何年も何十年も万年筆と共に過ごした君が、君自身が、今更人間なわけないだろ?」


 どうする?戦うか?いや、僕一人で勝てないから準備を進めていたんだ。このまま戦闘開始は、いささか分が悪い……なら、どうにかして、逃げるか合流するかしないと…!


「そんじゃまぁ、頑張って殺しに来てよ。どこにも隠れたり、逃げたりなんかしないんだから…さ?」


 そう言って紙が指を鳴らすと、僕は寝床の外へと瞬間的に飛ばされた。


「彦星さん!」

『こっちに来たらテメェがいないもんだからよぉ?ザンギが心配してやがったゼェ?ゲヒャヒャヒャ!』

「こ、ここは……」


 そこは一度も見た事の無い景色と建物。空は血のように赤く、生物は存在しない。そびえ立った城は、禍々しい雰囲気を醸し出している。


「…モードレッド、全員いるか?」

「あぁ、貴様で最後だ。どこに行っていたのだ?」

「ちょっと紙の膝下まで」

「えぇっ!?だ、大丈夫だったんですか!?」

「あのクソ紙、ただの暇つぶし程度にしか考えて無かった。超ムカつく」

「なんだ、そのままヤってくれれば、ワイも楽できたのに」

「よくもまぁ達者な口ですわね。先ほどまでヒコボシがいないってベソをかいてらしたのに」

「コン!?誰が泣いたって!?そういうお前だって『お姉様の心配はワタクシの心配ですわ』ってソワソワしてたじゃんかよ!」

「何ですって!」「何だよ!」


 あーあー、もう……敵前だってのに呑気に喧嘩しちゃってさぁ?こいつらホント、なんとかしてくれないかなぁ……?つーか、喧嘩してない方が珍しい…?


「まぁ二人は放っておくとして……なぁ神様、あの建物とこの世界はなんだ?今まで、あんなのは出て来た事がない」

「それはおそらく、今までキミが二人で挑んだからだよ。今回は同じ認識を持つ生命が、九つ集まった。それ故に、生物の認識を色濃く反映する裏世界において、偽神を魔王という認識で塗り固めたのさ。もっとも、その本質は変わらないけどね」


 なるほどな……なら、僕の立てた作戦は上手くいきそうだ。


「何をニタニタ笑っているのだ貴様は。気持ち悪いぞ」

「ニタニタ!?そ、そこはほくそ笑むって表現じゃね!?」

「いーや、良からぬ事を考えている気色の悪い、ねばり気のあるにちゃにちゃした顔だ」

「さっきより表現が酷くなってませんかねぇモードレッドさぁん!?」

「敵地の前で何やってるんですか、もう……」


 ち、違うんだ小子、いや、女神様っ!コイツが変に突っかかって来やがって…!


「さぁ、バカは放っておいて、早く行こうか」

「お姉様の前で見苦しいですわよ」

「珍しくワイも同意」

「て、てめぇら…っ」


 全部終わったら覚えてやがれ……タンスの角に小指をぶつける魔法にかけてやるからなっ!


「……なんか、前にもこんな事考えた気がする」


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 こちら魔王城カッコカリの中でーす。

 はーい、皆さま右手をご覧くださーい。

 うわぁ、いっぱいいますねぇ。腐った人、カリカリにやせ細った人、水饅頭のような生物、実体のない浮いた人。

 それでは左をご覧くださーい。

 こちらもいっぱいいますねぇ。おやぁ?腐った人の中に石のようなひとも見えますよぉ?


「雑魚モンスター多すぎじゃクソがあああああ!!!」

「ちょっともう叫ばないでくださいよ!上の階からも来たらどうする……って来ましたよ噂をすればっ!」


 吹けば飛ぶような雑魚モンスターが、あっちにうじゃうじゃ、こっちにうじゃうじゃ。もう絶対クソ紙が面白がって投入しているに違いないね。

 事前にタマが時間を戻って知らせてくれたから、中の様子はある程度把握出来ていたし、入って速攻仕掛けて行けば、雑魚モンスターの襲撃なんて寝てても対処出来る。


「……っ!伏せろっ!」


 雑魚モンスターが少なくなって来た頃、小子を狙って強力な一撃が飛んで来た。その攻撃を放った方を見ると、よく知った人物が立ち尽くしている。


「…………マキ、さん?」


 その人物を、小子が見間違えるはずもない。しかしその目には光がなく、表情も固まったまま動かなかった。

 小子にとっては恩人の、マキ・クーシャが襲って来ているのだ。唖然としない方がおかしい。そこに、もう一発攻撃が飛んで……。


「お姉様に何するんですの!」


 その一撃を止めたのは他でもない、コンだ。


「コン!」

「大丈夫ですわ、お姉様。それよりも、しっかりしてくださいまし…こちらの方は本物ではありませんわ」

「……どうして分かるの?」

「ふふ……偽物には、分かりますのよ。偽物には無い、本物の輝きが!」


 そう言って、コンは偽マキを押し返す。その光景を、小子は歯がゆそうに眺めているだけだった。


「ヒコボシ!モンスターが引いた、行くなら今しか無いぞ!」

「……っ、おい小子、先を急ぐぞ!」

「で、でも、それじゃあタマが……!」

「わたくしなら大丈夫ですわ、お姉様は先に行ってくださいまし。お姉様に手を出した狼藉者に遅れを取るほど、わたくしは弱くありませんことよ」

「…………っ」


 くるりと背を向け、小子は上への階段を駆け上がる。その姿をコンは確認して、にっこりと微笑みを浮かべた。そうして、幽霊のようにふらつく偽マキを睨み付け。


「コンッ!!」


 強敵との戦いに身を投じようとしたコンに、後ろから小子は声をかける。


「死んだら、許さないから」


 それだけ言って、小子は今度こそ上への階段を駆け上がった。


「…………これでもう、死んでも貴女を上に行かせるわけには行かなくなりましたわ。まぁ、死ぬなと言われてしまいましたので、勝つ以外選択肢がないわけですけれど」


 コンは自分の腕を変化させ、その両腕を刃物に変身させる。自分か他人の『肉体』を自由自在に変形させる彼女にとって『精神』だけが存在する裏世界では、あまりにも不確定要素が強すぎる。


「……だからこそ、早々の離脱を選んだのですわ…足手纏いは、戦線に出るべきではありませんものね」


 すー……ふぅー……と。深い深呼吸を一度だけして、頭のスイッチを切り替えた。


「一応、警告いたしますわ。その手に持った剣を捨てて、投降なさい。そうすれば、貴女という偽物の存在を認めてあげてもよろしくてよ」

「…………」

「そう……でしたら、手加減は無しで、やらせていただきますわ!」

ご愛読ありがとうございます。


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