#93 決戦準備
はふぅ、と。
小子は神格を取り込んでしばらく呆然としていた。その目は不自然に黒く透き通り、まるで世界の全てを見通すかのようだった。
「……彦星さん」
「ん?」
「…何も、起きませんけど?」
「うん」
「え?」
「……あれ?言ってなかった?別に今神格を取り込んでも、小子自身に何か変化があるわけじゃ無いんだぜ?」
だってそうだろう?今は精霊が、自分は神であると思い出しただけで、吹けば飛ぶような、信者も一人しかいないような脆弱な神が、器に入る事で世界に定着しただけなんだから。それこそ、元々信仰心や認識が、不特定多数の生物に宿っているなら、話は変わって来るけど。
「今の小子はただのイレモノ。それも、空のドラム缶に一滴の水を入れただけの…ね。その程度で記憶が無くなったり自我が崩壊したり、ましてや…くくっ……う、うさぎになったりは、しな、ぶふっ!」
い、いかん。堪えていた笑いが臨界点を突破しちまった。ほらぁ、ぷっくり頬を膨らませて小子さんが可愛らしく悶えてます尊い。
「い、言ってくれればいいじゃないですか!」
「くくくっ…いやぁ、可愛い感じに勘違いしてたからさぁ?面白いから黙ってた」
「鬼!鬼畜!悪魔!サディスト!」
「……惚気ている所悪いが、二人とも我を忘れておらんか?」
おっとぉ……忘れてました。って言っても、獣王に来てもらったのは女神を女神と認識出来る手近な存在ってだけだし、帰ってもらって良かったんだけど。それじゃあちょっと可哀想だし、一つ仕事でも頼むかな。
「マサカソンナワケナイヨー」
「…………」
「いや、嘘、冗談。ごめんって。だからそんなに睨まないでくれよ。獣王には国に戻ってやって欲しい事があるんだ」
「言ってみろ」
「うん。少しづつでいいから、ビースティアの女神像を小子の顔にしてくれないかな?そうすれば、今まで魔王に横取りされていた信仰心が小子に注がれるし、神格がある程度世界に定着したら、小子から引っこ抜けるから」
「少しづつって……そんな簡単に出来るわけ無いだろう?」
「出来るだろ?変の煌めきがあれば。アレって超便利だよなぁ?物体だけでなく記憶や記録すらも変更出来るし……例えば女王様の大切にしていた生け花を枯らした事実を変更したり、ミスったのが見つかるとやばい帳票類の編集に使ったり…あと……」
「なんで知ってんの!?いや違うし!あれはうっかりというかなんというか……っ!」
「やだなぁ、例え話じゃないか。何言ってんの?」
なんで僕が知ってるかって?そりゃもちろん、僕が僕だからだ。それ以上説明が必要かい?よろしい、キミとはいい友達になれそうだよ。
「そ、そうだな、例えばの話だよな、ははは……」
「で、改めて聞くけど。出来るだろ?」
「……承知した。女神像の修正には『我のやり方』でやらせてもらう」
「ええっ?快く引き受けてくれるって?いやぁ、なんか悪いねぇ。脅すつもりは無いんだけど、結果的にそうなったみたいでさぁ?」
「…どの口が……っ!」
……と、友好的に話を進め。獣王にはそのままビースティアに帰ってもらい、僕は次の準備に取り掛かることにした。
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「全員、揃ったな」
再び天島。神様と小子を含めた他の使者達は、地下の魔法陣のもとに集められた。
「さぁ、準備が整った。こっからは長い戦いになるぞ?やり残した事は無いか?」
「無い」
『当たり前だよなぁ、ゲヒャヒャ!』
「誰に聞いてんだ?殺すぞ」
「大丈夫なんだナ」
「問題ありませんわ。強いて言うならばお姉様とくんずほぐれつぐへへへへじゅるり」
「いつでも大丈夫だよぉ?」
「……」
ザンキ、タマ、デーブ、コン、ノーナの五人が首を縦に降る中、モードレッドだけは少し浮かない顔をしている。
「どうした?やり残した事でもあったのか?」
本当に長い間、紙と戦う事になる。思い残したことや、やり残した事……究極的には『死んでも後悔が無いように』しておかなくっちゃあな。
「…いや、なんでもない。行こう」
「いやいやいや、気になるから。気になって戦いに集中出来ないから」
「……なら、聞くが」
すぅ、とモードレッドは息を吸い、堪えていた事を全力でぶちまける。
「なぜ貴様は寝間着のままなのだっ!?これから死地に赴くという状況なのだぞ!?」
「なんだ、そんな事か」
「そんな事だと!?いつもいつも貴様には驚かされるが、これは流石に感化出来んぞ!というか、お前達も不思議に思わんのか!?」
「いやぁ……」
「その…」
『「「「「「「「だってヒコボシだし」」」」」」」』
「頭おかしいだろう!?」
いやだって仕方ないじゃん?どうもこの姿じゃないと寝れないっていうか、安心できるって感じだし。あ、もしかしてモードレッドは、神の寝床に入る手順を知らない感じですかね?
「あのなモードレッド。僕も好きでこんな格好をしているわけじゃないんだぜ?」
「じゃあ脱げよ!着替えろよ!寝起き感漂うその正装を今すぐ破棄しろぉ!」
「それは無理」
「なんッッでやねん!!」
おろ?モードレッド実は関西人?そういや、ツッコミもキレッキレで苦労人オーラバシバシ出てるし、これはボケ甲斐があるわ。
「モードレッド、実は紙と戦うには肉体じゃダメなんだよ」
「アァン!?」
「みんなも聞いてくれ。紙は今、神格を得て神となっている。だから、表であるこっちの世界には思念体でしか姿を表せないんだ。だから、実体を持たせた裏の世界で、紙をボコるしかない」
「なら、どうやってワイらは裏の世界に行くんだ?」
「方法は単純だ。噂くらいには聞いたことがあるだろ?夢で信託を受けたとか、神様のお告げとか」
「……まさか」
「そうだよ、トリガーは眠る事。都市を動かして、裏側での活動時間を有限から無限に変更してある。今ここで眠れば、倒す以外戻ってくる事は出来ない」
「……理解した」
「よし。なら、全員準備万端という事で。小子、頼む」
「はい【眠くなーれ】」
魔法陣の部屋で、小子は全員に睡眠魔法をかける。これで、全員強制的に眠らせようという事だ。
「……さぁ、トイレは済ませたか?女神様にお祈りは?教会の隅でガタガタ震える、準備は…おーけー?……よろしい、なら、ば…せん……そう………」
………………ぐう。
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