#90 二人の決着
この異世界において、魔法使いと剣士が相対する場合、もっとも効果的な戦術が存在する。
曰く、一撃必殺を持つ魔法使いは、長期戦になる程厄介になるため、剣士が速攻を仕掛けるそうだ。
「斬ッ!」
しかしその速攻を防ぎきれば、魔法使いの勝率はぐんぐん上昇し、体力を奪われた剣士は敗北の一途を辿る事になる。
「肉体停止」
だが、どんなに効果的な戦術だとしても、必ずその戦術が正しいとは限らないわけで。
「そいつを待ってた!結の煌めきッ!」
時間の止まった肉体を切るのは不可能だ。だが、その止まって時間を強制的に動かす事が出来れば、簡単に攻撃の刃は通ってしまう。
「ぐぅ…ッ」
「安心しろ、峰打ちだ」
時間の流れている肉体はまともに刀の一閃を食らい、ギリギリと鉄の軋む音を響かせながらモードレッドを弾き飛ばす。
「魔力鎧、か……随分と初心者向けの魔法を使ったな」
「っ、かはっ!はぁ、はぁ……ほざけ、最も効率的かつ合理的な防御手段だろうが…っ!」
地を踏み込み、モードレッドは肉薄した。身体強化と流動術、さらに牛の力を乗せた防御不可能な一撃を繰り出す。
「くら、えっ!」
「遅いんだよっ!」
彦星も同じく身体強化と流動術、重力を全て解放し、モードレッドより速く動いた。その結果、モードレッドの一撃は空を切り、反撃をその身に受け……。
「私がヒコボシより遅いなど百も承知ッ!本命は、こっちだッ!」
「……っ!」
超至近距離からの、小石投擲。もちろん、物体停止は織り込み済みで。そんなもの、避けられるはずもなく、放たれた小石は急所こそ外されているが、間違いなく利き腕の損傷を狙っている。
どうする?避ける?いや、今更回避を取った所で間に合わない。かといって、利き腕を持っていかれるのは間違いなくまずい。どうにか、小石の軌道を修正しなくては……!
「これで私の勝ちだっ!」
「イヤッ!まだだッ!」
驚くべき事に、彦星は小石の軌道から目をそらしたのだ。むしろ、逆に、利き腕など捨てたかのように、全力で刀を振り抜いた。
「なぁモードレッド。知ってるか?異世界には『トンネル効果』って言う物理理論が存在するんだぜ?簡単に言うと、物体が物体をすり抜けるんだ。確率的にはとんでもなく低いし、現実的にはあり得ないんだがなぁ……僕には、その『確率』で充分なんだよ」
彦星は完全に刀を振り抜き、小石はもう絶対に回避不能の位置だ。通常ならば、腕がひしゃげて刀を落とすのだが。驚くべき事に、小石は彦星の腕を貫通したのだ。否『すり抜けた』。
「なっ……!?」
「ほんの少しでも可能性があるなら、蝙蝠の力で『成功』した事にすればいいんだよッ!」
蝙蝠の力は可能性を拡張する。それは事実を書き変える能力の下位互換であり、彦星のようにある程度知能が高ければ誰でも使える能力だ。
「絶対不可侵の防御も良いけどよぉ、たまには当たってみるのも良いかもな」
振り抜かれた刀は、もう一度モードレッドの体を弾き飛ばす。お互い、もう魔力も気力も体力も尽きかけ、これが最後の攻防になる。
「……昔の、原点に立ち返るのも良いもんだ。僕の新しい技、受けてみろ」
縮地。大地を踏み込み、そのエネルギーを大地に返し、瞬発力で光の速度を。
流動術。瞬発力を体の中で移動させ、パワーの底上げを。
魔力纏。体内の魔力を体表に纏わせ、攻撃と防御の支援を。
魔法。想像を創造し、超自然現象を意図的に行使、操作を。
「【速攻術雷式・紫電一閃】!!!」
雷を纏った肉体は驚くべき速度で動き、膨大な魔力を注いだ魔法は想像以上の魔法となった。
不可侵の防御は、もはや不可侵ではなく。止まった時間さえ煌めき無しに動かし。切る寸前、彦星が透過を使わなければ、間違いなくモードレッドは斬り殺されていただろう。
「勝負あり!です!!」
ようやく知らされた小子の終了宣言で、この試合は全て終了したのだった。
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「ふぅ……」
「はぁ……」
久々に全力で動いた気がする。肩とか太ももの筋肉がぎゃーすかわめき散らしてやがる。
「ずるいぞ、ヒコボシ……あんな技を隠し持っていたとは…」
「アレはあの場の思いつきだよ。策なんて無いし、出来たのも運が良かっただけだ」
「……運ばかりでそこまで強いはず無いだろうに」
「なんか言ったか?」
「いや、何も」
「はいはい、お二人さん静かにしてくださいね。うっかり回復魔法で神経焼き切りますよー」
「「……」」
彦星とモードレッドは、満身創痍となり小子の治療を受けていた。これで、二夜に分けて行ったモードレッドの実力調査が終了する。
「はい、終わりましたよ」
「ありがとう、小子。で?命預ける価値はあったのか?」
「……」
「ん?どうした?」
「実はな、この試合は実力を見るためにしていたのではないのだ」
「……はぁ?」
冗談かと思ったが、モードレッドの目は本気だった。真剣な目をして、モードレッドは彦星に頭を下げる。
「私は先ほどまで神を信じていた。もしかしたら、ヒコボシが魔王に誑かされているのではと、本気で思っていたのだ」
「僕が?どうして?」
「ヒコボシよ。自覚が無いであろうからハッキリと言わせてもらう。ヒコボシがその気になれば、世界を滅ぼすなど造作もないだろうと」
…………んんんん???僕が世界を?どうやって?たかだか矮小なる人間だぜ、僕は?
「そりゃ買い被りすぎだ。あり得ない。僕にそんな力はないよ。なぁ小子?」
「………………」
あの、目を逸らさないでもらえません?不安になるでしょ?ねぇ、こっち見てくれないかなぁ?
「えっ真面目に言ってる?」
「真面目に言っているとも」
そうかぁ、ぼくはせかいをほろぼせるんだなぁ。すごいなぁ、こわいなぁ。
「まじやばくね?」
「やばいですね」
「やばいな。だからこそ、身を呈してヒコボシと戦った。そこの自称神が、本当に神ならよし。現魔王なら、どこかのタイミングで、コマを私に移すだろうと思ったのだ」
「モードレッド……お前…」
「勘違いするなよ?私にとってヒコボシは大事な研究仲間だ。どこの誰とも知らん輩に操られているなど、研究材料に支障が……げふんげふん、心配だろうが」
「今しれっとモルモット発言しませんでした?ねぇ、したよね?研究材料って言ったよね?」
「アーミミガトオイナー」
こ、このやろう……やっぱりあの時切れば良かった…!くそぉ……。
「あっ、いた!ヒコボシ先生、モードレッド先生!!ショウコ先生も!大変なんです!」
そう、他愛もなく戦闘の余韻に浸っていると、またもや厄介ごとが舞い込んで来た。
「ええっと……君は?」
「は、はい、私は、二年のアゲートと言います。回復科の、生徒です」
息も切れ切れ、アゲートと名乗った生徒は呼吸を整えて、こう言った。
「地下の魔法陣が、起動しました!」
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