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#89 七夕IFストーリー2018

今回は本編お休みです。


本当は昨日中にアップするはずだったのですが、諸事情により本日となりました。


ご了承ください。

 その日、私はいつもの時間に起きて、身支度を整えました。


「やばっ!遅刻するっ!」


 そう、いつもの時間に。毎日のように目覚ましより遅く動き出し、小さな体が狭い部屋の中を目まぐるしく動き回ります。

 築三十数年のボロアパート、キッチンとリビングしか無い狭いこの部屋は、私が私だけの力で手に入れたお城なのです。


「い、行ってきます!」


 誰もいない部屋にそう言って、私はパンプスを履きながら駆け出し、トーストを齧りながら駐輪場でピンクの自転車に飛び乗って、ペダルを全力で漕ぎます。


「んぐ、まだちょっとバターが足りなかったかな……」


 通勤に向かう人混みの中を、慣れたサイクルテクで突っ切り、職場のビルへ到着。警備員さんに挨拶をして、ゲートを通過し。


「す、すいません!乗ります!」


 閉まりかけたエレベーターを止め、人でいっぱいのその箱の中へと器用に入る。階層のボタンを背伸びして押したら、そこはもう私の職場だ。


「おはようございます!!」

「オーッス小子チャーン。今日もギリギリセーフだね」

「すみません!」

「良いから早くしなさい。アナタのせいで朝礼が遅れてるのよ」

「は、はい……」


 ここが、私の働く場所。煩わしい実家の影響から外れ、先生が勧めてくれた出版社『MARUKAWA』です。

 出版社の部署については、色々とあるのですが……そうですね、例えばここに一冊の本があります。この一冊を消費者の手に渡すためには、まず「こんな本を売りたい!」という企画が企画会議で出ます。つぎにその本を作者さんに書いて頂きます。元々書いていたものなのか、依頼して書くのかの違いはありますが、最近のアニメブームに則ってアマチュアさんを起用したりもしますね。

 その原稿を出版社が校閲、編集を繰り返し、問題が無ければ印刷して製本されます。

 そうして出来た本を、今度は書店に売り込みに行きます。コマーシャルにして話題性を高めてから売り込んだり、直接書店に売り込みに行ったりして店頭に並べて頂き、そうしてようやく読者の皆さんが手に取れるようになります。


「……あ、ちなみに私はつい二カ月前、編集者になりました」

「一体誰に、何を語りかけているんだい小子ちゃん?」

「い、いえ何でもありません!」

「そう?じゃあ朝礼はこれでしゅーりょー!各自仕事に戻ってネ」


 編集長はひらひらと手を振って自分のデスクに座りました。今日もきっと仕事なんてしなくてゲームして遊んで帰るだけでしょうけど。

 ……私の先輩やほかの方が優秀過ぎて、編集長の仕事は突発的な事故の処理くらいしか残されてないんですよねぇ…。


「あ、小子ちゃん、チョイチョイ」

「はい、何でしょう?」

「この作家さん、今すぐ原稿回収してきてくれるかな?」

「え?でもこの作品の納品日って来月……」

「ウン、本来ならね。けど、あまりにも怠け者でさぁ?言った締め切りは守るから何も言わないんだけど、締め切り前日まで一行も書かない作家がいて……だから、伝えてる締め切りは明日なのサ。書いてなかったらケツ引っ叩いてでも書かせていいから」

「……は、はい」


 あの適当な編集長にそこまで言わせるなんて、どんな作家さんでしょうか。なんだかちょっと、気になります。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「……ここ、でしょうか」


 編集長からもらった住所は、たしかに目の前の建物です。でも、なんだか私のアパートとそっくりと言うか、似てるって言うか、もうそのまま私の住むアパートそのものと言うか。


「私の家じゃ無いですか!?」


 おまけに、私の下の部屋が目的の部屋で、頭を抱えたくなると言いますか、これは編集長も狙って やったとしか思えません。


「……あら?何かもう一枚メモが…」

『やぁやぁ小子チャーン、先生の家には着いた?聞いたよ、先生と同じアパートなんだってね?じゃあさ、もう小子ちゃんが先生の担当編集者で良いよね?後よろしく』


 無言でそのメモを地面に叩きつけました。帰ったら原稿で頭を殴ってやりましょう。


「……とにかく、原稿は回収しないと…頭痛い」


 呼び鈴を鳴らして、しばらく待ちます。けれど、一向に出てくる気配がありません。


「……留守でしょうか」


 もう一度鳴らしましたが、全然出てきません。不思議に思って電気メーターを見ると、明らかに使用している速さで回っています。居留守確定です。


「…仕方ありません」


 玄関からではなく、ベランダ側へ移動し、鍵の部分を数回殴ると、ボロアパートの鍵は簡単に外れます。ガラリとガラス戸を開け、居留守を使っていた先生と初めて顔を合わせました。


「な、なんだアンタ!人の家に勝手に入って!」

「先生が居留守を使うからです!締め切りは明日なんですよ!?原稿を回収しに来たんです!」


 伸び放題のヒゲとボサボサの髪が、荒んだ私生活を表している気がします。散らかった部屋の所々に、ボツとなったであろう原稿らしき紙が丸めて置いてあり、テーブルにはカップ麺や冷凍食品の袋が散乱していました。


「……あ、あぁ…そうか、明日が締め切りか……」

「…知ってましたよね?わかってましたよね?早く原稿を出してください」

「いや、まだ出来てない。もうちょっと待ってくれない?」

「編集長から話は聞いてます。その手には乗りませんよ」

「…チッ、あの野郎……訳もわからん新人を寄越したと思ったのに」

「……とにかく、書いていただければ、それ、で…っ!」


 もうダメです。限界です。耐えられません。拒絶反応が出そうです。


「その前にこの部屋っ!!片付けましょう!!!」

「へ?原稿は?」

「そんなの明日でも明後日でも問題ありません!!ゴミ袋はどこですか!」

「無いよ。この前切らした」

「買いに行って来ます!」

「あっ!ちょっと待った!」


 再びベランダから出ようとしたところへ、先生は何かを投げ渡しました。受け取ってみると、部屋の鍵らしきものでして。


「合鍵渡しておくから、次は玄関から入って来てくれ」

「行ってきます!」


 そうして私は、これが全て編集長の策略ともつゆ知らず、先生の担当編集者となりました。

 ……もちろん、この先生が、私の初恋である『星川優彦』であるとも知らずに。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 七月七日、七夕の日。私が星川先生の担当編集者になって、もうそろそろ一年が経とうとしています。今日も締め切り前日まで書かない星川先生にハッパをかけるため、合鍵を使って部屋に入ります。

 編集長からは『しばらく自宅から先生の家に通って、原稿を回収して来てネ。会社には戻ってこなくても大丈夫だから』と言われましたので、朝から晩までずっと見張りです。


「おはようございます、先生」

「…あぁ、桂さん……ふぁ…おはよう」

「どうですか、進捗は」

「ぼちぼちかな。もうすぐプロットが一つ書き上がるから、あと二つ」

「順調ですね。朝ごはんは食べました?」

「いや、まだ」

「では作りますね。キッチンお借りします」


 自前のエプロンを着けて、鼻歌交じりに朝食の準備に取り掛かります。はじめに玉ねぎをみじん切りにして、フライパンで軽く炒めます。炒めながらシーチキンの油を切り、小皿の上で塩胡椒、マヨネーズ、炒めた玉ねぎと混ぜて冷蔵庫で少し冷まします。

 次にボウルの中へ卵を割り入れて溶きます。少し白身が残った状態で、よく油の引いたフライパンに注ぎ入れ、弱火でゆっくり加熱しながらいり卵を作ります。半熟になったら火を止め、余熱でさらにゆっくり加熱します。


「おっ、今日はサンドイッチか」

「はい、お好きですか?」

「まぁね。味付けにもよる……っと、この卵、味がしなく無いか?」

「これでいいんです。まだ完成してませんから。というか、つまみ食いしないでください」

「悪い悪い、美味そうな匂いがしたから、つい……」

「全くもう……」


 ここで最後の食材、スモークベーコンを取り出して一センチ角に切り、半熟卵の中に投入します。そのままオムレツの要領でくるくると巻き込み、サンドイッチの具が完成しました。

 あとは耳を落とした食パンに、それぞれ具を挟んで斜めに切れば、マヨチキとベーコンエッグのサンドイッチが完成しました。


「出来ましたよ」

「さんきゅ。美味そうだな……っと、なるほど、卵に塩を入れなかったのはこういう事か。確かにスモークベーコンは塩気が強いからな、これで卵に塩が入っていたら塩辛くて仕方ない…と」

「はい、そうです……美味しいですか?」

「桂さんのご飯が美味しくないわけ、ないだろう?無茶苦茶美味いよ、ありがとう」

「ど、どういたしまして……」


 なんだか照れます。それに、こうして食卓を囲んでいると、なんだか本物の夫婦みたいで……っ!


「ん?どうした?顔が赤いぞ?」

「な、なんでもありません!そんな事より、食べたら原稿を書いて下さいね!」

「わかってるって。お、このマヨチキも美味いな。火が通っているのにシャキシャキとした歯ごたえが絶妙で…………」


 その日の夜、完成した二プロットを持って校閲部に提出しに行き、晩御飯の準備して先生の家に帰りました。

 時刻はもう八時を過ぎており、書き疲れた先生を休ませるために私は無理矢理外出したのです。


「……やっぱり、寝てましたか」


 そんな気はしてました。けれど、今回の分はかなり頑張って頂きましたし、もうちょっと寝かせておいてあげましょう。

 ……この時の私は思いもしませんでした。まさか私と先生が、異世界に飛ばされるなんて。


「先生、先生、先生起きてください、先生!」

ご愛読ありがとうございます。


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