#86 兎の本気
「あはっ!あははっ!!あはははははぁっ!!!」
「っくそ、おいモードレッド!魔法の発動が遅いぞ、何やってる!」
「っ、うるさいっ!」
完全強化したノーナは、強敵だ。万年筆があった時は自己暗示を解除する事で、それ以上の発動を阻害する事で決着を付けた。だが万年筆の無い今は、例え能力や技術があったとしても、勝てるかどうか。
「どぉしたのかなぁヒコボシくぅぅぅぅぅぅぅんッ!?歯ごたえが無いよぉ!?」
「貴方の相手は、元より私だろう!」
「黙れよ」
そう言って振るった拳から、恐らくは魔力が放出された。恐らく、と言うのは、何が起こったのかわからないという事になる。確かなのは、ノーナが腕を振っただけでモードレッドが吹き飛んだという事実だけだ。
「…おいおい、なんだよそりゃあ……以前より強くなってねぇか?」
「だぁってぇ、あの時みたいに余裕こいて負けたらぁ、お笑いぐさでしょお?次戦う時はぁ……全力で完全で圧倒的に完膚なきまでにブッコロスって誓ったから」
「そりゃあ、ご苦労さんなこった!」
ノーナの一撃を、刀で反らす。何時もなら空間の中に入っているんだが、万年筆を取られた時に偶然手入れ中というのもあって仕舞い忘れていた。
万年筆が無いと『空間』も使えないからな。刀が仕舞ってあったら、今こうして持ち出す事は出来なかっただろう。
「変わらないなぁ、ヒコボシ君はぁ」
「お前は変わったな、悪い意味で」
話しながらも繰り出される連撃を僕は刀で反らし続けた。洗脳も永遠では無いからな、暗示の解けた瞬間を狙って、会心の一撃をお見舞いしてやる。
「……っ!」
咄嗟にノーナは回避行動をとり、飛翔する何かを避けた。飛んできた何かはそのまま結界を貫通し、慌てて修復する小子が確認できる。
「モードレッド!生きてたのか!」
「死ぬわけがないだろう。驚いて後ろに飛んだら吹き飛ばされただけだ」
飛んできたのは普通の小石だ。ただし、モードレッドの『時間停止』が上乗せされている状態の。
「流石は『牛の力』と言った所かなぁ。あの威力の物体が直撃したら、痛そうだねぇ」
「だったらギブアップしろよ。僕と戦い続ける為にルールを守っているんだろ?」
「勘違いしないでよぉ、ヒコボシくぅん?私がその気になればぁ、ルールの外で君と戦う事なんてぇ、造作も無いんだよぉ……でもねぇ、それじゃあヒコボシ君がぁ、ヒコボシ君の愛がぁ、無駄になっちゃうじゃないかぁ」
……おぉふ、なんだ?全身から鳥肌が。ヤンデレガチホモの気配がしたからなのか?
「気持ち悪いな、こいつ」
「いや全く同感」
「私と戦っているんだから他のやつと話すなよヒコボシくぅぅぅぅぅぅぅんッ!」
威力の上がった腕で地を割り、地割れを引き起こす。僕とモードレッドは左右に割れて地割れを避けた。
「逃がさないよぉ!!」
地割れの衝撃で舞い上がった砂や小石をノーナが全力で殴り、その衝撃波をこちらに飛ばす。
「っくそ、『防』……っ!」
「ヒコボシぃ!」
今は無き万年筆に頼ろうとして、反応が遅れた。モードレッドは既に牛の能力を使って防御態勢に入っている。どうする?万年筆を使わず、どうすれば避け……っ!
「能力、発動っ……!」
迫ってくる衝撃波はピタリと止まり、僕以外の世界が逆再生された。身動きが取れない状態ではキッカケを引き起こすことが出来ないから、苦肉の策に出る。
「戻す時間は、数秒……っ!頭痛を考えて…ここだっ!」
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「私と戦っているんだから他のやつと話すなよヒコボシくぅぅぅぅぅぅぅんッ!」
「っ……片時も忘れてねぇよッ!」
コンマ数秒の頭痛に耐え刀を抜刀し、斬撃を飛ばす。地を割るはずの一撃は斬撃を打ち消すに止まった。そこに追い打ちを仕掛けるように、モードレッドの『時間停止』が付与された小石が飛んで行く。
「ヒコボシ君の愛をぉ!邪魔するなよぉぉぉぉ!!」
「いいぞモードレッド、もっとやれ!」
「言われずとも!〈水、風、尖り、飛べ〉!」
生成された氷柱は高速で射出され、ノーナは強引にそれらを叩き割る。再び腕を振って衝撃波をこちらに飛ばした。
「能力も満足に使えない雑魚がぁ!」
「……いや、これでいい」
彦星は一度刀を納刀して居合の構えを取る。迫る衝撃波まで五メートルも無いが、モードレッドは既に『牛の力』で防御態勢を強化。僕はモードレッドの残した魔法に能力と結の煌めきを使った。
「……魔力残子接続、魔素注入、肥大化、星域固定、身体強化、重力解放…っ!」
散った氷の魔力を再び発動させ、形を変えて足場に変え、周囲の魔素を固定し、その上を駆け抜ける。この動作を『すっ飛ばし』て彦星はノーナの後ろを取った。
「死なねぇ程度に、切られろっ!」
「そうくると思ってたよぉ、ヒコボシくぅんッ!」
このやろっ、まさか読んでいたってのか!?ノーの知らない技術も知識も戦術も、詰め込んだんだぜ!?だが今更、居合を止められねぇ…っ!
「ヒコボシ君の好きな戦法だねぇ、誰かの背後を取るのはぁ。私もそれで痛い目を見たからさぁ、どんな方法を使っても君はぁ、デカイ一撃をお見舞いする時は背後からなんだよねぇ」
ぐるりと反転し、ノーナは一瞬のうちに再び自己暗示をかける。ただただ本気で、僕を殺すために。
「『筋骨バネ化、筋力増強、増強、増強、瞬発力、瞬発力、硬質化、硬質化、硬質化』……ただ一発だけ発動させるなら、こういう使い方もあるんだよぉ、ヒィィコボシくぅぅぅぅぅぅぅんッ!」
「ノォォォォナァァァァァ!!!」
肥大化した歪な腕で、ノーナは彦星に殴りかかる。彦星もまた、居合の狙いを腕に変え、刀を抜刀した…………が。
「が…っ!」
力負けした彦星は容易く吹き飛び、結界の壁に叩きつけられ、そのまま意識を失ったのだった。
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