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#84 能力の正体

 ぱちりと目を覚まして、コンは自分が床に寝転がされている事を理解する。


「あ、起きました?」

「……お姉さま…?」


 上体を起こして、ようやく全身の鈍い痛みに処理が追いつき、どうやって負けたかを思い出した。


「…………ぅ」

「…う?」

「うわぁあああああああん!!!負けてしまいましたわあああああああ!!」


 ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、コンは小子に抱きつく。子どものように泣きじゃくる姿を見て、小子はそっと頭を撫でた。


「大丈夫、大丈夫ですから」

「うぐっ……ひっく………………ぐへへへ」

「……コン?」


 胸に顔を埋め始めたコンを引き剥がし、その表情を確認する。泣いていたのは本当だろうが、表情筋は既にだらしなく伸びきっていた。


「あぁんお姉さま♡もっとハスハスさせてくださいまし♡」

「い、や、で、す!!」

「ひでえ顔だなぁ、負け犬」

「……うるさいですわよ」


 小子とのいちゃいちゃタイムに水を差したのは、他ならないタマだ。負け猫と言われて、相当頭にきていたらしい。


「で?負け犬は愛しのお姉さまに慰めてもらってるって?どこまで堕ちるんだよ、てめぇは」

「はぁ?」

「獣人が誇りも捨ててニンゲンに尻尾振るたぁ、惨めすぎて見てらんねぇぜ」

「お生憎様、幸せのカタチは人それぞれですのよ。今幸せで、明日も幸せなら、死ぬまで幸せですの。あなたのような全身筋肉で出来たような、おばかさんには理解できませんわ。あら失礼、筋肉に思考能力はありませんでしたわね」

「あぁん!?」「やってやろうですの!?」


 まーた始まった……なぁ、そこでニヤニヤしながら静観してる神様よぉ、どーにかしてくれませんかねぇ?


「こればっかりはどうにもならないかな。力が戻ったとしても、人と人の縁結びには関与してないから」

「いきなり心読むのやめてもらえませんかねぇ!?」

「まぁいいじゃない。喧嘩するほど仲が良いって、君の世界じゃ言うんだろう?」

「殺気ビンビンのお二人さんには適用外です!」


 結局この喧嘩の仲裁は小子が担当し、丸くはないが収まるところに収まった。……犬猿の仲というか、犬と猫は相容れないんだろうか。正しくはイヌ科とネコ科だけど。


「それでお姉さま、次は誰が行きますの?」

「もう少し休憩を挟んで、ザンキさんが出ます」

「ザンキ……?あ、猿ですのね」

『もう猿みてえな残忍さはねぇけどな、ゲヒャヒャヒャ!』

「……ほーんと、楽観的になりましたわよねぇ…」

「…あ、あはは……」


 流石に三連戦は辛いだろうと、三十分の休憩を提案したのは僕だ。残す使徒は僕とザンキ、それからノーナのデーブ……とてもじゃないが、今晩だけで終わると思えない。ノーナも「ごめんねぇ、この後用があるんだよぉ……コロシアイは今度しようねぇ、絶対だよぉ?」と席を外していったし、相性が悪いであろうデーブや僕とは明日に試合う方が、能力に慣れていて戦いやすいだろうから。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


『やっと俺様の出番だぜぇ!ゲヒャヒャヒャ!』

「ゲヒャ丸よ、久々の対人戦だからとうっかり殺すでないぞ」

「随分、甘く見られてますね」


 三十分の休憩を挟み、ついでに魔力回復薬(小子作)を飲み干してモードレッドはザンキ達と対峙する。


「では、始めるとしようか……!」

「お手柔らかに頼みます……っ」


 近接戦を得意とするザンキは踏み込み、逆に遠距離を得意とするモードレッドは後ろに飛んだ。戦闘において、自身の射程距離を確保しつつ相手の射程距離から外れれば、負けることはない。


「ゲヒャ丸!」

『任せぇ!』


 左腕が細長く伸び、逃げようとするモードレッドを捕らえようと距離を詰めた。それに応戦するように、モードレッド自身も魔法でゲヒャ丸を攻撃する。


『ゲヒャヒャヒャ、無駄無駄ァ!俺様にそんなチンケな魔法は効かねぇぜぇ!?』

「っ、この……!」


 伸びる左腕は魔法の攻撃を物ともせず、どんどんと距離を詰めてくる。どうにかしようと視野を広げた瞬間、ザンキが移動しているのを確認した。


「っ!【水、土、混ざれ】!」


 突如としてザンキの足元がぬかるみ、動きがその場に固定される。と同時に、左腕の動きも止まった。


「ゲヒャ丸!」

『無理だぜ相棒、これ以上は戻せなくなるぁ!』

「やはりそうか…!」


 最初に見た時から、左腕がスライム状の何かであるとは予感がしていた。おそらく、その質量は一定であり、無限ではないのだろう。物を『引き寄せる』には『最低限』『これだけ』の腕の太さが必要なのだろう。そのかわり、至近距離では変幻自在の腕となるわけだが。


「一目で弱点を突くとはな……」

「下手に貴方より何年も年を取ってませんよ」

『そんじゃあよぉ、こーいうのはどうなんだぁ?』


 左腕は深々と地に突き刺さり、本体であるザンキを引き寄せる。


「な……!?」

『嫌がる相手を引き寄せるにはちっと太さが足りねぇが、そうじゃねぇ奴を引き寄せるってんなら、話は別だぜぇ!ゲヒャヒャヒャ!』

「ぬぅん!」


 振り抜かれる剣は素早く、避ける事が出来ない。咄嗟にモードレッドは能力を発動させて、その一撃を無効化した。


「くっ、その能力……どういうカラクリだ?」

『手応えがあんのに、ゼンッゼン効きゃしねえなぁ、ゲヒャヒャヒャ!』

「どう、説明したら良いものか……っ」


 足元の土を一握りし、能力を行使する。その上で、その土をザンキに向けて投擲した。


『ヤベェ!』


 ゲヒャ丸はザンキの全身を覆い尽くし、防御形態を取る。だがその固そうな鎧を、放たれた土は余裕で貫通した。


「が……っ!?」

『悪ぃ相棒、こいつの能力は相性が悪すぎるぁ!』

「……そう、言うなれば、私の能力の正体は『時間停止』です。今のように触れたものと私自身の時間を止められる事が出来ます。もっとも、止めている間は心臓も止まってしまって、長く使う事が出来ないのですが」


 時間停止。世界の全てを止めるほどではないが、触れたものと自身の時間を止める事が出来る。

 自分の時間のみが止まっている場合、あらゆる攻撃はその肉体を傷付けることが無く、触れた物のみが止まっている場合、あらゆる防御は意味をなさなくなるのだ。


「この二つの時間停止を分けて使用する事で最強の盾と矛を生み出します」

『止まってるってんなら、動かなきゃいいじゃねぇかよぉ!ずりぃなぁ!』

「すみません、止まるのはおそらく表面上の話で……他に言い方が分からなかったんです」

「……存在の時間を止めながら、止めた時間の中を自由に動ける…か」


 止めている間は極々短い時間であるなら、ひどく限定的な能力という事になる。おそらく、時間停止とは別の……もっと他の、反則じみた能力があるに違いないな。


「だが!今は倒せんというわけではない!」

『ゲヒャヒャヒャ!相棒がそう言うなら、やってやろうじゃねぇか!』


 右手で剣をしっかりと握りしめ、変幻自在の左腕はもう一振りの剣となる。連撃に特化した超攻撃形態だ。ザンキは踏み込み、モードレッドに肉薄する。


「『オラオラオラオラオラオラオラオラァァァ!!!』」


 左腕の動きは、およそ人間の動き方ではない。本当にまずい時だけ能力を行使し、残りは身体強化と流動術で対応しようとするが……やがて限界が訪れる。


「『オラァ!!』」

「が……っ!」


 流しきれず剣の腹で殴打され、そのすぐ後に左腕の剣の腹でもう一度殴打された。能力を発動させる暇もなく、容易くモードレッドは結界の壁に叩きつけられる。


「それまでっ!」


 完全に気絶したのを彦星が確認し、今回の一戦は能力を使いきれなかったモードレッドの敗北となった。

ご愛読ありがとうございます。


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